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農業に還ろう

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こうした状況を予感してだろうか、若い人たちの中には、工業よりもむしろ農業に積極的な興味を持つ人が増えている。それは、たとえば東京農工大の農学部と工学部の偏差値を見るとわかる。その昔は、工学部のほうがずっと難関だった。今は、農学部のほうが偏差値が高い。それだけ、農学を志す人が増えたのだ。

農業に適した国土がある、高度な農業を志す人達もいる。それなら、なぜこの国には耕作放棄地がたくさんあるのか? 日本全国で450万haの農地面積があるが、耕作放棄地はその約1割にも及ぶのだ。そして農業は、なぜ、「過去の産業」として、低く見られてきたのか。

それは大きく3つの要因があるように思われる。

第一に、農業が規制産業であり、参入障壁があることだ。具体的には「農地法」の規制があり、農地を売り買いするには「農業委員会」に届け出と許可が必要なのである。言いかえると、農家の子弟でない限り、簡単には農地を取得しにくいのだ。数年前に多少、規制緩和されて、企業は参入しやすくなった。だが、肝心の個人事業主(いいかえると自作農)を、増やす方向には進んでいない。

むしろ、日本の農業の生産性が低く農家が貧しいのは、各戸が所有する農地が狭く、機械化に向かないからだという、「農地のスケールメリット論」がずっと根強くあり、国や財界は大企業の参入と所有農地の拡大を歓迎する方向にある。でも、これでは、農業に興味のある人に、「だったら雇われて小作農になれ」と言っているようなものではないか? また、JAの新規就農者への「農業融資」にもいろいろと制限がついている。

第二に、農業政策自体が歪んでいて、ビジネスとして育ちにくいことが挙げられよう。周知の通り、長らくこの国では、コメの買取制度を中心とした農政だった。それは、農村が長らく保守政党の「票田」だったことの結果でもある。さらに、農水省が奇妙な「カロリーベースの食料自給率」を目標とした政策を、取り続けていることもある(この問題は上述の本がかなり詳しく批判をくわえている)。さらに言えば、農産物のサプライチェーン自体に問題があることも加えていい。

そして第三に、世の中の人の持つマインドセットの問題があろう。農家は、「カッコいい」職業ではないと思われてきた。「田舎」「百姓」という言葉に象徴されるイメージが、長らく広まっていたのだ。実際、昭和時代(とくに戦後の昭和20-30年台)は、現金収入を得られる「サラリーマン」こそが、近代的でカッコいい職業だった。だが、令和の今、サラリーマンがカッコいいと思っている人は、どれだけいるだろうか?

いや、そもそも「サラリーマン」対「専業農家」、という問いかけ自体、おかしいのだ。現代では、兼業農家という生き方こそ、主流なのである。地方の兼業農家には、豊かな生き方をしている人が、じつは少なくない。

ウィークデイは地元の工場なり役所なりでサラリーマンをして給料をもらい、週末だけ自分の田畑を手入れする。当然、収入も比例して大きくなる。安定性と職人性を両立できる生き方である。そして、それで農業ができるくらい、今の農業技術も進歩している。小さい農地だって、ちゃんと機械化できるよう、それこそ日本の技術は進歩したのだ。

実際それは数字を見れば分かる。年間の農業GDPは約8兆円だ。そして農業従事者は日本に160万人いる。ということは、一人年間500万円という計算になる。え、500万円じゃ一家4人は養えない? いや、これは収入ではなく付加価値額で、収入から外部経費を差し引いて手元に残る額を示している。ちなみに日本の全産業の平均の一人あたり付加価値額は、約800万円だ。つまり、これは兼業が多いことを示している。事実、全国平均で農家の81%が、兼業農家である。

もちろん、わたしは何も、日本の国全体が農業で食っていけるとか、製造業や流通業を全部やめて農業にもどれ、といった極端な提案をしているわけではない。また、農業が誰でもできる簡単な仕事だ、などと主張するつもりもない。ただ、新たに農業を志す人達が今や一定数いて、その人達のニーズを今の仕組みが救いきれない点を改善すべきだ、そうすれば数十万人単位の雇用が創出できよう、と言っているのである。

兼業という生き方が広がれば、むしろ地方の工場や流通での人手不足だって、少しは緩和されるはずである。家族を含め数十万人が農業に関わるようになれば、農政その他のおかしな点も、必然的に議論の的となるし、それだけの人数がいたら、政治家たちだって無視できないはずだ。

***

COVID-19のパンデミック禍が地球を覆うまで、グローバリズムの思想が、世の主流だった。その世界観の下では、人は巨大なグローバル企業の経営者になるか、あるいは社員として働かされるか、2つに1つを迫られる。そこには、自分自身の生産手段を持つ、自立した自営業者の姿がない。

実際、地方の個人商店は淘汰されて、ロードサイドのチェーン店ばかりになった。町工場も淘汰されて、廃業するか大企業の傘下に入るか、いずれかを選択するケースが多かった。職人もまた「一人親方」という名前の、契約労働者に過ぎなくなってきている。本当にこれが、わたし達の気質にあった、働く幸せの姿だろうか?

わたし個人は技術者で、プロジェクトが好きだから、企業の組織人でいる。だが、これは自分の選択の結果である。誰もが同じ選択肢をとるべきとは、わたし自身、思わない。会社員という生き方以外に、「経済的に自立可能な生産手段を持つ、職人気質の独立自営業者」が社会にたくさんいる姿の方が、ずっと日本らしい、とわたしは信じるのである。

だから今、あえて言おう。「農業に還ろう」と。

<関連エントリ>

 → 「パンデミック後の『ニュー・ノーマル』の姿を考える」 (2020-06-30)

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