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菅義偉、空手部副将だった“新首相”の角刈り写真を発掘!

1972年、大学4年生のころの菅氏(矢印)。40年以上を経た今も、当時の面影が残っている

「私がいま感じるのは、『菅は努力したな~』ということ。地盤、看板(肩書)、鞄(選挙資金)、どれもないところから、叩き上げてきましたから。菅だから、できたことでしょう」

 そう喜ぶのは、菅義偉官房長官(71)と法政大学剛柔流空手道部で同期だった、岡本信寿さんだ。高校卒業後、菅氏は集団就職で秋田県から上京し、20歳のころに大学に入学。アルバイトをしながら学業を修めたエピソードは有名だ。

「大学4年生のとき、私が主将で、菅は副将でした。温厚な性格でしたし、上からも下からも人望があった。まわりは、親元からの仕送りを受けていた学生が多かったけど、彼は『アルバイトをしないと食えない』と言って、4年間ずっと続けていました。

 授業に出て、1日2時間半の稽古をして……。同期で4年時に二段を取ったのは、私と菅だけ。彼は小柄だったけど、けっこう強かったですよ」(岡本さん)

 当時、角刈りだった菅氏(冒頭の写真)が打ち込んだ空手の稽古は、ハードなものだった。

「 “突き切り” などの基本稽古から、組手・型の練習。その後はランニング、道場で腕立て伏せと腹筋運動を100回くらい続ける筋トレ。

 一緒に入部した15人は、卒業時に7人になった。とても厳しかったですよ。でも菅は、これと思ったらまっすぐ進む性格。彼は、相当な苦労人です。よくやったなと思いますね」(同前)

 いまでも、腹筋を朝晩計200回ずつこなすという菅氏。空手で鍛えたのは、肉体だけではなく、どんな状況にも耐える精神力。だが、そこから生まれる “ポーカーフェイス” に、菅氏と同じく次期自民党総裁の椅子を狙うライバルたちも欺かれていたのである。

「いったい、いつから総理になろうって思ったんだ」
 9月1日、麻生太郎副総理兼財務相(79)は、総裁選への立候補を伝えに来た菅氏に、そう尋ねた。菅氏は、こう応じた。

「石破(茂)さんの名を、首相にふさわしい人とあげる若手が多かったんです。出なければいけないと決意しました」

 だが、菅氏に近い衆院議員は、こう笑う。

「菅さんから、“ポスト安倍” に誰がふさわしいかなんて、聞かれたことがありませんよ」

 主将になれなかった副将は、首相を目指して牙を研いでいた−−。

写真提供・(公財)全日本空手道連盟『ナイスカラテライフ』

(週刊FLASH 2020年9月22日号)

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