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「事典としてGoogleやWikipediaを信用してはいけない」と教える教員を信用してはいけない!(1)

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大学教員の定型文句「GoogleやWikipediaは×、辞書や辞典(事典)を引きなさい!」 最近では大学に入ると新入生は導入教育(多くは基礎ゼミの形式をとる)を施されるのが最近の一般的傾向(かつての大学は、こんなことはしなかった)。ここでは“図書館の使い方””論文の書き方“”初歩の討論の仕方“”レジュメの切り方”“プレゼンの仕方”といった「アカデミズムの初歩の初歩」、つまり学問のしきたり的な項目が指導される。

その際、教員たちの多くが「辞書の引き方」を指導する際には、次のような常套句を吐く。

「ちゃんと辞書や辞典(事典)を引きなさい。ネットのGoogleやWikipediaなんかはウソばっかりで全然、信用ができないから、参考にしてはいけない」

でも、僕はこれにちょっと、ツッコミをいれたい。

「こんなことを言う教員が、実はいちばん信用できない!」と

彼らの言い分は、Googleはただ単にネット上の情報をリンク頻度に従って羅列しているだけ、Wikiには事項についての詳しい内容が掲載されているが、一般の人間、つまり素人によって書き込みされているので誤りが多い、というもの。

確かにそうだ。僕もこれらで検索したときには、しばしばその誤りを見つけることがある。指摘されるように信用がおけるものではなかなかない。ただし、その信用度の低さは「一般の辞書と同程度に信用できないレベル」と、僕は考えている。

一般辞書(とりわけ事典)のいい加減さ

だいたい、一般の辞書がそんなに信用できるものだろうか?辞典はともかく、事典と呼ばれる辞書なんか全然信用できないんじゃないだろうか?僕は社会学という分野の研究者なので社会学事典なんてのを学生に引かせるのだけれど、ほとんど役に立たない。これって、社会学者が書いているから正確と思うかもしれないが、実はそうじゃあない。辞書の編纂については監修者が辞書項目についてその専門分野の研究者に執筆を依頼するのだけれど、よっぽどのことがないい限りケチを付けられないという状況に置かれている。というのも、書くのをお願いしたのに、それに文句を付けるなんて恐れ多くてできないからだ。だから、その内容についてのチェックは、ほとんどナシ。

仮にその内容が正確であったとしても、そのあとには大問題が残っている。項目担当者は社会学者、つまり「社会学オタク」だ。で、オタクだから、オタクはオタクにしか通用しないジャゴン=専門用語を使う。だから、項目の説明をするにあたっては、その説明内容に社会学の専門用語が含まれていることが多い。当然、シロウトはこの専門用語がわからない。だから同じ事典で、こんどはその説明に出てきた専門用語を調べる。……すると、そこに書かれている説明にもやはり専門用語が。で、仕方がないのでこれもまた調べる。するとまた……。で、気がついたら説明の説明の説明の中に元の調べようとしていた専門用語が含まれていたりもするわけで、ほとんどお役所のたらい回しみたいなことになってしまうのだ(要するに客のことなど考えていない)。だから、調べる側としてはものすごく生産性が低くなってしまう。

というわけで、辞書の正確性ははっきり言って絶対的なものではない(因みに、辞書は情報内容が古くさくなっていると言うことも,間々ある。たとえば国語辞典には「やさしい」はあっても「やさしさ」という項目がないのをご存知だろうか?「まったり」も「ゆったりとしておもはゆいさま」という味覚についての意味しかないので「きょうは、まったりしてました」の意味を調べてもわからない)。鮮度はやはり頻繁に更新されるウェブの情報の方に分がある。

ただし、GoogleやWikiもかなりイイカゲンというか、いい加減さに満ちている。それじゃあ、僕らは知りたい情報をどうやったら正しい情報を入手できるんだろうか?

「正しい情報」なんて、どこにもない!

最初にこれに関してバッサリと答えを言ってしまえば「正しい情報を入手することは不可能」ということになる。情報は生もの、そして時代や社会・文化によって正しいか否かが決まるもの。つまり、情報は真実としての正しさを所有していない。しかし、当該社会・文化圏において「正しい」とされる情報は存在する。たとえばイタリアで、ラーメンを食べる勢いでパスタをすすったらどうなるだろう。当然「ズズーッ」と音を立てることになるわけで、これはイタリアでは失礼な行為だ。でも、日本で音も立てずにムニュムニュとラーメンを食べているヤツがいたら、僕らにとってはどう見てもまずそうなものに思える。これはイタリア文化圏では「音を立てずに麺を食べること」が「正しい情報」で、日本では「音を立てて食べること」が「正しい情報」だからだ。

「適切な情報」のみが、存在する

つまり「正しい情報」「真実の情報」というのは存在しない。「その文化圏に妥当な情報」か「自分にとって有用な情報」があるだけだ。前者は自分が暮らす文化圏を適切に動き回るためには不可欠な「正しい情報」だし、後者は自分の欲望を満たすための「正しい情報」というわけだ。だから、僕は語弊がないように、これらをまとめて「適切な情報」と表現することにしたい。で、この「適切な情報」こそが僕らが求めているものに他ならない。そして、さらに、こういった「適切な情報」は,最終的には一般の辞書や事典でもGoogleやWikiでも見つけることのできないものだ(蓋然性として一般辞書・事典に若干の妥当性があるだけだ)。ということは、こういった「適切な情報」のつかみ方を教えることこそが,実は大学(いや、全ての教育機関)に課された使命=情報リテラシー教育ということになる。だからこそ「ウィキやGoogleは信用出来ない」なんて脳天気でガラパゴス的なことを学生にのたまっている教員は信用してはいけないのである。

情報を編集するという技術(※ここからはオマケ)

たしかに辞書やWiki、Googleは信用できないが、とはいっても活用しなければならないものであることは言うまでもない。だからこれらを(もちろんそれ以外の情報源も含めて)どう扱うかが問題になってくる。その扱い方は、要するに「情報をどう編集するか」に関わってくるのだけれど。

じゃあ具体的にどうするか。ここでそのもっとも大衆的かつ一般的なやり方の一つとして,私案を提示してみよう(ちなみに、専門性が高くなるにつれ、このやり方は限りなく難しくなっていくことをお断りしておく。超専門的な情報をネットから引っ張り出してくるのは、やっぱり難しい)。

1.Wiki、Googleから入る

先ず、知りたいことがあったら、真っ先にアクセスべきはGoogleとWikiでよいだろう。とりわけWikiは匿名の人間が執筆し、それに改訂が加えられ続けているものなので、書き方が平易でわかりやすい(つまり、玄人独特の難解さがない。ただし、その項目に執筆者が入れ込んでいて、どうでもいいことまで、事細かに書き込まれていることも多いのだけれど)。ある程度のことはこれでわかる。

で、次にGoogleでその項目についてチェックしてみよう。そして、まあ最初の1~2ページくらいまではリンク先をチェックしてみよう。Googleの場合は、知りたい項目についてはしょり書き程度に書かれているものが多い(論文が出てくることもあるけれど、むしろこれは取っつきにくい)ので、いきなり見てもあんまりわからないことも多いのだけれど、Wikiであらかじめチェックしておくと、その短いはしょり書きの文脈が見えてくるので「ああ、こういう意図でこの文は書かれているんだな」という感じになるわけだ。もちろんWikiとGoogleを逆にやってもいいんだけれど。

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