大日本住友製薬がノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授が開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)を活用することで、臨床試験(治験)に進んだ新薬開発の成功確率が、従来の1割程度から2割程度に高まると試算していることが18日、分かった。iPS細胞が創薬分野の競争力を高める“原動力”になると期待が高まっている。
新薬は研究開発から発売まで10年程度の歳月と数百億円規模の投資がかかるといわれる。特に開発の最終段階にあたる治験は、ヒトに投与して効果を確かめるため、最も費用がかかる。ところが副作用や効果が不十分との理由で、製品化できるのは1割程度にとどまる。開発中止になれば製薬会社の損失は大きく、治験の効率化は課題だった。
治験に先立って、疾病状態にある心筋細胞や肝臓細胞など特定部位の細胞をiPS細胞から作製し、新薬候補の効果を確かめることで、ヒトへの効果や安全性を見極めやすくなる。同社はiPS細胞を創薬に活用することで、治験段階に到達した新薬候補の開発成功率を2割に引き上げられる可能性があるという。
この記事では、「iPS細胞により、ヒトにおける効果や安全性を見極めやすくなり、新薬候補化合物の臨床試験失敗のリスクが減らせる」可能性を指摘しています。ただ、その効果に過度な期待をよせるのは禁物です。
この記事に出てくる製薬会社のコメントでも「成功確率を1割から2割に出来る可能性」と控えめな表現になっています。10個の開発化合物があったばあい、製品化できるものが1個から2個に増える、ということなのですし。これは、現在考えられている創薬でのIPS利用法が、これまでの創薬の方法論を根本から覆すわけではなく、主に効率やスピードを高める、ということに起因しています。記事にある通り、ヒトにおける化合物の作用予測は難しく、新薬開発における高いハードルとなっていることは事実です。
ただ、これまで全くアプローチの方法がなかったわけではありません。患者さんから採取したサンプル(手術時に取り出した臓器とか)やボランティアの方から採取したサンプル(血液とか)から得られる細胞を用れば、ヒトの組織での化合物の作用予測をすることはできます。
実は、iPS細胞を用いた実験も、ヒトの各臓器の細胞を作成し、それらの細胞に対する化合物の作用を調べるという点では、上記のアプローチと変わりありません。iPS細胞を創薬の現場が注目するのは、上記のヒトサンプル利用に比べ、実験がやりやすくなる(不便さを解消する)と考えられているからです。「患者さんからサンプルを手に入れてヒト作用予測をする」という方法の不便な点を挙げてみます。
- 欲しいタイミングでサンプルが手に入るわけではない
- サンプルが手に入りにくい臓器(心臓とか脳とか)がある
- サンプル入手のための手続の煩雑さ
などなどiPS細胞を用いると、これらの不便さはある程度改善できます。iPS細胞から作成した臓器細胞は、培養細胞なので好きなときに利用できます。
また、手に入りにくい心臓や脳の細胞も、iPS細胞から作り出せば簡便に利用できます。iPS細胞のもととなる細胞を採取する手続きは、ひとりひとりの患者さんからサンプルを入手する手続きに比べれば簡便なものになるでしょう。創薬現場におけるiPS細胞の利用は、ヒト作用予測の方法論をガラリと変えるわけでありません。「iPS細胞を使えば、今までやりにくかったことがやりやすくなる、というレベルの変化が起こる」ということです。
便利な一方でリスクもあります。iPS細胞から作成した細胞が、実際の患者さんから取り出した細胞と全く同じ性質を持たない可能性もあるとすれば、これは「ヒト効果予測」に関するリスクであり、新薬の成功可能性を左右します。このリスクを低減させるためにはそれなりの基礎研究の進歩が必要であり、もう少し時間が必要ではないかと思います。
これらのことを考えると、現段階におけるiPS細胞の利用は、多少はヒト作用予測の可能性を上げることになるでしょうが、劇的な変化というのは起こりにくいのではないかな、と思います。臨床試験の成功率の上昇というよりも、よりスピーディー、大規模なヒト細胞レベルでの実験が可能になり、開発時間の短縮が可能となる、というメリットの方が大きいのです。