記事

追悼デヴィッド・グレーバー:コロナ以降の新しい世界を想像するために

2/2

従事すると心が荒む「意味のない仕事(ブルシット・ジョブ)」

今年翻訳が刊行され大いに話題となった『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』のタイトルを目にした方は多いだろう。自分の仕事が社会に貢献していると感じられない人、もし明日自分の働いている会社がなくなっても誰も困らないだろうと考える人が増えている、というテーマにぎくっとした読者もいるはずだ。ここでも、グレーバーが学生時代に経験した皿洗いのアルバイトのエピソードが披露されている。

彼が皿洗いを手際よく終わらせ、空いた時間でアルバイト仲間と雑談をしていたら、店長から「勤務中なのだから時間をムダにするな」と叱られてしまった。グレーバーはそこで初めて「仕事の効率を上げすぎてはならない」という暗黙のルールを知る。こうした無意味さは働く者に徒労感をもたらすが、社会人であれば誰もが一度は「やるべき作業がないのに働いているふり」をした経験があるだろう。

意味のない仕事(ブルシット・ジョブ)に従事する者は、日々精神的な暴力にさらされているのと同じであり、心が荒んでいくと同書は指摘する。たとえば、誰も読まない記録や書類を作成する、見た目ばかり豪華で無意味なプレゼン資料に時間をかける、不要な管理職を配置して確認の量を増やす……。筆者はこの本の主張を他人事とは思えなかったし、多くの人がそれに近い意見ではないかと予想している。

Getty Images

グレーバーは『ブルシット・ジョブ』において、真の意味で他者に寄与するエッセンシャルワーカー(看護師や清掃人、保育士など)が低賃金にあえぐ状況を指摘した。「エッセンシャルワーク」もまた、現代日本に浮上した問題のひとつである。

小泉環境相は「ゴミ回収の作業員を称えるためにゴミ袋に感謝のメッセージを書こう」と提案したが、彼らに必要なのは十分な給与と福利厚生だ。私たちの社会は本当に尊重すべき人びとをないがしろにし、逆に不必要なものをあたかも必要であるかのように見せかけてきた。

グレーバーは、経済とは「わたしたちが互いをケアするための方法、わたしたちが互いの生存を支えていくための方法」*1だと述べ、それがコロナによってあきらかになったと主張する。こうした彼の意見に最大限の同意を示したい。もはや我々はコロナの前に、「通常」に戻ることなどできないのであり、非正規雇用や低賃金といったかたちで多くの人びとを抑圧することでしか成立しない経済を復活させたところで、誰も幸福にはなれないだろう。

本当に新しい社会をリアルに想像する力をつけるため、あらためてグレーバーの著書を読み返していきたい。「対抗力とは、まず何よりも想像力に根ざしている」*2とは、筆者が好きなグレーバーの言葉のひとつである。

*1 http://www.ibunsha.co.jp/contents/kataoka03/ *2 『アナーキスト人類学のための序章』(以文社)

簡易版グレーバー著作解説(翻訳刊行年順)
※一部、絶版書も含まれておりますのでご注意ください。詳しくは出版社のホームページ等を確認ください。

アナーキスト人類学のための序章』(以文社)
グレーバーの思想がコンパクトにまとまった1冊。価格も手頃であり、この本から始めるのもよい。『負債論』につながるアイデアもすでに書かれている。

資本主義後の世界のために 新しいアナーキズムの視座』(以文社)
インタビュー形式で読みやすく、内容も楽しい。「200年前、奴隷制度廃止はユートピア的夢想だと思われていたが、しかしそれが可能になったのだ。おそらく100年後、賃労働=奴隷制もなくなるだろう」との言葉に胸が躍る。

デモクラシー・プロジェクト:オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』(航思社)
実際にデモや抗議行動をするとどのような困難があるか、意外な視点が提示されて興味ぶかい。抗議行動を通して、学生ローンに苦しむ若い学生と出会い、「かれらは幼少時から、自分たちがしなければならないと言われたことをきちんとやってきたし、勉強し、大学にも入ったのに、今まさにそれが罰せられ、侮辱され、そして債務者、道徳的な落伍者として扱われるような人生に直面している。かれらが、自分たちの未来を盗んだ金融界の大物たちに何かものを言いたいと思うことは、本当に驚くべきことなのだろうか」と語る場面がすばらしい。

負債論』(以文社)
グレーバーの主著であり、彼の魅力がつまった最高の1冊。かなり厚いが、ここまでスリリングな本を読み通せないなどということは考えにくい。必読。

官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』(以文社)
テーマはビューロクラシー(官僚制)。本人の実体験がベースにある点は共通している。ドイツの郵便制度に言及するくだりがユニーク。

民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義』(以文社)
「民主主義はアテネで生まれたのではない」というテーマ。「アナキズムと民主主義はおおむね同じものである」という思い切った主題が展開される。

ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)
こちらも大いにおすすめ。あらゆる社会人に読んでほしい、労働と尊厳にまつわる1冊。結論部分ではベーシック・インカムが提案されるが、その理由もすばらしく、納得度が高い。

伊藤聡
海外文学を中心に、映画・音楽に関連する原稿を執筆。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)

あわせて読みたい

「社会運動」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    昭和の頑固オヤジ!JASRACと闘い続けた小林亜星さん

    渡邉裕二

    06月23日 08:04

  2. 2

    「すべては首相続投のため」尾身会長の警告さえ無視する菅首相の身勝手な野心

    PRESIDENT Online

    06月23日 08:26

  3. 3

    平井大臣の発言を文春が捏造か 内閣官房が公開した音声には企業名なし

    和田政宗

    06月23日 12:48

  4. 4

    パソコン作業は腰への負担が1.85倍。腰痛対策には“後ろ7割”の姿勢を - 酒井慎太郎

    幻冬舎plus

    06月23日 08:40

  5. 5

    小池百合子知事、静養へ。1,400万都民の命を預かる重責に心からの敬意を

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    06月23日 08:23

  6. 6

    小中学生の観戦は止めるべし。満身創痍、痛々しいオリンピックになることは必至

    早川忠孝

    06月22日 17:54

  7. 7

    ”タコ山”だって守られたい?~「TRIPP TRAPP」高裁判決から6年、いまだ見えぬ境界線。

    企業法務戦士(id:FJneo1994)

    06月23日 10:09

  8. 8

    低すぎないか、日本の物価水準

    ヒロ

    06月23日 11:31

  9. 9

    軽自動車はEV化で高価格に 「交通弱者」が増加するいま改めて考えたい軽自動車の役割

    森口将之

    06月23日 10:51

  10. 10

    赤木ファイルの開示・・財務省は徹底的な再調査を行うべき

    大串博志

    06月23日 09:13

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。