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議会民主主義の制度は、「人民の考えはけっこう間違う」という前提で設計されている―法哲学者・大屋雄裕インタビュー

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名古屋大学大学院法学研究科准教授の大屋雄裕氏(撮影:大沼洋平)
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BLOGOSが「知」のプラットフォームSYNODOSとタッグを組んでお送りするインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。

今回のテーマは、「政策はどのように作られているのか。そして、人民は政策形成にどのようにコミットできるのか」。現存の制度において、正しく自分の意見を政策につなげていくには、投票以外にどのような方法があるのでしょうか。名古屋大学大学院法学研究科准教授で法哲学の専門家である大屋雄裕氏に聞きました。(取材・執筆:永田 正行【BLOGOS編集部】)

日本の法律の8割以上は、官僚の手で作られている


―そもそも新たな政策やそれに伴う法案というのは、どのような流れで決定されているのでしょうか。一つの政策、法律が決まるまでの基本的な流れを教えてください。

大屋雄裕氏(以下、大屋):日本におけるもっとも中心的なルートは、官僚による政策立案から始まるものです。基本的に政策の原案を作るのは各省庁の官僚です。各省庁のどこかの課にいる官僚が、「こういう政策をやりたい」と考える。そして、所属する省庁内での議論を経て「実行しよう」ということになれば、そのための法律の原案が作られる。こうしてできた法案は、霞ヶ関の全省庁との間で調整がなされた後に、内閣に提出されます。

内閣には内閣法制局という部署があり、そこで法律の形式的なチェックが厳格に行われます。新たな法律の場合、憲法や既存の法律との整合性がここでチェックされます。そして、「これは大丈夫であろう」ということになれば、閣議決定を経て内閣提出法案となり、衆議院あるいは参議院に送られる。そして、両院で可決されれば法律として無事に制定される。これが基本的な流れです。

―政策実現のための手段というのは、法律を作ること以外にもあるのでしょうか?

大屋:予算という手段もあります。一番典型的なのは、補助金を出すというケースです。この場合、法律の裏づけは必ずしも必要ではなく、お金があればいい。国会が承認した予算の範囲内であれば、国民にプラスとして出すという手段は、比較的自由に使えます。

もちろん根拠となる予算は必要ですが、それについても話は似ていて、各省庁から内閣に提出され、調整された後に議会で承認される。通常は、こういうルートをたどります。

―官僚→省庁→内閣→議会というルートが一般的ということですね。最初に「中心的なルート」というお話がありましたが、別のルートもあるのですか?

大屋:もう一つのルートは議員提出法案、いわゆる「議員立法」といわれるものです。衆議院・参議院の議員は、自分が所属する議院に法案を提出することができる。ただ、これは非常にハードルが高い。その理由は2つあります。

一つは「実現したい政策」があったとして、それを現実に法律の文書に変えることができるかどうかという問題です。これは衆議院・参議院にそれぞれ法制局があって、そこのメンバーが手伝ってくれるのですが、議員自身に法律の知識がないことも多いですし、実際に法案を書く訓練を受けているわけでもありません。だから一定の限界がある。

もう一つは制度的な制約です。予算措置が必要な法律の場合は、衆議院で50人、不要なものでも20人の賛同者がいなければ法案自体が提出できないことになっています(国会法、参議院の場合はそれぞれ20人・10人)。さらに現実的には、所属する会派(政党とほぼ同じと考えてよい)の承認がないと、法案は受け付けられない慣習になっている。ですので、何段階にも制度的なハードルが設けられている。

さらに言えば、予算案を作り、それを活用できるのは内閣以下の行政府だけです。予算措置が必要な政策の場合、議会側が勝手に「こういう政策をやりたい」といって法律だけを作っても、裏づけとなる予算を内閣が付けない可能性もある。つまり、議員立法は制度的なハードルが高い上に、法律ができても機能するとは保証されていないということになります。

―予算がつかないと、成立してもその法律は死文化してしまうのですか?

大屋:とりあえず、「宣言だけすればいいや」という法律なのであれば、問題ないでしょう。例えば、「新たに記念日として『古典の日』を作ります」というだけの話であれば、国会で法案を通してしまえばいいわけです(「古典の日に関する法律」)。

しかし普通の政策はそうではない。例えば最近、録音・録画の違法ダウンロードを犯罪化する著作権法改正が議員提出の修正案により成立しましたが、警察の側でそれを捜査に活用する気にならなければ実効性は生じないでしょう。活用する体制を築くためには、捜査に必要な人員を整えたり、その活動を支えるための予算を請求しなければなりません。十分な予算がなければ、たとえ法律的に犯罪にしたとしても実際には捜査されずに放置されて終わるでしょう。他人の進路に立ちふさがってつきまとうことは形式的には犯罪ですが(軽犯罪法1条28号)、センター街の客引きが捕まることは滅多にありません。そういうことです。

―法律には、官僚が作成したものと議員主導で作られたものがあるわけですね。それぞれの割合はどれぐらいなのですか?

大屋:これは戦後だいたい一貫した数字なのですが、日本では提出される法案の約80%が内閣提出によるものです。また、議員提出法案の成立率は圧倒的に低いので、現実に成立するもので見ると90%以上が内閣提出法案になります。

―議員立法は10%以下のインパクトしか持っていないということですか?

大屋:さらに言えば、形式的に議員提出法案であっても「政治主導」によるものかはわかりません。「偽装議員提出法案」とでも呼ぶべき場合、つまり実質的には各省庁が作成したものを何らかの政治的な理由で内閣提出法案にはしなかったというケースもあります。

具体例としては、薬害救済のための法案などが挙げられます。実際には厚生労働省が原案を作ったのですが、◯◯党政府の施策としてではなく「広くこの政策に賛同する議員のイニシアティブで実現した」「与野党の合意で実行した」という形式にするために、あえて議員提出の形式をとることがあります。

また、先程お話したとおり、内閣提出法案を提出するまでには政府内部で綿密なプロセスを経なくてはなりません。なので、こうしたプロセスを回避・迂回するために議員提出法案にしてしまうというケースもあります。憲法や他の法律、これまでの政策との整合性をチェックされると危ないという場合ですね。

例えば薬害肝炎訴訟を受けた救済法案については、従来の薬害に対する救済措置や政策の整合性について省庁サイドからは相当の批判があったといいます。あるいは、憲法改正に関する国民投票手続法案のように、合憲性の問題が相当に議論になることが予測される。これらはいずれも議員立法によって成立しているのですが、政府内部の審査を迂回路によって回避したとも言えるでしょう。このような仕掛けを官僚自身が使うような場合には、形式的に議員立法であっても中身は政治主導ではないことになります。

また、先程挙げた違法ダウンロードの犯罪化も、文化庁の審議会ではなお検討する必要があるという方向になっていたものを、権利者団体が政治家に対するロビーイングを積極的に行ない、議会での法案修正で実現したものです。これも政治家のイニシアティブとは言えないかもしれません。

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