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年金「繰り下げが得」の誤魔化し「75歳受給で84%増」は得か

「年金制度は、国民が安心して老後を過ごすために、何十年もかけて保険料を払って支えるものです。にもかかわらず、国は都合良く制度をコロコロと変える。今年の通常国会で成立した年金制度改正法もそうです。こんなことをやっていては、誰も年金制度を信用しなくなってしまいます」

 憤りを隠さないのは、「年金博士」こと社会保険労務士の北村庄吾氏だ。

 6月5日、年金制度改正法が公布された。コロナ禍のどさくさの中、ろくに議論もされないまま、どのような制度変更が決められたのか。自らの老後を守るために、その内実を知っておく必要がある。

「このままでは超高齢化によって年金制度が破綻することは明らかで、厚労省の最終目的は、現在65歳の支給開始年齢を67歳、68歳そして70歳へと段階的に引き上げていくことにあるとみて間違いない。改正の内容を見ても、保険料をなるべく多くの人に、なるべく長く負担させ、逆に国からの年金支給はなるべく先延ばしにしたい意図が透けて見えます」

 保険料は厳しく取り立てる一方で、年金の支給は渋る──「年金カット」という国家的大方針が改正法の背景にあるというのだ。それならば、国民はすぐにでも対抗手段を講じ、老後資産を守る必要がある。

“得する繰り下げ”誘導は「70歳支給」の布石

 現在、年金は65歳支給開始だが、額が減るのと引き替えに早くから受け取れる「繰り上げ受給」と、受け取るのが遅くなる代わりに増額される「繰り下げ受給」がある。

 2022年4月以降、この制度が変更される。これまでは受給開始を1か月前倒しするごとに年金が0.5%減額され、60歳まで繰り上げた場合の年金額は30%減となっていた。その減額率が1か月につき0.4%に引き下げられる。

 厚労省がモデルとする月額約16万円の年金受給者が60歳繰り上げを選んだ場合、これまでは約11万円の受給額だったのが約12万円にアップする。

「平均余命が延びたことを考慮した変更だというが、こういうツギハギの変更をするから、制度への信頼がなくなる。すでに繰り上げを選択した人には不公平感が募ります。ただ、今回の変更でより注目すべきは『繰り下げ』のほうです」(北村氏)

 繰り下げた場合の増額は支給開始を1か月遅らせるごとに0.7%増で変わらない。ただ、これまでは最大で70歳までしか繰り下げられなかったのが、「75歳受給開始」まで選択可能になったのである。10年繰り下げた場合の年金額は、65歳受給開始と比べて84%も増えることになる。

「厚労省としては“75歳まで働いてから年金を受け取れば、もの凄く得ですよ”とアピールしたいのでしょう。実際には、受給開始を10年も遅らせられるほど資産に余裕がある人なんてほとんどいません。

 インパクトの大きい数字で繰り下げのメリットを強調することで、10年繰り下げる人はいなくても、66歳や67歳で受け取る人が増えていく可能性がある。“年金は65歳から”が常識でなくなることが、支給開始年齢引き上げの布石になると考えているのでしょう」(同前)

受給開始のタイミングは「健康寿命」で考える

 対策を考える上ではまず、“繰り下げが得”という論法の誤魔化しを見破らなくてはならない。

 65歳から月額16万円の年金を受け取れる人が、75歳まで繰り下げた場合、84%増額なので月額29.4万円が受け取れる。たしかに“毎回受け取る年金の額は大きく増える”が、生涯に受け取る総額で考えると、そうでもないのだ。

 別掲の表は65歳受給、70歳繰り下げ、75歳繰り下げの3パターンの受給総額を比較し「何歳時点で損得が逆転するか」を整理したものだ。

 70歳や75歳までの繰り下げを選ぶと、当然60代での受給額はゼロ。70歳まで繰り下げた人が65歳から受け取り始めた人を受給総額で上回るのは81歳時点。男性であれば、平均寿命まで生きてようやく損得が拮抗するのだ。75歳まで繰り下げると得になるのはさらに遅くなり、最も受給総額が多くなるには91歳まで生きなければならない。

 社会保険労務士の北山茂治氏はこういう。

「男性の健康寿命は72歳です。健康なうちは交際費などの出費もあり、手元にある程度のお金が必要であることを考えれば、たとえ75歳まで繰り下げが選択可能になっても、65歳から受け取るのが合理的な選択といえます。

 しかも、『75歳繰り下げなら84%増える』といっても、あくまで額面ベースの話。収入が増えると税金等も増え、10年遅らせたところで手取りでは84%も増えないことも認識しておきたい。

 それでも家計に余裕があって繰り下げを検討する場合、平均寿命は女性のほうが長いので、『妻のみ』にするのが賢明です」

※週刊ポスト2020年9月18・25日号

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