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「会った3日後に、ありがとうと言って…」三浦春馬と末期がん女性との交流秘話 - 「週刊文春」編集部

 7月18日に亡くなった三浦春馬(享年30)の、取材先との知られざる交流秘話が「週刊文春」の取材で明らかになった。三浦が雑誌『プラスアクト』の連載「日本製」(連載をまとめた単行本『日本製』が今年4月に刊行)の取材で広島の原爆被害の“語り部”、梶矢文昭さん(81)のもとを訪れたのは2017年3月13日。

 梶矢さんは2013年の冬に、妻・輝實さんと夫婦で映画『永遠の0』を見て以来、三浦のファンだったという。


三浦春馬 ©︎文藝春秋

 その三浦が、雑誌の取材で自宅に来る――末期がんで入院中の妻にそう告げると「うちゃあ死んでもええけえ、会いたい」と答えが返ってきた。梶矢さんはすぐに出版社の担当者に連絡し、妻の同席を許可してもらったという。当時、輝實さんの乳がんは手の施しようがなく、病院を転々とした末に緩和センターに引き取られていた。

 三浦は梶矢さん宅を訪れると、すぐに床の間の前に正座し、一時帰宅した輝實さんの手を取った。車椅子に座り、鼻からチューブで酸素を吸入する輝實さんは、目を見開き、声を振り絞った。

「あなたの映画観ました。『永遠の0』は素晴らしかったです。これからも、頑張るんですよ」

「大丈夫です。頑張りましょう。頑張って下さい」

 2人は見つめ合い、手を取りあって「頑張りましょう」と何度も励ましあった。医師から許可された10分間は瞬く間に過ぎた。病院に戻る車中で輝實さんは「満足、満足」と呟くと、その3日後、「ありがとう」と4度、梶矢さんに声をかけて、静かに息を引き取った。

「女房は、まさに命懸けで三浦春馬に会いに来た。手を握り合うて、本当に喜んだ。ありがとう、いうて死んでくれたけえ、救われるよのう。春馬さんは相手の目を見て励ますけえ、死にかけた女房もそん時だけはパチーッと目を開けておった。決して演技とは思えん。一生懸命対応してくれたよ。本当にやさしい男よ。きれいな目をしておった」(梶矢さん)

 そして1カ月後、その三浦から丁寧な手書きの手紙が届いた。そこには何が書かれていたのか。

 10月1日(木)発売の「週刊文春」では、三浦と梶矢さんとの戦争をめぐる対話の詳細や、三浦の手紙に綴られた家族との会話、梶矢さん夫妻との写真などを、グラビアを含め6ページにわたって特集している。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年10月8日号)

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