記事

軽視され続ける問題の根源としての「経済的条件」

 最高裁判事も務め、法曹界の論客としても知られた、故・大野正男弁護士は、かつてその著書の中で、「弁護士の本質的特質」として、次の4点を挙げました。①職業としての独立性②専門的知識による社会的有用性の保持③自治能力との密接な関係性④一定の経済的条件によって支えられること――(「職業史としての弁護士および弁護士団体の歴史」)。

 今から6年前、この大野弁護士の分析を紹介した当欄の一文の中で、司法改革の結果は、この「弁護士の本質的特質」にプラスに作用していないように見えると書きました。とりわけ、④の弁護士のプロフェッション性を支える一定の経済的条件は大きくぐらついたとし、同弁護士が喝破した「職業倫理が経済的利益追求をこえて成立するのは、その職業が一定の経済的条件を満たしている場合に限られる」という現実を、この「改革」が果たしてどこまで踏まえたのか、という疑問を呈しました(「弁護士の『本質的性格』と現実」)。

 今、改めて、前掲書の、この「経済的条件」について触れた部分を読み返すと、そこにはこんな表現もありました。

 「プロフェッションは、理念として、営業ではなく利益追求を目的とするものではないといわれる。確かに、理念として経済的利益を追求を目的としていないということは、常に強調されてきたし、その理念が職業倫理として確立しているか否かは、弁護士が社会的敬意に値するか否かの重要な指標をなすものであろう」
 「しかし、現実には、その職業が社会的に有意義であるか否かは、それによって得られる経済的利益を無視して考えることはできない」
 「弁護士の歴史を個々の英雄的弁護士を通じてのみみるのでないならば――それらの英雄的弁護士が社会的に重要な職業像を形成したことを少しも否定するものではないが――弁護士という職業階層の形成・発展にとって、その経済的条件は不可避の要素となろう」

 弁護士の事業者性自体や、強制加入団体としての弁護士会として、個々の会員のそれを守る業界団体的性格への期待に対する理解度をめぐり、会主導層と会員との溝が深まりつつあるように見える、今の状況を考えるとき、これらの大野弁護士の指摘は、最も基本的かつ重要な意味を持つものに思えます。

 大野弁護士の指摘からみれば、弁護士会が選択して旗を振った「改革」は、弁護士のプロフェッション性を脅かしかねない危険な矛盾を抱えていたようにみえます。この国の国民の中にある法的ニーズにこたえるためには、大量の弁護士が必要という前提を受け容れ、弁護士の事業者性の一定の制約を是認しても、公益性が追求されるべき、という道を選択した弁護士会「改革」主導層。

 しかし、その増員政策そのものは、一方で弁護士に競争・淘汰を意識させ、かつ、否応なく弁護士のサービス業化迫るものであり、個々の弁護士からすれば、その裏返しとして、当然にサービス業として成り立ち得る「条件」をより意識させるものとなりました。

 需要の顕在化を読み違えた増員政策の「誤算」を前提とするのであれば、生存にかかわる、個々の弁護士会員のここまでの意識変化を読み切れなかった、という弁明も、推進派の中にはあり得るのかもしれません。つまりは、基本的にこれまでのように弁護士はやれる、それこそ「心得違い」を改めるようなレベルで事業者性を犠牲にしても、「改革」が描いたような、より「公益性」に傾注できる弁護士は、十分に生存し得る、とみるような楽観(「『改革』運動が描いた弁護士像」 「非現実的だった「改革」の弁護士公益論」 「『事業者性』の犠牲と『公益性』への視線」)。

 なぜ、大野弁護士が「弁護士の本質的性格」とまでいった、「一定の経済的条件」の担保が、この「改革」によって、万に一つも崩れ、弁護士の経済的価値とその存立、いってみれば、これまでのようなプロフェッション性も、強制加入・自治へのコンセンサスまで脅かす事態を想定できなかったのか、という気持ちになります(同弁護士と前記論稿の初出は1970年)。

 しかし、前記した状況につながる最大の「矛盾」は、むしろ「改革」の「誤算」と「失敗」がはっきりした今も、弁護士会主導層は、なぜかこの「改革」を推進した当時と同様の、あたかもそれが通用するかのように、「一定の経済的条件」を不可避の要素と見ず、まるで「英雄的弁護士」像を範とするような姿勢を示していることというべきです。

 そして、なにより深刻なのは、この発想の違い、「矛盾」の妥結点、着地点は、今のところ、およそ分裂・分断の未来以外、全く見通せないということです。

 新型コロナ対策の名のもとに、利用条件が緩和されることにより、利用者が拡大し、ただでも弁護士から低廉過ぎるという不満があった法テラスの報酬基準で、弁護士の通常報酬を得られた部分まで手掛けざるを得なくなる、といった影響が懸念がある、野党提出の「新型コロナ法テラス特措法」に関連し、日弁連関係者が「要望」していたが問題(「弁護士の現実に向き合わない発想と感性」)。それをはらんで、9月4日の日弁連定期総会では、「新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う法的課題や人権問題に積極的に取り組む宣言」(案)=賛成多数で可決=が議論になりました。

 「執行部の回答の根底にあるのは、『新型コロナという未曾有の危機に、弁護士が自主ダンピングするのは正義である』だから、会員は協力するし、議員は法律を作るという驕りである。正義は人の数だけある。正義という言葉で、立場の違う人を説得することはできないのだ」
 「弁護士は個人事業主なのだから、法的サービスを提供する前提として、自分の事務所の経営がある。正義だからやれと言われてもできない。と、大阪の橋本先生が述べた。貸与制世代で消費者金融に借り入れがあるのに、交通費を払って総会に足を運んだ。この言葉に執行部は、誠実に回答すべきだろう」(らめーん「日弁連定期総会2020を終えて」)
 「(宣言案は)当たり障りのない美辞麗句が並んだ毒にも薬にもならないものです。普通なら。ところが手続も弁護士のプロボノ活動の持続可能性も無視した杜撰な政策提言まがいを行った日弁連執行部が『の様々な法的サービスの提供手段を駆使して,これらの法的課題の解決及び人権の擁護に向けて真摯に取り組むとともに,有用な政策提言を積極的に行う。』などと言い出すと、インパール作戦的なプロボノまがい活動に我々が狩り出されると危惧せざるを得ない」(とーしょくぱみゅぱみゅ @to_pamyu )

 既に「改革」後の形しか知らないし、それ以前の形にリアリティも感じない、いわば「改革」後がデフォルトになっている会員が多数を占め出した弁護士会にあって、前記のような「改革の失敗」という切り口もイメージしずらくなってきている現実があります。

 ただ、それでも今、会員の中に広がる、弁護士会主導層への違和感の根源がどこにあるのか、何が軽視されている結果なのかを、大野弁護士の指摘は的確に今日に伝えています。

あわせて読みたい

「司法制度改革」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    GoToで客殺到 高級ホテル避けよ

    内藤忍

  2. 2

    小沢氏の「政権獲得」宣言に呆れ

    早川忠孝

  3. 3

    大量廃棄も…鰻の養殖技術進む

    ABEMA TIMES

  4. 4

    65歳はもはや「高齢者」ではない

    内藤忍

  5. 5

    貧困率15% 新興国水準に近い日本

    六辻彰二/MUTSUJI Shoji

  6. 6

    政権狙う? 連立動かぬ野党に疑問

    紙屋高雪

  7. 7

    植草&錦織が漏らしていた格差

    文春オンライン

  8. 8

    アルコール依存バンドマンの悲哀

    常見陽平

  9. 9

    「時代劇」半沢直樹を楽しむ方法

    大関暁夫

  10. 10

    枝野氏は共産党と組む覚悟が必要

    毒蝮三太夫

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。