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全米V2・大坂なおみの「BLM」は〝政治利用〟なのか - 新田日明 (スポーツライター)

偉業を成し遂げた。テニスの4大大会・全米オープン女子シングル決勝は12日、米ニューヨークのハードコートで行われ、第4シードの大坂なおみが元世界女王で同27位のビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)を下し、1-6、6-3、6-3で逆手勝利し、2年ぶりの同大会制覇を果たした。

通算3度目のグランドスラム(4大大会)優勝を達成した後、大坂はコート上で静かに寝転び、文字通りに「完全燃焼」。優勝インタビューでは冒頭で自らのVについては差し置き、次のように相手と周囲への謝意を述べた。

「まずビクトリア、(あなたのここまでの成功に対して)祝意を申し上げたいと思います。私はあなたと決勝で対戦することが楽しみというより、怖さを覚えていました。本当に強い相手でした。私が若い頃、あなたがプレーする姿を日々見ていたことを思い出しました。今日は本当にありがとうございました。私のチームに感謝します。みんな一緒に頑張ってくれた仲間です。今年の出だしはそんなに調子が良くなかったのに、私の力を信じ続けてくれました。そして母国で見てくれている皆さん、本当にありがとう。家族にも感謝します」。

その後は「試合が終わると思わず崩れ落ちることがありますが、私はケガをしたくないので安全な体勢を取りながら(コート上に)寝転がりました」とどことなく茶目っ気を漂わせながら述べ、今大会でさまざまな意味で注目を集めた〝あの一件〟についても「私のマスクを見て話し合いが起きればいいです。私はテニス界のことをそれほど詳しいと自負しているわけではありませんが、さまざまな人がこのことを話題にしてくれると嬉しいです」とコメント。言葉の節々には重圧から解放された安堵感もにじませていた。

今大会で物議を醸した〝あの一件〟。大坂は黒人抗議運動の象徴的言葉「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)」もとい「BLM」の強い姿勢を打ち出すため、世界に向けて発信し続けていた。

その信念のもと、今大会は1回戦から黒人差別による被害者たちの名前が入った特製マスクをつけてコートに入り、不当な差別が行われている現況を訴え続けた。試合ごとに7種類のマスクをつけ替え、この日の大会最後に着用した7枚目に記されていたのは「TAMIR RICE(タミル・ライス)」さんの名前。2014年11月、米オハイオ州でおもちゃの銃で遊んでいたところ、警官に射殺されてしまった当時12歳の黒人少年だ。

だが、こうした大坂のマスク抗議に対して特に過敏な反応が米国以上に露骨な形で多く散見されたのは、ナゼかここ日本国内からの声だった。大坂の行動に懐疑的な目を向けている有識者の中には「人種差別の撤廃を訴える行為は、スポーツの政治利用につながる」「純粋なスポーツの試合で政治的なパフォーマンスは控えるべきだ」などと指摘し、批判する意見も少なくなかった。実際、ネット上でも、いくつかそのような内容のコメントや主張も目にした。

しかし、黒人差別の撤廃を訴える大坂のマスク抗議が本当に「政治利用」につながりNGと糾弾されるべきことなのだろうか。確かに、米国公民権運動で黒人たちが拳を高く突き上げる示威的な抗議行動「ブラックパワー・サリュート」をかつてメキシコ五輪の表彰式の場において黒人選手メダリスト2人が行い、これを「政治利用」と判断したIOC(国際オリンピック委員会)から事実上の追放処分を受け、長きに渡って過剰なバッシングにさらされ続けた悲しき出来事は歴史上に刻まれている。そして当のIOCは五輪の舞台で参加選手たちに対し、今も「政治利用」のパフォーマンスや言動を断固認めないとしている。

まず、ここで強調しておきたいのは今大会と、そのIOCは無関係であるということだ。大坂批判派の人たちは何が何でもIOCの絶対主義に則りたいらしく、それを都合よく自らの主張に結びつけ「BLM」の示威行為こそ「スポーツ」と「政治」の分離に反するなどとシュプレヒコールをあげている。しかしながらそもそもの話で言わせてもらえば、今大会は五輪の舞台ではない。

今大会を公認するITF(国際テニス連盟)、女子プロテニスを統括するWTA(女子テニス協会)、そして今大会主催者のUSTA(全米テニス協会)のいずれも大坂の行動を事実上容認している。そして何よりもWTAは大坂の「BLM」に賛同していることも忘れてはいけない。大坂は先月23日に米ウィスコンシン州で起きた警官による黒人男性銃撃事件に抗議するため、自身も出場することになっていた「ウエスタン・アンド・サザンオープン」の準決勝(当初は8月27日開催予定)に大会主催者側のWTA(女子テニス協会)へ筋を通して事前連絡を入れた上で一度は棄権する意思を表明。その抗議行動にWTAが「賛同」の意思を表明し、同27日の試合開催をすべて1日延期することを決めたことで大坂も棄権を撤回して準決勝に臨んでいる。

ところが、この一連の流れに関しても日本では詳細を把握できていないまま簡略化して報じたメディアが少なからずあったことなどもあり、一部の人たちから「大坂が事前通達なしに棄権を表明し、それに慌てたWTAはやむなく27日の試合を延期。つまり大坂の身勝手なワガママが大会の秩序を乱したのだ」と決めつけられてしまっていた。つまり残念なことに大坂には「何だか面倒くさいプレーヤー」という間違ったイメージが日本国内の一部では植え付けられてしまった側面も実はあったのである。

「あってはならないこと」ととらえられているのが世界の共通認識

第一に今大会が行われている開催地の米国は「BLM」の〝本場〟だ。そういう観点から考えると大坂の抗議行動は日本以上に波紋を呼び起こしそうなものだが、米国内における現状を鑑みれば時代錯誤の超少数極右勢力は論外として、まともな考えを持つ人たちからの批判は皆無に等しく、むしろ称賛の嵐が沸き起こっている。

ちなみにNBAのロサンゼルス・レイカーズでプレーするスーパースターのレブロン・ジェイムズは「BLM」の賛同者であり、その啓蒙活動も〝堂々〟と行っている。NBA、MLB、NFL、MLSなどの米プロスポーツリーグに所属する選手たちも前記したウィスコンシン州の事件に抗議する意思を示し、先月26日に行われる予定だった各リーグの数試合が開催中止となった。大坂だけが母国の日本で議論の的になり、一部から集中砲火を浴びるのはナンセンス極まりない。

これだけ「BLM」が一大ムーブメントとなっているのは、黒人の人たちが昨今の米国内において再び台頭しつつあるマイノリティ排斥に危機感を強めていることの表れと評していいだろう。そして白人を含めた米国民の多くは多少の差異はあるにしても「BLM」に全員同調とまではいかないにせよ、少なくとも問題意識としての共有はできている。

日本から「政治とスポーツが云々」と大坂の抗議行動に対して疑問を投げかけたり、イチャモンをつけたりしている人は、米国内で大きな社会問題として再び持ち上がっている黒人の人種差別問題をどれほど把握できているのだろうか。もちろん、筆者も分かってはいないし、この場で「BLM」に関する是非についての言及は避けたい。しかしながら、ハイチ系米国人の父親と日本人の母親の間に生まれた大坂が自らの置かれた境遇にも共通するマイノリティの黒人への不当な扱いが再燃しつつある米国内の現状を危惧し、世界に訴え続けている行動は個人的に何ら批判されるべきことではないと考える。

こう主張すると「じゃあ、プロスポーツの試合の場で『戦争反対』という示威行為をしても言いのか」「国際試合に参加した選手が自分の国内で起こっている問題を好きなように訴えてもいいということなのか」などと次々に異論が起こりそうな気もする。このように見境がつかなくなってカオス化することを懸念し、IOCは一色淡に個人的な主義主張は「政治的パフォーマンス」としてスポーツマンシップに反する行為として禁ずる措置をとっているのだろう。

とはいえ、この「BLM」が「政治的パフォーマンス」という指摘は大きく論点がズレている気がしてならない。かつて南アフリカなどで取り入れられていたアパルトヘイト政策が淘汰され、今や歴史の汚点として語り継がれるように「あってはならないこと」ととらえられているのが世界の共通認識だ。当たり前のことが、当たり前のように受け入れられにくくなっている世の中は何だかおかしいと感じる。それが大坂の母国であり、私たちが日々生活している日本で一部ながらも顕著に沸き起こった現状を見聞きしていると随分と排他的なところが露にされ、切なさと物悲しさを覚える。

そういう意味においても今大会で大坂が見せ続けた「BLM」の行動によって、あらためてアイデンティティーの大切さを再認識させられた。今大会を戦い抜いて見事2度目の頂点に上り詰めた大坂には心の底からお祝いの言葉と感謝の念を捧げたい。

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