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オリックスファンの1年は子育てに似ている。勝手に夢を抱き、勝手に裏切られる日々 文春野球コラム ペナントレース2020 - 木村幹

 秋である。あんなに暑い日が毎日続き、このままずっと涼しくならないんじゃないか、と思っていたのに秋である。この時期になると毎年思う。地球ちゃんと公転してたんやな。偉いぞ、地球。惰性、いや慣性の法則で回ってるだけとは思えんくらいの仕事ぶりや。

 さて、涼しくなったので、閉め切っていた窓を開け、外の空気をいれる。入ってくる冷気が心地よい。静かだ、夏の間あれほど五月蠅く鳴いていたセミはどこかに行ってしまっている。

 そうして窓を開けた部屋で、家族が集まって夕食を食べる。夏の間は食事の間に必ず夕方になるとスイッチが入っていたテレビは、もうついていない。静かだ。どこの家庭にでもある当たり前だが、幸せな風景だ。家族がいて本当に良かったな。

 娘たちもすっかり大きくなったので、昔のように食事中にみんなでにぎやかに会話を交わすことはない。とはいえ、父親として家族の間に全く会話がないのも良くないだろうと思って、口を開いてみる。「大坂なおみ勝ったな」「うん」。答えは短いが、父と娘の会話なんてそんなものだ。

 それだけではちょっと寂しいので、もう少し会話を試みる。「優勝するだけじゃなくて、政治的メッセージまでしっかり伝えるとか凄いな。BLTやったかな」「お父さん、それはベーコン・レタス・トマトや」。本当に大きくなった、どんなに下らないオヤジギャグに対しても、きちんと突っ込んでくれる優しい子だ。もう関西のどこの会社に出しても大丈夫だと思う。調子に乗って「えっ、BMIやったっけ」と付け加えると、妻に「それくらいにしとき」と怒られる。やはりBしか一致していなかったのが悪かったのか。

 そうして食卓は再び沈黙へと移る。静かだ。窓の外からは秋の虫の声がかすかに聞こえてくる。涼しい。ふと見ると、家族の各々の席の前には、携帯電話が一つずつ置かれている。あれほど食事中には携帯電話を見るな、と言っているのに、困った連中だ。そうしている間に、時間はもうすぐ午後9時に。「ぴろ~ん」。突然、机に置かれた各々の携帯電話が一斉に鳴り、食事をする手が止まる。説明するまでもないだろうが、スポナビの通知である。時間にして僅か1.5秒くらいだろうか。そして彼らは何もなかったかのように食事をまた開始する。耐えきれなくなったのか、妻が口を開く。「今日は安達打ったかな」。おう打ったぞ、もっとも打ったのは安達だけやけどな。「ごちそうさま」。こうして貴重な家族のだんらんの時間が終了する。

大きくなれば皆、石原さとみになると思っていた

 そして思う。オリックスファンの1年は子育てに似ている。生まれたばかりの子供は皆、「無限の可能性」に溢れている。成長も早くすくすく育つ。歩き出し、砂に水がしみこむように、新たな知識を次々と吸収し、瞬く間に言葉を話すようになり、いろんなことができるようになる。「ひょっとするとうちの子は天才なのかもしれない」。多くの親は自分の子供に対して時にそんな思いを持つことになる。小さい子供たちは本当に可愛いし、愛嬌にも溢れている。だからこそ、子育てがどんなに大変でも、我々は彼らの無邪気な姿に癒される事になる。勿論、それはうちの娘たちだってそうだった。当時の自分は芦田愛菜よりうちの子供たちの方が遥かに可愛いから、子役に応募すればどこでも通るに違いない、と思っていたし、大きくなれば皆、石原さとみになると思っていた。

 だから、親たちは頑張って子育てをし、彼らを一生懸命応援する。運動会では皆、自分の子供が一番になると、と信じているし、その姿をとらえようと巨大な望遠レンズをつけたカメラをもって駆けつける。

 しかし、しばらくすると親たちは厳しい現実に直面する。自分の子供である以上、子供たちは芦田愛菜にも石原さとみにもならないし、藤井聡太にも育たない。だから時に、親は自分が勝手に持っていた幻想が裏切られた事にいら立ち、「子育てが上手くいかない」という愚痴を、自分自身の人生の体たらくを京セラドームの天井にぶつける勢いでこぼすことになる。そして時にはそのストレスを、子供ら自身にぶつけ、彼らを大きく傷つける。しかし、言うまでもなく、それは子供たちが悪いのではない。勝手な幻想を抱き、自らの夢を子供たちの人生の上に見ようとした、親の側の責任なのだ。

 そしてそれはオリックスファンも同じだ。我々は毎年、春にはチームが優勝すると信じているし、実際、この頃にはチームは「無限の可能性」に満ちている様に見えている。新外国人選手は打率3割を超え、40本以上のホームランを打つに違いないと信じているし、ブルペンの中継ぎ投手は十分数が足りていると思っている。内野手は余るほどいるし、若手も見違えるように成長している。今年こそ行ける。だからこそファンは毎年希望に満ちて開幕を迎え、カメラや応援グッズ、そしてポンタを持って応援にかけつける。スタンドが最も活気に満ちている瞬間だ。

 しかし、夏に入る頃、我々は毎年現実に直面する事になる。そうオリックスはオリックスである以上オリックスであって、突然大きく変わったりする事は、ない。長年Bクラスに低迷するチームが突如として強くなることは、大変遺憾ながら滅多になく、気が付くといつものように下位に定着している。そして我々は自らの期待が裏切られたことにいら立ち、スタンドでは ― 新型コロナ禍の今年は静かな ― 怒号が飛び交う事になる。しかし、それはチームの責任では、実はない。我々は自信が勝手にチームに対して抱いた夢に、勝手に裏切られ、苛立っているだけなのだ。

我々がファンであることの意味

 そして、地球は今年もいつものように公転し、秋を迎える事になる。地球、こういう時は、ちょっとは空気読めよ。現実は更に厳しくなり、25勝47敗。5位日ハムからすら9ゲーム離され、勝率は吉田正尚の打率より低い.347に低迷している。春に抱いた期待が裏切られた事は明らかであり、我が家のテレビは沈黙を続け、家族の会話はめっきり少なくなる。そうかうちの家族オリックスでもってたんや。でも、思う。こんなに成績が悪化すれば、心が折れるのは我々ファン以上に選手の側だろう。そんな時、我々ファンがこのチームを応援しなかったら、一体誰が彼らを応援するというのだろうか。

 親はどんな時でも子供を応援する。それは彼らが類まれな才能や容姿を持つからではなく、我々が彼らの親だからだ。だからこそ、親は子供が壁にぶつかり、苦悩している時こそ、子供を応援しなければならないし、応援するものだ。何故なら、社会へと一歩を踏み出し、悩み苦しみ、孤立している彼らを、どんな時でも応援することができるのは我々だけだからだ。そしてそれは親であるが故の特権なのだ。

 勿論、大きくなった子供に対して、親が出来る事はほとんどない。精々、卒業するまで学費を稼ぎ、仕送りをするくらいが関の山だ。でもそれで構わない。我々は彼らからあれほど「幸せな瞬間」をもらったし、どれだけ回数が少なくなっても、これからもきっともらう事ができると信じている。そうそれはちょうど、我々がスタンドで「幸せな瞬間」を過ごせるのと同じなのだ。

 だからこそ、オリックスファンは秋になると、ちょっとだけ「優しい目」になってスタンドへかけつける。そう彼らを応援できるのは我々だけであり、それこそが我々の特権なのだ。だからこそ、今年も彼らと共にもう少し「幸せな瞬間」を過ごそうではないか。シーズンはまだ続く。それこそが、そしてそれだけがファンの出来る事であり、我々がファンであることの意味、なのだから。テレビのスイッチは切っておいてもいい。さあ、今日も球場に出かける事にしようか。

スタンドから応援するバファローズポンタ

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2020」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/39922 でHITボタンを押してください。

(木村 幹)

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