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橋下市長VS週刊朝日論争に考える マスコミだけでなく、新聞記者も死んだのか

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読売、共同、産経が引っ掛かった森口尚史氏のiPS細胞移植ねつ造事件、週刊朝日の橋下徹・大阪市長出自報道といい、「これはおかしい」「これは許されない」と編集現場のだれも声をあげなかったのか。職場でああだ、こうだと議論していれば防げたのではなかったか。

筆者は今年6月いっぱいで産経新聞を退社した。28年間、青春を捧げただけに胸にこみ上げるものがあると期待していたが、何も感じなかった。マスコミに何の未練もなかった。それより50歳という人生の折り返し地点を過ぎ、自分の足で立ってみたかった。

「在英フリージャーナリスト」と肩書は変わったものの、新聞記者をやめたつもりは毛頭ない。新聞記者とは「新聞社に勤める記者」を指すのか、それとも「新しい話を聞いて記す者」を意味するのか。筆者は勝手に後者だと思い込んでいる。


大阪社会部の駆け出し記者時代、特ダネがほしくて元暴力団組長や談合屋にも会いに行った。そんなとき、ゴルフ場開発をめぐる贈収賄の内部資料の持ち込みがあった。

凄腕の事件記者だった先輩が内部告発者に会いに行く筆者に言った。「物欲しそうな顔をするな。向こうがいうことをふん、ふん、うなずいて聞いておくんや。絶対、資料を持ってこい言うたらあかん」

持ち込みネタに飛びつくとヤケドするのは事件取材であっても科学取材であっても同じである。

事件で内部資料の持ち出しを新聞記者から持ちかけたらどうなるか。当事者から「窃盗の共犯」で告発される恐れがある。新聞記者の仕事は塀の上を歩くようなもので、塀から落ちたら一巻の終わりだ。

新聞記者は他社に抜かれるのが怖くて、いつもびくびくしている。抜かれたら地方に飛ばされる、そんな強迫観念に取りつかれている。だからこそ、編集局のデスクや部長は、現場の記者が「このネタ、絶対間違いありません」と言ってきても疑ってかかるべきだ。

現場の記者が「絶対」という言葉を使うとき、そのネタは100%間違っている。十分に裏付けの取れたネタなら「絶対」という不必要な形容詞を使う必要がない。裏付けが取れた証拠を説明すれば事足りる。

東日本大震災の福島第1原子力発電所事故の前、経産省や東京電力は「原発は絶対安全」とPRした。「絶対」という言葉がいかに危ないか、百戦錬磨のデスクや部長なら知らないはずがない。

iPS細胞移植ねつ造事件で朝日、毎日、日経は怪しいと思ったのに、読売、共同、産経が引っ掛かった。前の3社には職人の科学記者がいたのに、読売は「特ダネ」に目がくらんでしまったのか。「特ダネ」を取ることと、誤報になったら読者と社会にどれだけ迷惑をかけるか天秤にかけてみたのだろうか。

それとも科学記事というのは、間違っていてもだれも文句を言ってこない“書き得”の世界なのだろうか。

肩書もはっきりしない研究者の持ち込みネタをうのみにするのは、あまりにもリスクが大きい。事件取材でも長年付き合ったネタ元からの情報でもニュースバリューが大きいと慎重になる。

“後追い誤報”というのは、28年間、新聞記者をした筆者も寡聞にして前例を知らない。普通、後追い記事は書きたくないものだ。読売が書いているから間違いないだろうと思ったのだろうか。それほど森口氏の口がうまかったのか。

逆にしっかり取材して誤報と気づけば、逆転満塁ホームランの大特ダネになっていたかもしれないのに。

週刊朝日の出自報道にいたっては、その後の対応を見ると、ア然とする。世の中から差別をなくしてやろう、大阪をよくしてやろう、日本を立て直してやろうと考えていたら、あんな形での報道はなかったと思う。

仮面を引っぺがすのが記者の仕事で、レッテルをはることではないはずだ。

週刊朝日の編集長は部落解放同盟の差別糾弾闘争の歴史を知らなかったのか。部落問題を取材したことも、被差別部落出身の友人もいなかったのか。橋下徹・大阪市長をたたくためにこの問題を取り上げたとしたら、一体、何のためにジャーナリストを志したのか聞いてみたい。

ネット上の議論を見ていると、この論争の本質はライト(right、右)とレフト(left、左)の闘争なのかと思い知らされる。イデオロギー闘争が終わり、政策のライト(right 、正しい)かロング(wrong、間違い)を論じるのが民主主義の新しい潮流と言われて久しいのに、ライトとレフトの論争は時代錯誤も甚だしい。

かくいう筆者はといえば、失敗の連続だった。裏付けが十分取れない被疑者の供述を記事にして検事から名誉棄損罪で起訴すると脅されたり、無罪になった背任事件で名誉棄損の民事法廷に引きずり出されたり、後輩の書いた記事で事件師にガラス製灰皿で頭を殴られそうになったり。

失敗したとき組織は守ってくれない。最後は自分の足と目と耳、ペンが頼りなのだ。だから新聞記者は自分の足で立っている。

新聞というぐらいだから、新聞記者は新しい話を人から聞いて記事を書く。だから、よく間違える。しかし、地道に証言を積み上げていくと、社会が動くときがある。

臓器移植法が成立する前、後輩と臓器移植をめぐるキャンペーンを始めた。最初、大学担当の後輩は大阪大学医学部の教授から「産経なんて滅多に取材に来んやないか」と突き放された。私たちは病院、患者、家族、大学と、とにかく取材して書き続けた。

臓器移植法が成立した日、その教授が後輩を呼んで「産経の報道がなかったら、こんなに早く成立しなかった」と礼を言ってくれた。移植を待つ患者さんのことを思うと、本当にうれしかった。

薬害エイズでは筆者が休暇中にデスクが通した「原告団、和解検討」の原稿で原告団弁護士から「取材を拒否する」と大声で怒鳴りつけられた。私たちは、血液製剤メーカーが血液製剤による血友病患者へのHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染リスクを事前に認識していたことを示す社内文書をスクープし、歴代3社長、厚生官僚、帝京大医師が逮捕された。民事訴訟も大きく動いた。

地下鉄駅で偶然、出会った原告団弁護士に「これまでの非礼を許してください。産経の報道がなかったら、この事件は動かなかった」と頭を下げられ、「こちらこそ迷惑をかけました」と2人で頭を下げ合った。新聞記者になって良かったーと思った。

筆者が宝物として飾ってあるものに、大阪府警広報課から産経の府警キャップを3年に務めた記念にもらったガラスの小さな置物がある。大阪と神戸で16年間朝駆け、夜討ちを続けた、少しキザに言えば「男の勲章」である。

剣豪・宮本武蔵は「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする」と言った。

筆者の朝駆け、夜討ちは鍛と錬の間ぐらいだ。

事件記者歴が長かった筆者はどうしても警察への見方が厳しくなり、不祥事を探し歩く記者としてにらまれ、大阪府警幹部から「無事に府警を卒業したかったら大人しくしとけ」と恫喝されたことがある。筆者も西成出身ですから「やれるもんなら、やってみんかい」と啖呵を切った。

権力は一度でも歯向かった者には容赦しない。大阪府警のキャリア幹部がいかに筆者の人格が歪んで、新聞記者として不適格か上司の部長に吹き込み始めた。取材の動きを探るため、産経ボックス内記者の切り崩しも露骨に仕掛けてくる。

新聞記者が権力に対抗する武器は朝駆け、夜回りの肉弾戦術しかない。突然、目の前が黄色くなって、天井がぐるぐる回り始めることが何回もあった。

2年たち、3年目も後半に差し掛かったころ、神奈川県警で起きた信じられない警察不祥事で世の中がひっくり返った。筆者は日本の事件記者を代表して警察刷新委員会で意見を述べることになり、大阪府警は「どんな話をするのか」と蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

大阪府警側は筆者が陳述する内容を事前に入手できないかとあらゆるルートでアプローチしてくる。そんな時、退職した元署長が「どないしてる」と訪ねてきた。その元署長は筆者が大阪府警で最も好きな警察官だった。

その昔、大阪府警はゲーム機賭博をめぐって複数の現職警官がワイロの見返りに捜査情報を漏らすという前代未聞の不祥事に見舞われた。元署長は捜査2課調査官(キャリア課長に次ぐナンバー2)として、身内の警官を逮捕するという非情な捜査を指揮した。

その後、体を壊したため、主流から外れて小さな警察署の署長を最後に退職したのだった。「コーヒーでも飲みにいこか」と誘われ、府警本部の地下食堂で世間話を始めた。

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