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総理の心象

2011年8月29日、私は民主党代表選挙で勝利しました。そして、翌30日に衆参両院本会議で首相指名を受けました。いまも鮮烈に覚えているのは、午後1時に衆院本会議場に入る間際の出来事です。

私はそれまで約1年3か月、財務大臣を務めていました。この間、2人のSP(要人警護を担当する警視庁の警察官)が付いていました。Kさんは元バレーボール選手。あのビル・ロビンソンに指導を受けたこともある経験豊富な猛者でした。Wさんは元砲丸投げ選手。ドライバーの飛距離が360ヤードという屈強な若者でした。この頼もしい巨漢コンビとは、家族以上に一緒に過ごす時間が長かったと思います。

このツインタワーが議場に入る直前、突然深く腰を折って手を差し出してきました。「我々の仕事はここまでです。有難うございました」と。私はよく意味がわからないまま、「有難う」と言って彼らの手を握り、議場に入りました。投票の結果首相指名を受けて議場を出ると、2桁にのぼる新しいSP軍団が待ち構えていました。以後常に彼らが帯同することになりました。この時初めて、KさんとWさんが握手を求めてきた理由がわかりました。彼らが私を見送った後泣きながら桜田門まで歩いて帰ったと、かなりの時を経てから知りました。

総理専用車はSPたちが分乗した複数の警護車両と車列を組んで移動します。街中を走行中に防弾仕様の車窓から見えてくる風景が、それまでとは一変しました。交差点で信号待ちをしている疲れ切った表情のサラリーマンを見かけると、「景気が悪くて仕事が行き詰っているのかな。私の責任かな」と思います。スーパーの前でやつれた主婦をみると、「家計のやり繰りが大変なのかな。私の責任かな」と思います。

暗い表情、浮かない顔の原因は、経済や社会の問題ではなく、家庭の不和など個人的な事情によるものかもしれません。でも、1億2千万人の命と暮らしに責任を持つ立場になると、車の中から一瞬だけ見える人々の表情がやたらと気になるようになりました。国会議員も閣僚も重たい責任を有していますが、国のトップにならなければ到底わからない特別な感慨があることをつくづく感じました。

9月16日、自民党の菅義偉総裁が第99代内閣総理大臣に就任しました。7年8か月も官房長官を経験されているので、官邸の切り盛りには精通しているでしょう。しかし、一閣僚と総理とではその重圧は全然違います。しかも、コロナ禍など困難な課題に直面している時代です。

「礼に始まり礼に終わる」をモットーにしている私ですから、新総理にはまず大役を担うことになったことに敬意を表します。そして、まずは経済・財政・外交・安保等の大方針を早く国会でお聞かせ頂きたいと思います。

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