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【読書感想】美術展の不都合な真実

美術展の不都合な真実 (新潮新書)

美術展の不都合な真実 (新潮新書)

  • 作者:古賀 太
  • 発売日: 2020/05/15
  • メディア: 新書


Kindle版もあります。

美術展の不都合な真実(新潮新書)

美術展の不都合な真実(新潮新書)

  • 作者:古賀太
  • 発売日: 2020/05/22
  • メディア: Kindle版

内容(「BOOK」データベースより)
フェルメール、ゴッホ、モネ―屈指の名画が来日するのは、有数の芸術愛好国だから?否、マスコミが主導し、大宣伝のなか開幕する「美術展ビジネス」が大金を生むからだ。「『○○美術館展』にたいした作品は来ない」「混雑ぶりは世界トップレベル」「チケット代の利益構造」「“頂点”に立つ国立美術館・博物館」等、新聞社の事業部で美術展を企画した著者が裏事情を解説。本当に観るべき展示を見極める目を養う必読ガイド。


 僕はけっこう美術展を観に行くのですが(最近は新型コロナウイルスの影響で行けていませんけど)、正直、この本で著者が「暴露」している「不都合な真実」の多くは「知ってた」って感じなんですよ。

 タイトルからは、業界内のタブーが暴露されているのでは、と期待してしまうのですが、「美術展はテレビ局や新聞社が金儲けのために主催している」なんていうのは、「みんな知っていること」なのでは……と思います。

 上野の森美術館での『フェルメール展』のときは、ゴールデンタイムにスペシャル番組まで放送されていましたし。

 日本が海外の美術館から作品を借りるときには、高額の「レンタル料」が発生するけれど、日本の作品を海外に貸すときは、ほとんど無償だというのも、悔しい話ではありますが、それでも、入場料2000円くらいで教科書に載っているような有名な作品を観ることができるというのは、悪くない話だと僕は感じます。

 やたらと混雑していて、何時間も待たされるのは確かにつらいし、ゆっくり観賞できるように入場制限されていたはずの上野の森の『フェルメール展』も入場までに時間がかかり、会場内は人でいっぱいだったのも事実なのですが、それでも「観られるだけマシ」だと考えてしまうのは、飼いならされてしまっているからなのだろうか。

 僕が体験したなかでいちばん混んでいたのは、九州国立博物館の『阿修羅展』で、阿修羅像の前をみんなで取り囲まされ、「はい、じゃあ次に移動して!」と掛け声とともに移動させられたのには、さすがに閉口しました。運動会かよ!

 専門家である著者が感じている、もどかしさというのも理解はできるのです。

 まず日本の展覧会は世界的に見ても混んでおり、特に1日当たりの入場者数が多い。逆に言うと、日本の観客は落ち着いて絵や彫刻を見られる環境にない、ということだ。

 長年展覧会を運営した経験から言うと、日本の展覧会で1日3千人を超すと「混んでいる」という感じがする。5千人を超すと入場に数十分かかり「かなり見るのが大変」で、1万人となると入場に1時間待ちで「押すな押すな」となる。

 ところが日本の美術館・博物館の入場者数は、世界に比べると驚くほど少ない。この違いはどこから来るのか考えてみたい。

 まず日本がトップ10に何本も入る展覧会は「企画展」と呼ばれるものだ。これに対して美術館や博物館自体の入場者数のトップ10に出てくるのは、ルーヴルや大英博物館など世界の大美術館がほとんど(北京の故宮博物院は最近になっての登場)。これらの美術館でも「企画展」はあるが、外国人観光客を含む入場者数の多くは「常設展」を見に来る。

 常設展とはその美術館が所蔵するコレクションを見せるもので、海外の大美術館は真面目に見たらそれだけで丸一日はかかってしまう。ルーヴル美術館の展示面積は6.1万平米、大英博物館は5.7万平米あって、千~2千平米程度の企画展示室はそのごく一部。

 だからルーヴルに行くと日本並みに混んでいるのは《モナ・リザ》の部屋くらいで、あとはフェルメールが2点ある部屋でさえもかなりゆっくり見ることができる。ルーヴルには最近1年間に約1千万人が来ているが、1日約3万人(休日除く計算)なので美術館全体の広さを考えたら十分に収容可能だ。

 日本で海外のそうした大美術館に匹敵するのは、上野の東京国立博物館か佐倉の国立歴史民俗博物館(共に2万平米)くらいだろう。


 たしかに、僕が美術館に行く目的は、ほとんど「企画展」「特別展」なんですよね。チケットには、大概「常設展も観られます」と書いてあって、時間があるときにはそちらも覗いてみるのですが、常設展も観てみるとけっこう面白い作品がたくさんあるんですよ。でも、人はほとんどいない。特別展が入場まで2時間待ち、というような状況でも。

 もったいないなあ、とも思います。

 著者は、本来は、常設展やその施設の学芸員が企画した、オリジナリティのある展覧会が美術館のセールスポイントになるはずなのに、メディアと結びついた「稼げる企画展」ばかりが重視されている現状を嘆いているのです。

 平成になって美術展に参加し始めた民放テレビ局はもともとそうだが、新聞社も今では個々の展覧会が細り行く本業以外で収益を上げるために、人件費も含めて黒字になることを目指している。そうなると、これまで以上に宣伝に力を入れる。

 日本の美術展で1日の入場者が平均6千人を超す人数になって世界トップレベルの「押すな押すな」になるのは、それだけ宣伝をして「押し込む」からだ。それにしても、なぜそこまでやるのか。

 企画展の出品作品をすべて海外から借りてきたら、輸送、保険、借用料、展示費用、宣伝、会場運営など総経費は5億円を超すことが多い。単純計算してみよう。

 3か月で休館日を除く開催日が80日だと、前売りと当日券と割引や招待を合わせた平均単価1500円計算で1日5千人来たらようやく6億円になる。総来場者は40万人。そんな「大成功」でも、人件費を生み出すためには、これにカタログやグッズの収入を足す必要がある。さらに収益も出さなくてはならない。収益が出れば主催者で出資比率に応じて分配となる。

「文化事業」とは名ばかりで、新聞やテレビの大手マスコミが自社メディア宣伝を駆使して、世界的にもトップ10にはいるほどの混雑の中で作品を見せられているのが、日本の展覧会の悲しい現状だ。有名作品の前で「立ち止まらずに歩きながら見てください」と叫ぶ係員の声を聞きながら見る展覧会のどこが「文化」だろうか。

 まともに落ち着いて作品を見ることができない状況を作り出しているのが今の新聞・テレビ主催の「話題の展覧会」であり、それは世界的に見ても珍しい状況なのだ。


 世界の美術館をみてきた人が、こういう気持ちになるのはわかるんですよ。でも、お金目当ての展覧会でも、人混みにうんざりしても、「あの有名な作品を日本の身近な場所で観ることができる」というのは、「見られないよりは、はるかにマシ」だと僕は思うのです。それこそ、「そういう状況で観るのがイヤなら行かなければいい」だけだし、本当にのんびり見たければ、LCCの飛行機に乗って、現地に行けばいい。

 逆にいえば「お金になるからこそ、わざわざ日本に有名な作品が運ばれてくる」のです。

 そりゃ、家の近くの美術館で、空いている状況で、ゆっくり見られたらそのほうが良いに決まってはいるけれど。

 有名美術館の収蔵作品展がこれほど開かれる国は日本しかないだろう(最近は韓国や中国も多いらしいが)。一見それは日本の国際性や国際都市東京の文化レベルの高さを示しているようで、実は世界の美術界での日本の地位を確実に下げている。世界の美術展で日本は単なる「金づる」「展示会場」としてしか存在せず、本来の国際的な美術館のネットワークにまず入れてもらえない。

 国内的には「〇〇美術館展」は、もともと日本の美術館に歴史的にあった展覧会のイベント的側面をさらに強める。観客はマスコミに踊らされて、有名美術館の名前がついただけで出品物の大半は通常は倉庫に眠る作品を見に行っているのだ。


 批判的なことばかり書いてしまいましたが、本のなかには「著者おすすめの美術館」も紹介されていて、行ってみたくなったところがたくさんありました。

 身近なところで素晴らしい作品が観られるのは素晴らしいことだけれど、もう少し、観る環境が良くなってくれれば、とは、みんなが思っていることではありますよね。


男の隠れ家 特別編集 大人が観たい美術展2020

男の隠れ家 特別編集 大人が観たい美術展2020

  • 作者:三栄
  • 発売日: 2020/02/13
  • メディア: Kindle版
新 怖い絵 (角川文庫)

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  • 作者:中野 京子
  • 発売日: 2020/03/24
  • メディア: Kindle版

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