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農業に還ろう

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今回のパンデミック禍は、世界中が手こずり、当初皆が想像していたよりも、長引いている。そして、パンデミック後の「ニュー・ノーマル」どころか、5年後、10年後の社会のあり方について、あまり前向きで積極的なビジョンが語られないところに、今の世の心理的な病の深さを感じる。

今回の事象は、現代の三つの側面を、大きく痛打した。まず、世界規模にストレッチしたサプライチェーンである。それから、都市への人口集中と濃厚接触型に依存した業務・サービスであり、さらに、レジリエンスのための仕組み(とくに医療資源)を削減してしまった社会であった。この三種類に近い領域ではたらく人ほど、影響を受けた。

そして、影響を受けた職種といえば、独立自営業者と、非正規雇用の労働者である。わたしの身の回りで見ても、一番苦労しているのはこの層だ。他方、若干不思議ではあるが、大企業はそれなりに忙しいように見える。コンサルティング業界などに聞いても、そういう返事だ。景気は悪いが、忙しい。

結果として、社会の格差は確実に広がった。

ただし、グローバリズム的な思想は、影響力を少し弱めたとも思う。グローバリズムとは、「ビジネスは国や場所に関わりなく移転可能であり、だから、もっとも経済効率の高い国際水平分業が望ましい」、という考え方だ。そして、ビジネスにおいては、働く人間の国籍も文化も問わない、とする(ただし、英語ができることは必須の条件らしい)。こうした姿がカッコいい、というトレンドは、各国が国境を分断している今、たしかに魅力度を下げている。

とはいえ、わたし達の社会はあらためて、望ましいビジョンを必要としている。それは、日本人に向いている職種、産業はなにか、という問いだ。日本はこの先、何で食べていくのか。そして、わたし達が働いていて、本当に楽しいと感じられるのは、どんな業種の、どんな仕事なのか? 

それは、「職人的な仕事」であろう。これが、最近のわたしの考えだ。職人的な仕事、すなわち自分の目と手を使い、自分の五感を駆使して、具体的な対象を最新に作り上げていくような働き方。これが、日本人にはとても向いているのではないか。

そのことを、3年前の新潟で、なぜかわたしは急に悟ったのだ。「新潟・酒の陣」というフェアで活躍する、造り酒屋の人たちを見ていたときのことだった。それまで漠然と感じていたことが、自分の中で言葉になった。「職人の国の生産性を上げる、最良の方法」 (2017-07-23)という記事にも書いたから、ここでは繰り返さない。

職人的な仕事に長けている、とは、その逆のタイプの仕事は苦手ということだ。それは、たとえば目に見えない「コト」や仕組みを作り、回していく仕事である。あるいは、抽象的な概念や論理を展開していく仕事だ。こういう事ができる人たちも、もちろん一定数はいる。だが、多数派ではない。

日本の高度成長は、じつは職人的な仕事が支えていた。高度成長を支えたのは日本の技術だと、わたしより上の世代は信じている。だが、多くの製造業を訪れ、その仕事ぶりを見るにつけ、次第に疑問を感じるようになってきた。技術者がラフな図面や仕様を与えても、製造現場がキチンと仕上げてきたというのが現実ではないだろうか? そうでなければ、なぜ今になって、現場の熟練工が引退していなくなる前に、「AIで匠の技をデジタル化すべし」などという議論を、慌ててしているのか。

農業に還ろう。

それがわたしの、提案である。自然の中で植物を育て、眼と手と五感を使って作物と対話する、そういう農芸職人的な生き方のほうが、ずっと日本人には向いている。自分たちが大して好きでも得意でもない、『技術イノベーションだ』の『デザイン思考』だの『データ・ドリブンな経営』だのに、無理して取り組むふりをして経済成長を志向するのは、もう、やめにしよう。

日本は世界第5位の農業大国である。わたしはこのことを、浅川芳裕著「日本は世界5位の農業大国、大嘘だらけの食糧自給率」という本で知った。これによると、2011年FAO数値による世界の農産物生産額ランキングでは、1位・中国、2位・アメリカ、3位・インド、4位・ブラジル、と広大な大陸を占める国が並んでいる。だが、5位はなんと、国土の狭い我が日本だ。ブラジルとの差は、2割以下しかない。ちなみに6位はフランス、7位がドイツである(なお、数値のとり方の差によるのか、7位ないし8位という統計もあるが、農業において有力な国であることは変わらない)。

たしかに国土は狭い。でも、日本は温暖湿潤な気候と、肥沃な山野に恵まれている。世界でも稀に見る、農業の適地と言うべきではないか。大げさに聞こえるかもしれないが、実際に砂漠やツンドラ、乾燥した大地の国々を巡ると、その違いが分かる。

(小豆島の千枚田)

日本人の職人芸的な仕事ぶりは、農産物の品質に、すでに結実している。日本の農産物は、そのクオリティ(味)の良さと安全性により、すでに中国を始め、アジア各国で定評を得つつある。忍耐強い丁寧な仕事ぶり、出来栄えへのこだわり、いずれも日本人の性格的特徴が生きる部分ではないか。

そして、農業は成長産業である。これも同書で知ったのだが、世界の農産物貿易額は、過去半世紀の間に約30倍に膨れ上がっており、とくに21世紀に入ってからは、年平均10兆円の勢いで伸びている。だからこそ、米国を始めとして各国が農業貿易を重視するのだ。

だとしたら、都会での勤め人の仕事に倦み疲れた人々は、サラリーマン稼業など見切りをつけ、農業に転身したほうが向いているのではないか。満員電車に長時間揺られて、都会に通うオフィス仕事のストレスよりは、自然と生き物を相手にした仕事のほうが、多少きつくても心理的には健康だろう。

外気の下で働く農作業は、「コロナ」や「三密」とも、ほぼ無縁である。

ちなみに、農業は工業や商業よりも、広い土地を必要とする。だから農業にシフトすれば、都市の人口集中問題は、そして地方の過疎問題も、自然に解決する。

農業は、工業や金融業よりも、参入に必要とする資本も小さくてすむ。これも利点の一つだ。製造業を始めようとすると、工場建屋と機械を買い揃えたら、たとえ町工場の規模だって、下手をすれば億の金がかかるのだ。

(もちろん世の中には、ノートPC1台、いやスケッチブック1冊抱えて商売できる、インテリジェントでノマドな職種だってある、との意見もあろう。ごもっとも。ただし、PCやノートが、直接、お金を生み出してくれる訳ではない。そうした仕事は、たいてい、成果物や仕事にかけた工数の対価を、顧客企業が支払ってくれるだけだ。つまりPCやノートは間接的な道具であって、それさえあれば経済的に自立できる生産手段、とは言えないのである)

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