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「仲良しの強制」が主体性を奪うメカニズム

内藤朝雄さんの『いじめ加害者を厳罰にせよ』の第2章「いじめ発生のメカニズム」から印象的な文章を引用して詳しく考えてみようと思う。それは、僕が以前から感じていたことなのだが、うまく表現することが出来ないでいたことだ。それを見事に的確に表現してくれる内藤さんの指摘は大いなる共感を感じる。

だがその指摘は、やはり常識からはかけ離れているとも感じるので、すぐには受け入れられない人も多いのではないかと思う。どこが共感するところなのかを、客観的に語れるかどうか、論理的な合理性を説明できるかどうかを考えてみようと思う。まずは次の文章だ。

「生徒たちにとって「仲良し」でいられないことは、「世界が壊れてしまう」くらいに恐ろしい危機なのだ。」
この文章の前に内藤さんは、自分をいじめるような人間たちとは関係を絶って相手にしなければいいのではないかと言うことを語る。それが「市民社会モード」の人が考える普通の思考だ。だが「学校モード」の中にいる子供たちは、そのようないじめ加害者から離れるどころか、仲良くしなければいけないという強迫観念から「いったい自分の何が悪かったのだろうか」と深刻に悩み、「ごめんなさい。私の性格を直すから、どうかまた友達として仲間に入れてください」と懇願するようになると言う。

この倒錯した感情が生まれるのが「学校モード」というものだ。この倒錯した感情は、市民社会では許されない犯罪的なものも良心の痛みなく乗り越えてしまう怪物を生む。学校が子供に与えるプレッシャーがこれほどひどいものであるという認識を大人たちは持たなければならない。学校生活の「仲良しの強制」は子供にとっては強制収容所と同じように地獄の様相を見せるのだ。

僕は自分自身の学校生活では、これほどひどい「仲良しの強制」は受けなかった。だから実感としては地獄の学校生活は味わっていない。どうしてそれが想像できるかというと、それは主体性を失うことの恐怖を感じる心を持っているからだ。僕にとって何が一番怖いかと言えば、自分が正当だと思ったことを主張できずに、間違っているとしか思えないことに従って生きるように強制されることだ。自分の主体性を失うことが一番怖い。

僕が論理にこだわるのも、不当な強制に抵抗する最後の手段が論理ではないかと思うからだ。感情的な反発でそれをはねのけることが出来るものは、その強制の度合いは小さいものだ。感情を押し殺して従わなければならないと思い込むような強制は、抵抗するには論理的正当性を糧とするしかないのではないかと思っている。
誰とでも仲良くすることが神聖なる前提になっているような世界は確実に主体性を殺す。その恐ろしさを僕も感じるので、内藤さんのこの指摘が正しいことを直感する。そして現実のいじめのひどさがこの指摘の正しさを証明しているのではないかと感じる。

「みんな仲良し」のプレッシャーは、結果的に起こってくるものだが、それを生み出す環境を内藤さんは次のように指摘する。

「ところが、「ベタベタ集団生活」を強制する学校という場は、生徒たちがそれぞれに対人距離の調節の自由な試行錯誤をすることを許さず、その機会を奪う。好きな人に近づき、苦手な人から離れるというごく自然なことを禁じられ、四六時中ベタベタと密着して「仲良く」過ごすことを強いられる。
 本来は「苦手な人の距離」に置かれるはずの苦手な人が、「好きな人の距離」に無理矢理いる、と言う状況は生徒たちの心理システムをバラバラにしてしまう。そして、いったい自分が何を愛し、何を憎み、何を幸福と感じ、何を苦手と感じるか……と言ったことを見失ってしまうのである。」<
この指摘で重要なのは、主体的な判断というものが失われ、自分の素直な感情を否定して、神聖なる前提(みんな仲良しでなければならない)の方こそが正しいという倒錯した感覚を受け入れなければならなくなると言うことだ。あとの方で、この状況を内藤さんは全体主義と呼ぶのだが、自分を失うこのメカニズムは、安冨歩さんが語る「ハラスメント」という概念にも似ている。

「ハラスメント」も、試行錯誤による学習が出来なくなり、自分の判断に全く信頼が置けなくなる状況を生む。そこでは確固たる法則性を打ち立てることが出来なくなり、その場で権力を持っている人間の恣意的判断に従うしかなくなる。その判断は恣意的であるから、自分では判断できなくなり、結果的に言いなりになる。

「ハラスメント」は個人的な関係で起こることが多く、「ハラスメント」を仕掛ける人間に特徴がある。だからその人間を避けることが出来ればある程度防げる。しかし、学校という場に「ハラスメント」性があると、その場から逃げられなかったときは「ハラスメント」の影響を受け、自分を喪失した人間になってしまう。

学校がこのような全体主義的な場になっているのに、それが変えられないのは、「子供はしつけられなければならない存在」だと人々が考えているせいではないだろうか。その基本的な考えが間違っているのではないかと思う。安冨歩さんは、すべてのしつけは「ハラスメント」だと喝破した。この命題の正しさを、内藤さんのいじめ理論を読むともっと強く感じるようになった。

しつけを否定することは多くの人の常識に反するだろう。だがそれを否定して主体性を取り戻さない限り、学校の狂いを直すことが出来ないのではないか。学校に自由と主体性を取り戻さなければ、学校の全体主義は改善できない。そう強く思う。しつけのために便利で有効な制度が、すべて学校の全体主義を強めることにも役立っている。

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