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エッセンシャルワーカーに払うべきは「敬意」ではなく「見合った対価」-「賢人論。」121回(前編)近内悠太氏

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いっさいの見返りを期待することなくものが移動する。文化人類学や哲学の世界ではこれを「純粋贈与」といいます。

みんなの介護 徐々に「贈与」のイメージが形になってきました。では、互いに助けあう「ギブ&テイク」のような関係はどう捉えればいいのでしょう。これは「贈与」とは違うのでしょうか。

近内 「ギブ&テイク」というのは、この人によくしておけばいつかお返しがあるだろうと見返りを期待して何かを行うこと。これは相手を道具として利用する行為ですので「贈与」とは呼べません。

「互助」とも「贈与」は違います。「互助」というのは対等の関係で行われる。「贈与」が行われるのは、先ほども言ったようにあくまで縦の関係においてです。だからこそ、自分がお礼をしていないことが「負い目」になってしまう。

親から子への無償の愛は次の連鎖を生み出す

みんなの介護 先ほどから「負い目」という言葉を繰りかえし使われていますが、もう少し具体的に説明してもらえますか。

近内 誰もが最初に抱く「負い目」は子どもが親から受けた無償の愛に対する思い、すなわち「被贈与感」です。親は見返りを求めて子どもを育てるわけではありません。しかし、親の庇護の下でなければ生きていけない無力な子どもは「自分には育ててもらえるだけの根拠も理由もない。にもかかわらず不当に愛されてしまった」と、宿命的に「負い目」を感じてしまう。

そしてこの「負い目」は、いわゆる親への恩返しという直接的な形ではなく、自分の子ども、あるいは他者を愛することによってようやく「相殺」されるんです。

みんなの介護 なるほど。「負い目」は「贈与」のシステムを動かす原動力になっているのですね。

「わたしはヒーローなんかじゃない」看護師の悲痛な叫び

近内 よく「人のために役立ちたい」と口にする人がいますが、「役立ち“たい”」は自分の欲求で、本当の目的は他者に「ありがとう」と言われたい、感謝されたい、あるいは自己肯定感を高めたいという願望で、つまり自分の利益のためです。それは「交換」であって「贈与」ではありません。こう説明するとけっこうハッとされるのですが、案外、この違いに気づいていない方が多いです。

コロナ禍のさなか、SNSで看護師の方が「わたしはヒーローなんかじゃない。拍手なんか要らない。お金のために、生活のために仕事をしているだけなんだからヒーロー扱いしないで」といった悲痛な叫びを綴った投稿を見かけました。

過酷な状況の中で働く医療従事者への「ありがとう」は、裏返せば「これからも社会のシステムを守るために犠牲になってください」というプレッシャー、あるいは「呪い」にしかならない。本当に必要なのは彼らの頑張りに見合う「対価」であって、感謝の言葉なんかじゃないのだという切実な訴えでした。

みんなの介護 「拍手を送ればそれでよい」という考えが少なからずあるのかもしれませんね。

近内 何が言いたいのかというと、ふだんから社会機能の維持のために身を投げ打って働いているエッセンシャルワーカーでも、ある一線を越えてしまうと、世のため人のためと自らを律するより、「これが自分の仕事」「ギブ&テイク」だと考えることで気持ちを落ち着かせ、正しく振る舞おうとする場合もあるということ。とはいえ、彼らの大半は「自分は対価をもらうための仕事をしている」と割りきれるだけの待遇も保障されていない。だからなおさら「わたしはヒーローなんかじゃない」という看護師のSNSでの投稿に僕は胸を打たれたんです。

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