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【のだめカンタービレ本日再放送】「ぎゃぼー!」珍演を名演にしてみせた上野樹里の“解釈力” - CDB

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 あまりにも有名な逸話ではあるけど、最初のテレビドラマ放送からもう14年も経つことでもあるし、この物語に初めて出会う新しい観客のために書いておこうと思う。9月9日からフジテレビで再放送される名作ドラマ、『のだめカンタービレ』の主人公には実在のモデルが存在する。

上野樹里 ©文藝春秋

 連載が開始される前の2001年、すでに『天才ファミリー・カンパニー』などドラマ化された人気作品をいくつも生み出していた漫画家・二ノ宮知子の公式HPではファン同士の交流が行われており、その中のファンの1人の自宅部屋を撮影した写真がファン同士で話題の種になっていた。

 ひどく散らかった部屋の真ん中に置かれたピアノを弾く顔の見えない女子音大生の後ろ姿を撮影した写真を見て、彼女に興味を持ち自宅に招いた二ノ宮知子は、穴の空いた靴を履き、手袋を片方なくし、帰りのタクシー代も持たずにやってきた風変わりな女子音大生から、ある一つの物語のインスパイアを受ける。

 野田恵、というファンの本名をそのまま主人公に名付け『のだめカンタービレ』と題された作品は、やがて何カ国語にも翻訳され国内外でドラマ化される日本漫画の金字塔の一つになっていく。この作品について何度となく語られた伝説的逸話である。

「もしも女の子が矯正を受けずに生き延びたら」の物語

 担当編集者の三河かおり氏が『クラシックジャーナル』の編集長と対談した記事によれば、連載は連載開始当初から徐々に人気が上がり、テレビドラマ化の前にすでに初版70万部を数えたという。

 二ノ宮知子が片手袋の女子音大生にインスパイアを受けたように、彼女をモデルにした主人公「のだめ」はたちまち多くの読者の心をとらえた。物語の導入である第1巻の第1話で、ファンの自宅写真をそのままモチーフに描かれた見開き、ゴミの中でピアノを弾く主人公の後ろ姿は、それがこの社会から逸脱した女の子についての物語であることを鮮やかに表現していた。

 女子の社会的逸脱に対する視線は、往々にして男子に対するより厳しい。主人公「のだめ」のように逸脱した女の子は、親から、教師から、クラスの男子の視線、あるいは同性の友人たちから男の子の何倍もの厳しさで矯正を受けることになる。

『赤毛のアン』におけるアンの赤毛が少女の抱えたコンプレックスの象徴であるように、のだめの部屋は矯正を受けない心の逸脱の象徴だ。この物語が長く愛され今も古びないのは、「もしも女の子の逸脱が矯正を受けずに生き延びたら」という才能の寓話であるからだ。

 のだめが逸脱するのは旧来の「古き良き女性」のジェンダーロールだけではない。音楽大学でクラシックを学びながら、「自立した現代エリート女性」のロールモデルからも主人公のだめは逸脱し、落第する。

 マーケティングや社会理論の逆算からは決して生まれてこない人物造形を確信を持って主人公に据えることができたのは、作者の二ノ宮知子が「現実にのだめは存在する、それはリアルだ」と知っていたからだ。そしてモデルの女性を知らない多くの読者たちもまた、「のだめのような女の子は確かにいる」と共感を持って主人公を迎えた。それは小さい頃にクラスで見かけた同級生、あるいは矯正を受ける前の彼女たち自身だった。

もう1人の“のだめ”上野樹里

 21世紀最初の年、2001年に現実に存在する1人の若い女性から始まった架空の物語は、2006年にテレビドラマ化され、もう1人の「のだめ」、生きた現実の女性に巡り合うことになる。主人公のだめを演じる上野樹里である。上野樹里もまた「逸脱した女の子」、逸脱を矯正されないまま生き延びることができた稀有な才能の1人だった。

 小学校入学前に心臓血管障害の手術を受け、中学生で父親の工場の経営難と母親の病死を経験した上野樹里は、15歳で単身上京し、本格的に女優としての活動を始める。弱小モデル事務所の所属でありながら、オーディションで演技力を見せつけ、ほとんどの役をもぎとるように獲得していく彼女は、たちまち主演映画『スウィングガールズ』と朝の連続テレビ小説『てるてる家族』を掛け持ちするまでになる。

『てるてる家族』で共演した岸谷五朗は、「この半年間、君の演技を見てきて、アミューズはいつでもウェルカムだ(迎える用意がある)」と、日本有数の芸能事務所への移籍を提示した。上野樹里が躊躇うと、彼女の才能を評価したアミューズの社長は当時の所属モデル事務所ごと買い取り、吸収合併という形で上野樹里の才能を手に入れた。今も伝説的に語られる逸話である。

「のだめ」というキャラクターの危ういバランス

 初めてのドラマ化で上野樹里がいきなり決定的な名演を見せたために見えにくくなっているが、「のだめ」は実写で演じるには本来ものすごく難しい題材である。

 何よりも難しいのは主人公のだめのパーソナリティの表現で、今では誰もが上野樹里が出した「正解」を知っているから当たり前のように見ているが、のだめは中途半端に演じれば「男性にウケそうなかわいい女」になってしまう危ういバランスの役なのだ。

 制作スタッフ側で「男性ファンも見てくれた方が視聴率が上がる」「人気女優だってあまり変な演技はしたくない」というソロバンを弾けば、ますます「かわいいのだめ」の方にバランスが傾くだろう。

恋愛もクラシック音楽の中で起きる

 だが、『のだめカンタービレ』は本来そういう物語ではない。普段ののだめに対して千秋先輩の当たりがやたらと強いのは、「千秋が魅了されていくのはのだめの女性的魅力ではなく、のだめの音楽的才能である」ことを表現するためだ。

 原作もドラマもそうなのだが、この物語においては音楽が恋愛の比喩である。千秋先輩とのだめとのキスなどのラブシーンの描写もあるにはあるが、それらは音楽に比べて実にあっさりと処理され、代わりにクラシック音楽が恋愛の比喩として使われる。そこには出会いと別れがあり、嫉妬と倦怠があり、永遠の愛の誓いがある。人間が恋愛で経験するほとんどすべてのことが、バッハやモーツァルトやベートーベンを比喩として語られる。

「本当のことは歌の中にある」というのは斉藤和義の名曲「歌うたいのバラッド」の一節だが、「カンタービレ(歌うように)」という題を冠したこの物語の中で、愛に関する本質的なことは身体の間ではなく、すべて音楽の中で起きるのだ。

「これが正解、これしかない」上野の演じた“のだめ”

 そしてそのためには、普段ののだめは「だめ」でなくてはならない。男受けする、幼さを魅力にするのだめであってはならない。誰も実写で演じたことがないお手本のない状態で、上野樹里は最初から完全にそれを理解していた。彼女の演じるのだめは逸脱し、どこまでも「だめ」で「変」な、そしてそれ故に自由なのだめだった。

 第一話を見れば「やりすぎなのでは」とさえ思えるのだめが、回を追うごとに「これが正解、これしかない」と思えてくる演技は、まるで劇中ののだめが聴衆の度肝を抜くような斬新な解釈でバッハやモーツァルトの名曲を弾き始め、やがて聴衆を飲み込んでいく姿と重なるようだ。

 過剰なまでに崩したのだめの「だめ」の表現は、グランドピアノに向き合った時に一変する凛とした表情の落差を計算した演技であり、それはクラシックの素養のないテレビの観客に、欠落とギフトが表裏一体となったのだめの才能のあり方を鮮烈に焼き付けた。

 音大に通いながら読譜を苦手とし、耳で聞いただけでクラシックを分析し再構築してしまうのだめと呼応するように、「今でも本を読むのは苦手で、2時間ドラマの脚本を読むのに5時間かかってしまう」とインタビューで語る上野樹里は、原作漫画に書かれた美しい譜面を生きた演奏に変えることができる稀有な女優だった。

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