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誰でもできるような方法でしか発信しない人の意見は、政策に反映されない―法哲学者・大屋雄裕インタビュー

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名古屋大学大学院法学研究科准教授の大屋雄裕氏(撮影:大沼洋平)
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BLOGOSが「知」のプラットフォームSYNODOSとタッグを組んでお送りするインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。前回は、名古屋大学大学院法学研究科准教授の大屋雄裕氏に政策が決定されるまでの過程について聞きました。後編となる今回は、「人民はそうした政策形成にどのようにコミットできるのか」を中心にお話をうかがいました。現存の制度において、正しく自分の意見を政策につなげていくには、投票以外にどのような方法があるのでしょうか? (取材・執筆:永田 正行【BLOGOS編集部】)

政策形成の参加者に自らの主張を”インプット”することが重要


前回に続いて、市民の政策形成への参加について、お聞きします。例えば最近65歳までの定年延長が決まりましたが、これは雇用全体のパイが減る若者にとっては不公平という見方もできる政策でしょう。仮に、「高齢者の雇用延長をするな!」と主張する若者の勢力が、それを実現する法案を作りたいと考えた場合に、その主張を届けるための回路にはどのようなものがあるのでしょうか?

大屋雄裕氏(以下、大屋):お話ししたとおり、法案の作成には官僚主導と議員主導の2つのルートがあります。議員立法ルートの場合は、議員に対して自分たちの主張を受け入れてもらえるよう、どのように働きかけていくかが重要になります。この場合、国会議員に直接アクセスするという手段もあれば、地方議員から積み上げていくという手段もあるでしょう。ただ、政治家に意見を伝えたい人というのは無数にいるので、そのなかで自分に会うこと・自分の主張が重要だと相手に思わせる必要があります。そのためのルートづくりを普段からやらずに、いきなり押しかけても成功する可能性は高くありません。

もう一方の内閣提出法案ルートの場合も、法案を考えている官僚にどうやって自分たちの主張をインプットするかが重要になります。この場合、インプットのルートはかなり多様で、制度的なものと非制度的なものがあります。

制度化されている方法は、審議会・検討会などのルートです。ほとんどの官庁は、所管分野に関する政策や法案を検討するための審議会を設けています。民法・刑法などの基本的な法律であれば法務省の法制審議会ですし、著作権関係なら文化庁の文化審議会著作権分科会ですね。多くの政策案はそこで討議されますし、審議会のメンバーは基本的に公開されていますから、彼らに働きかければ政策形成のルートへとインプットすることができます。例えば労働問題の場合、労働側、雇用側、公益代表(多くの場合は大学教授などの学識者)の三者からなる審議会が構成されていますから、労働者であれば労働者の団体から出ている委員にきちんと意見を言わせる。これはオフィシャルな手段といえるでしょう。

―官僚が政策形成する際の材料になる審議会で、自分たちの主張をアピールするわけですね。その他のルートについてはどうでしょう?

大屋:半分オフィシャルなルートとして、「政策形成訴訟」と呼ばれるタイプの裁判も考えられます。本来、訴訟とは自分が受けた損害を回復するためのものですが、それよりは従来の国の政策が間違っていたというような主張を広く社会にアピールするために訴訟を用いるわけです。もちろん訴訟ですから、その主張に対しては裁判所が一定の判断を下すことになります。

もっとも成功した場合には、ある法律が裁判所によって「違憲だ」と判断され無効だということになるでしょう。実は違憲無効と判断されても、その法律がいきなり消えてなくなったり変化するわけではないのですが、日本の政府はかなり上品なので、裁判所から違憲と判断されれば通常は直ちに改正手続きに入ります。この場合、市民が訴訟で裁判所を動かし、そこからのインプットが政策形成ルートに届くことになるわけですね。

憲法違反までいかなくても「立法に問題がある」とか「救済への配慮が必要だ」というような判断を勝ち取ることができれば、たとえ訴訟自体としては敗訴していても、立法過程に働きかけることを通じて目的は達成できるかもしれません。だからこの種のものを「政策形成訴訟」と呼ぶのですね。

例えば第二次世界大戦中の徴用者をめぐる裁判などを考えてみましょう。朝鮮半島から広島の工場に徴用され、被爆した元労働者が、未払い賃金の支払いや被爆に対する損害賠償などを求めて提起したものです。しかし、民事の損害賠償請求権は不法行為の発生時から20年経過すると消滅することになっています(民法724条)。戦後50年以上、日韓国交回復までは事実権利行使が不可能だったために算入しないとしても30年経過してから提訴したこの訴訟が、通常の裁判として見れば勝ち目がないことは、法律家なら誰でもわかることだったと思います。

それでも訴えたのは何故かというと、訴訟としては負けても判決文で「この人たちを救済なしで放置しておいては問題がある」あるいは「立法措置が必要ではないか」などと裁判所が見解を示す場合があります。裁判所にそう言われれば、既存の政策を考え直す必要があるのではないかというプレッシャーが関係官庁にかかります。通常のオフィシャルなルートとは言えませんが、このようにして政策形成過程に意見をインプットすることもできるというわけです。

―裁判所が違憲と判断した例としては、どのようなものがあるのでしょうか?

大屋:法律に対する違憲判決は非常に少ないのですが、公職選挙法の在外投票に関する事件が挙げられるでしょう。外国に住んでいる日本人に対して、1998年の制度導入時には比例代表制部分に限って国政選挙の投票権を与えていました。しかし、小選挙区制部分への投票を認めていなかった点が訴訟で争われ、2005年には最高裁判所が憲法違反であるとの判決を下しています。一定の方法を考えれば、現時点で国内の住所を持たない在外邦人であっても投票権のある小選挙区を決めることはできるので、選挙権を制限するのは不当だと判断したわけです。結果として、翌年には公職選挙法が改正され、問題が修正されました。

ただ、違憲判決というのはあくまで事実上の圧力なので、政治状況によっては改正に結び付かない場合もあります。刑法200条に定められていた尊属殺人罪(両親・祖父母など自分と配偶者の直接の先祖に対する殺人)については、法定刑を死刑または無期懲役に限っていた点が重すぎるとして1973年に違憲判決が出ました。しかし、現実に200条が削除されたのは1995年です。20年以上も放置された背景にあったのは、刑法改正をめぐる非常にポリティカルな対立でしょう。保安処分などを含む改正刑法草案を認めるかどうかということで政府と弁護士会などが強く対立し、手がつけられない状態になっていたのですね。改正までのあいだは、違憲と判断された200条の適用を検察が自主的に差し控える、つまり親殺しの事例でも通常の殺人罪(199条)によって訴追することで、問題を回避していたことになります。

―オフィシャルではない方法については、いかがでしょうか?

大屋:政治セクターからのプレッシャー、あるいはいわゆるロビイングが挙げられます。国会議員は自分で議員提出法案を作れるはずですが、前回述べた通り現実にはさまざまなハードルがあります。なので、実現したい政策があっても自分で立法活動をするのではなく、担当の官庁に要望を伝えるという形で政策化を図ることがあります。そのほうが実は多いといってもいいでしょう。

重要なのは、こうした活動は野党議員でもできることです。もちろん野党議員も議員提出法案は作れますが、普通は多数決で負けるので議会を通過することができないでしょう。しかし、官僚に要望を伝えることはできますし、官僚が納得すれば、省庁内のプロセスが動く。「こういう要望がある」ということを公式・非公式に政治セクターから省庁へと入力することも充分考えられます。

―ざっくりとした質問ですが、日本でロビイングというのはどれぐらい効果があるのですか?

大屋:ある程度は効きますよ。そもそも、ロビイングといっても中身はさまざまです。国立大学法人名古屋大学から文部科学省にご説明に伺うこともたくさんありますが、これだってロビイングの一つと言えます。我々の現状はこうですとご説明したり、こういうお願いがありますと言いに行くわけですね。そういう意味では、自分たちの政策要求を役所にインプットしていることになります。

その際、日本の官僚がおそらく非常に気にするのは「私利私欲に引っ張られたくない」ということです。官僚たちは、少なくとも自分では、「自分たちは公益の実現者だ」と思っている。ですから、例えば特定企業の立場から要求しても、追い返されたり聞き流されたりする。

従来型の産業がなぜ業界団体をつくっているのかを考えればわかりやすいでしょう。例えばトヨタやホンダがバラバラに要望を持っていくと、一企業の利害に基づいた意見なのか、日本の自動車産業全体にとって必要なことなのかが、はっきりしない。だから日本自動車工業会という団体をつくって、業界内で調整してから「われら業界としてはこうです」という意見を持ってきてくれれば役所も話が聞きやすくなる。ただ逆に言うと、そういった業界団体を持っていない新しい分野の産業はロビイングしにくいという問題は、確かにあります。

審議会の場合も、利害の対立構造があればその双方からメンバーを集めるようになっています。例えば労働問題であれば、労使双方から委員が選ばれている。しかし、例えば著作権関係の場合、レコード会社や作曲家といった伝統的権利者の団体はありますが、その権利を利用する事業者、AmazonやGoogleといった新しいメディア側は業界団体をもっていないので審議会に呼んでもらえない。さらに個別の利用者の団体もないので呼んでもらえないという事態が起こります(MIAUの結成はこの点への対策でもあります)。従来型産業の方が優位になりやすいという問題は、確かにあるでしょう。

―アメリカではGoogleなどが、「とりあえずやってしまって、問題になったら考えればいい」といった進め方をしているイメージがありますが。

大屋:アメリカの場合は結局、訴訟で片をつけるという考え方も強いですね。つまり訴訟で訴えられることによって、相手を政策形成の場へと引きずりこむわけです。Googleのやり方には典型的にそういう側面があり、まず実現したいことを実現してしまう。文句がある人間は訴えるでしょうから、その訴訟で一定の条件を定めて和解へと持ち込むという形で、政策をつくってしまうわけです。

確かに、変化のダイナミズムを重視するならば、アメリカ式のやり方もいいでしょう。ただ、これは私の意見ですが、日本はそうしたダイナミズムよりは安定性や予見可能性を重視してきたと思います。訴訟覚悟でとにかく実現してしまうという手法も、「Googleだからできる」という部分があります。訴えられても裁判で戦う能力と資金を持っているGoogleはいいとしても、もっと小さい企業や個人の場合はどうだろうかという懸念は残ります。

また、「やらせてしまえ方式」であれば、例えば製薬会社が患者の利益を犠牲にするようなことをやってしまう可能性もあるでしょう。死人が出たあとになって訴訟を起こし、賠償を得たとしても命が戻ってくるわけではありません。訴訟を起こすためにも能力や資金が必要で、それがなければ救済も得られません。日本の場合は、厚生労働省が政策形成することで可能な限り事前にコントロールしようとしているという見方もできます。どちらがいいかは考え方次第ですね。

―ある意味では、日本の方が人民に” 優しい”やり方というわけですね?

大屋:私の見方では、アメリカ型の「とりあえずやってみる」方式は、かなりの頻度で間違いを犯しています。だから、それを是正する積極的な役割が裁判所に期待されているわけですね。戦後に限って見ても、連邦最高裁は連邦法に対して100件程度、州法には400件以上の違憲判決を出しています。議会で決めた法律ですがダメでした、というケースがそれだけ続いているわけです。

それに対して、日本では政策形成段階でかなり広い範囲の合意を取ります。少なくとも従来からあるような分野で言えば、利害関係のある双方が合意した上で審議会の結論を出し、それを担当省庁が他の全省庁と合意形成して内閣に持っていく。戦後日本の違憲判決というのは8件しかありません。アメリカと違って立法内容を事前にコントロールしていることを、違いの背景として考えることもできるでしょう。

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