- 2012年10月18日 09:30
転換期の今、国難に打克つ自分たちの憲法を! - 磯崎仁彦議員インタビュー
1/3
当選当初から取り組んでいるのが、自民党立党以来の党是である「自主憲法制定」です。震災後の復興など数々の課題を抱え、復興や周辺諸国からの武力行使が不安視される中、日本の根幹である憲法をどう考えるべきか? お話をうかがいました。(編集部:濱田敦子・大谷広太)
今の日本国憲法は、占領下で作られた憲法
原田:さっそくですが、磯崎さんは自由民主党のインターネット放送CafeSta(カフェスタ)の担当番組の中で、ずっと「自主憲法制定」をテーマに取り上げていらっしゃるということで、今日は「自主憲法制定」についてうかがいます。自主憲法制定と聞いて最初に思ったのは、すでに現行の憲法があるじゃないですか? これってそれを「改正」しようという話ですか?それとも、全く新しいものを「制定」しようという話しですか?
磯崎:もちろん現行の「日本国憲法」がありますので、改正手続きを踏まえて行わなければなりません。そういう意味では改正です。でも、実質的にと言いますか、気持ち的に、今の憲法って占領下で作られた憲法ですよね?
原田:GHQですね。
磯崎:そう。いわゆる玉音放送があったのが、昭和20年8月15日、そして、日本国憲法が公布されたのが昭和21年11月3日です。今の憲法と言うのは、この短い期間に連合国側の強い意思に基づいて作られた。だから、日本国民として、自分たちの手できちっとした憲法を作りたいという思想が公布された当初からあって、「自主憲法制定」が長い間叫ばれてきました。
原田:現行の憲法があるからシステム的には改正手続きとなるけれど、気持ちの上では、新しいものを作るぞと。
磯崎:そうですね。もちろん、今の憲法の中にも私たちに染み付いているものもありますから、変えなくていい部分もありますし、むしろ変えるべきでない部分もあるでしょう。だから、私は我々の考え方を、現行の規定のあるべきところを入れ込みつつ、新しいものを作るということだと思っています。
原田:自民党はもう立党当時から、自主憲法制定をずっと掲げていますよね。
磯崎:そうですね。昭和26年9月8日に第二次世界大戦以来の戦争状態を終結させる条約として、サンフランシスコ講和条約が調印され、翌年の4月28日に発効し、日本は独立を回復しました。ここから日本は占領体制から独立国家へと歩みだした。他国から与えられた憲法ではなく、自主的な憲法を作ろうと言う動きはこの頃から引き継がれた考えだと聞いています。だから、既に60年になりますね。自民党の結党である昭和30年からも60年近くが経過したことになります。
原田:長い間政権与党だったのに、今まで制定に至らなかったのは何故なんでしょうか?
磯崎:そうですねえ…… なかなか難しいですけれども、ひとつは憲法改正のためには、衆議院、参議院ともに3分の2以上の賛成が必要だという高いハードルがあげられると思います。議論が進んでも、両院3分の2以上が賛成というのは、現実的に難しい問題です。
それから、自主憲法制定と言いながらも、戦後においては現行憲法の「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義(戦争の放棄)」という考え方が根付いていたのだと思います。
原田:日本国憲法の3原則ですね。
磯崎:そうです。あえてそれを変えるというところまで、国民の皆さまの意識としても醸成出来ていなかった。そういった現実も踏まえて、「なんとか制定しよう!」という段階までの議論に至らなかったんでしょうね。
独立国家として自衛権を曖昧にしない
原田:お話にありました「平和主義(戦争の放棄)」については、憲法改正が議論されると必ず「9条をどうするか」という話がセットになりますよね。その部分について、磯崎さんはどう考えていますか?
磯崎:現実問題として、今の自衛隊が軍隊なのか軍隊でないのかということがありますね。人、あるいは装備の実情を踏まえると、軍隊と言ってもおかしくないようなものは備えているのに、今の憲法上は「軍隊を持てない」ということになっていますから軍隊ではない。
他方で、「自衛隊」の文言も憲法のどこを探してもありません。現行憲法の第9条では、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認が規定されています。具体的には、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」とあります。現行の憲法解釈においても、国家に自衛権はあるが、武力の公使は必要最小限とされています。だから、今自衛隊が海外貢献活動として国外に出ていくときは、曖昧なまま、出て行かざるをえないというのが現実です。
ただ、憲法制定当時とは異なり、朝鮮戦争以来、アメリカの日本に対する政策は変わってきていますよね。今の憲法の下では自衛隊を軍隊であると言えないけれど、独立国家として考えるならば、憲法に正面から「自衛権を持つ」とし、この国を守るために、当然のこととして軍隊を持つと規定すべきです。
原田:確かに、今の自衛隊の装備や人を見ると、軍隊を持っているのと変わらないというのが現実ですよね。
磯崎:今の自衛隊については、「自衛権を行使するための軍」ということできちんと位置づけるべきだと思います。今回、我々自民党の日本国憲法改正草案では、自衛隊を、国防軍という言い方にしました。自衛隊の位置づけを、そのままスライドしたカタチですね。
原田:PKO(国連平和維持活動)はどうですか?
磯崎:PKOについても、今の憲法では一線を越えられないというのが事実ですが、日本が国際的にどんな役割を果たしていくべきか、求められているものが戦後から状況が大きく変わってきていると思います。国際化して今これだけ成長を遂げた日本という国が、国際社会から求められる役割を果たす、あるいは国際貢献していくということをやるべきだと思うわけですよ。それをきちっと憲法上で出来る仕組みを作っていくことが、憲法のあるべき姿だろうと思います。
原田:国際関係の中でニーズがあれば、曖昧なまま行くのではなく、正々堂々と行けるようにしようと言うことですね。
磯崎:自衛隊の活動については、現実問題として小手先でやりくりしていることから制約が多すぎ、現実的ではないと思います。PKO活動は「国際平和協力法」に基づき派遣が認められていますが、いわゆるPKO参加5原則により、大きな制約が課せられています。たとえば、今は自衛隊が海外に出ていっても、現地に駐在している邦人、あるいは、同じPKOにおいて活動をしている他国からの派遣隊員の命は、守ることができません。いわゆる「駆けつけ警護」、つまり国連平和維持活動中の国連職員やNGOなど非政府組織の民間人が宿営地外で襲われた場合助けることは、先の「国際平和協定法」では、「自己の管理下にあるものの防護のため」にしか武器の使用を認めていないことから守れないことになります。
やはり日本国の自衛隊なら、在外の日本国民を守ってしかるべきだと思いませんか? ひとつのチームとしてPKOを組織しているのに、自分たちの身すら他国の軍から守ってもらうということでは本来の役割を果たせないでしょう。
原田:国を守るのであれば、海外にいる日本人に関しても危険が迫れば守れるようにしたいと。
磯崎:それは当たり前の話だと思うんです。どう考えてもおかしいことを、普通に出来るようにするためには、今の憲法の枠組みでは難しいかと思います。
世界は今も平和を希求しているか?
原田:話を自主憲法制定に戻したいと思います。自民党は戦後ずっと自主憲法を制定したいと訴えてきました。GHQによって作られたものではなく、日本国民の手で作りたいという考えだと思うのですが、それにプラスして時代にそぐわない部分が出てきていると思うのですが、どのあたりがそれに該当すると思いますか?
磯崎:憲法前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とありますが、第二次世界大戦後は世界中が「もう2度とこのような戦争をしてはいけない」と、どの国の国民も確かに平和を「希求」していたのだろうと思います。もちろん今も「希求」していないとは言いません。でも、日本を取り巻く環境を見ると、軍備を強化している国もありますし、敵対的というか、平和的な行動を取っていない国も現実として出てきていますよね。
原田:例え日本が平和を希求していても、周りはそうじゃなかったということもありますよね。
磯崎:そうですね。日本国憲法の精神では周りの国もそうであることが前提ですが、世界情勢がそういう状況ではなくなっている今は、どうしても国防軍の話をせざるを得ないと思います。
もうちょっと違う観点から捉えると、世の中が進むにつれ、それぞれ人の考え方も多様化してきています。例えば、昔の人からしたら考えられなかったような「新しい人権」が主張されている。プライバシーであったり、犯罪の被害者の権利だったり、従来であれば考えられなかった、あるいは希薄であった主張や権利ですが、今はこういったものもきちんと認めなければなりません。それであれば、法律で謳うということではなく、基本的なものとして憲法の中で謳うべきなんです。新しい権利・人権が、時代の変遷と共に出てきているのが事実です。
さらには、昨年起こった3.11の東日本大震災などの大自然災害や、もう11年経ちますが9.11アメリカの同時多発テロ事件に代表されるような国際テロなど、国全体に関わる緊急事態の際に、内閣総理大臣はどういう権限を持って、そういう時に国民の人権はどこまで守られるのか、逆にいえばどこまで制約を受けるのか、ということについて今の憲法には記述がありません。
原田:去年の菅さんの対応も、色々問題になりましたね。
磯崎:けれど、世界を見れば、緊急事態条項など、緊急事態にどういう対応を取るか、国家の枠組みとして憲法の中にしっかり組み込まれています。緊急事態のあり方については、もっともっと議論して憲法の中に組み込む必要がある。そういう声が上がって来たことも、戦後と変わってきている点だと思います。
原田:確かに緊急事態の際には、一個人のプライバシー重視ではなく、国家に権力を委ねるというようなことも必要かもしれない。
磯崎:そうですね。国家無くして国民はあり得ないし、逆もしかりなんですが、国家が脅かされるような時に、国民の権利は最大限認められるのか? それともある程度の制約はやむを得ないのか? そういうことは、大きな問題になってくると思います。
原田:確かにそこは各法律で細かく規定するというよりも、憲法でどこまでどうなのかという線を引いておかないと、一気に越えてしまう可能性もありますよね。
磯崎:憲法13条に「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とあって、今も「公共の福祉」という名の下に、例えば道路を作る時には立ち退き強制収用のように、個人の権利があっても国益が優先されることがあります。でも、国家自体の存亡の危機となれば、それとはちょっと次元の違う話です。
国家を守ることが国民の生命と財産を守ることにも繋がりますので、大きなもののためにある程度、個々人の権利が制約されることはやむを得ないことだと思いますね。



