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「ワクチンを買い占める国」は“頼れる国”か“非人道的な国”かー「ワクチン・ナショナリズム」の実態

新型コロナ感染症に効果があるとされる治療薬を確保しようと躍起になっている国々のありさまが、「ワクチン・ナショナリズム」と非難されている。その実態と道徳的に問題とされている点について、法律と世界の健康問題の専門家マーク・エクルストン=ターナーが解説する。

Ulrike Leone / Pixabay

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新型コロナウイルスの治療薬として期待されている薬品「レムデシビル*1」の全世界分の在庫を米国が買い占めたとのニュースがまさにそうだ。自国民“最優先”のふるまいを見せているのは米国だけではない。英国も、新型コロナ重症患者の死亡率を下げる効果が確認されている唯一の薬品「デキサメタゾン*2」の輸出禁止に踏み切った。

*1レムデシビルは米医薬品企業ギリアド・サイエンシズ社が製造。点滴で投与する。研究開発段階のため、他の国では承認されていなかったが、日本では2020年5月7日に特例承認。
Trump Administration Secures New Supplies of Remdesivir for the United States

*2デキサメタゾンは「WHO必須医薬品モデルリスト」にも指定されている一般的な薬で、多くの国で製造されている。

ワクチン・ナショナリズムは決して新しい現象ではない。2009年に豚インフルエンザが大流行した際も、裕福な国々がワクチンを独占、途上国が入手できたのはかなり時間が経ってからで、調達量もずいぶん少なかった。

これは公衆衛生の、そして多国間主義*3の脆弱な点である。裕福な国で暮らしているからといって他国民より優先的にワクチンを手に入れられるとの発想は、道徳的に間違っている。

*3 国際貿易において世界全体の枠組みの中で調整されるべきという考え方。

ワクチンにジェネリック版は登場しない?

パンデミック発生により国が薬品やワクチンの流通を独占しようとする場合、さまざまな方策が考えられる。

まずは、単に市場を押さえてしまうやり方。米国がレムデシビルを買い占めたのがこれに当たる。知的財産権によりレムデシビルを生産できるのは米製薬会社ギリアド・サイエンシズ社だけだが、米政府は供給のほぼすべてを購入する契約をギリアド社と結んだのだ。”自由市場ですから”と言わんばかりに。

打開策はないのだろうか。例えば、パンデミック下においては(専売)特許権の制約を受けないようにすることは可能だし、むしろそうすべきだろう。「強制実施権」を発動すれば、特許権者の承認なく第三者が特許技術を使えるようになるため、ジェネリック医薬品メーカーが特許薬を生産することが可能となる。

Alexandru Strujac / Pixabay

つまり、レムデシビルに含まれる成分を入手できれば、ジェネリック医薬品メーカーは容易に薬品を生産することができ、それは「ジェネリック医薬品」として承認も受けられる。そうすれば、ギリアド社の設定価格(治療一回あたり約25万円)よりもはるかに安価で供給することができるだろう。しかし、実はワクチンにはこの考え方はあてはまらない。ワクチン市場は、たった数ヶ国の、ごく一握りのメーカーが独占しているため、ジェネリック版の競争が存在しえないのだ*4

*4 また、ワクチン開発には膨大なプロセスが必要であるうえにヒトの試験が必須など、ジェネリック薬品のように費用を下げることは非常に困難。
参照:Keeping vaccines as affordable as generic medicines: a matter of life and death

ワクチン・ナショナリズムを引き起こす別の手段が、英国がデキサメタゾンを輸出禁止としたケースだ。この措置により、もし英国内の業者が同薬品を輸出しようとすれば販売ライセンスが剥奪されることもありうる。輸出禁止となると、他国と医薬品の供給契約を結んでいたメーカーが契約違反で訴えられる可能性もあるが、そうならないよう英国政府が代わりに補償金を支払うことも考えられる。

さらに強権的なやり方としては、他国に輸出されるはずだった医薬品やワクチンを強制収用することが考えられる。英国では、「2004年市民緊急事態法」により内閣が緊急時の特別規定を制定できるようになったため、私有財産を(有償もしくは無償で)押収することも可能だ。今回のコロナ禍ではまだここまでの事態には至ってないが、歴史を振り返れば、非常時に私有財産や土地が押収される事例は英国などで起きており、今後そうなる可能性は否定できない。

貧しい人々にもワクチンが行き渡る仕組みづくり

新型コロナウイルスに対する世界戦略において、ワクチンは重要な鍵を握る。公平、平等、正義といった価値は確実に守られるべきだが、ワクチンがどのように分配されるのか、どう分配すべきなのかはいまだ明確ではない。国際的な配分を定めた枠組みがなくては、途上国はワクチンを入手できない恐れもある。

Gerd Altmann / Pixabay

コロナ禍の深刻極まりない事態を踏まえると、裕福な国が貧しい国々に進んでワクチンを提供する可能性は豚インフルエンザの時より低くなるかもしれず、さまざまな法的手段を用いてワクチンの公平配分を回避しようとするかもしれない。 「国際社会のワクチン入手可能性」や「利益配分モデルの評価」を目的とした研究プロジェクトも進行中だ。コロナ禍のワクチン流通における法的な障壁を乗り越えるには、過去のどんな教訓を生かしていくべきかをしっかりと見定めていきたい。

【オンライン編集部追記】
世界のワクチンギャップ改善に関してはWHOを母体とする「Gaviワクチンアライアンス」の活動(2000年〜)がある。新型コロナウイルス感染症ワクチンの国際共同購入の仕組み「COVAXファシリティ」には172ヶ国が参加を表明している(日本は9月15日に参加を、米国は不参加を表明している)。

COVAXファシリティが目指す「新型コロナウイルス感染症ワクチンの公平なアクセス」


By Mark Eccleston-Turner(英キール大学・法律とグローバルヘルス分野の専任講師)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo

参考:
How will the world's poorest people get a coronavirus vaccine?

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