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焦点:コロナ禍にあえぐ世界の難民 渡航制限で生命の危機


Edward McAllister

[ダカール 31日 ロイター] - 今年3月13日、ミシェル・アルファロ氏がジュネーブの国連本部にあるオフィスを離れるまで、彼女の任務は順調に進んでいた。世界で最も脆弱な立場にある難民のために住居を見つけるという仕事だ。

だが4日後、事態はカオスへと転じた。新型コロナウイルスの感染拡大を恐れた世界各国の政府は国境の封鎖、ロックダウンの実施、国際航空便の運航停止を発表した。国連は、難民再定住プログラムの中断を余儀なくされた。

難民問題を担当する国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)で再定住プログラムを指揮するアルファロ氏は、「あの週にすべてが崩壊した」と振り返る

新型コロナの蔓延によって混乱に陥った人々は数百万人にも上る。アルファロ氏が支援してきた難民たちは、戦争と暴力、紛争や迫害からの脱出を約束されていた。

状況次第で、申請から何年もかかる審査過程を経て、米国やカナダといった国で新生活を始めるチャンスを獲得することもできたはずだ。しかし、何千人もの人々が突然、多くは電話1本で、彼らが乗るはずだったフライトが運航中止になったことを知らされたのである。

ソマリア出身の23歳、ユバー・モハメドさんもその1人だ。前夫からイスラム原理主義を奉じる武装集団アルシャバーブへの参加を強要されたため、彼女は逃げだした。その後、モハメドさんの父親はアルシャバーブにより殺された。彼女は3月24日に英国向けのフライトに搭乗する予定だった。

モハメドさんは難民として過した辛い5年間について、「自分がどこに向かっているのか分からなかった」と語る。「ただ進んでいくだけで、自分では何もコントロールできなかった」

<難民の再定住率は大幅に低下>

国連のデータによれば、2020年上半期、難民の再定住率は2019年の水準に比べ69%減の10000人強になってしまった。再定住プログラムは6月に再開されたが、ペースは以前よりも大幅に低下している。

パンデミック(世界的大流行)が襲来したとき、移民をめぐる空気は厳しくなっていた。グローバルな連帯を維持しようという国際的な努力がますます疲弊するなかで、パンデミックがさらに新たな綻びを生み出した。

ナショナリズム、感染への恐怖感、経済への懸念、高齢化する有権者の変革に対する抵抗により、「迫害や虐待、暴力のリスクに直面した人々は庇護に値する」という戦後長きにわたり定着していたコンセンサスは損なわれつつある。

英国政府は今月、フランスからの不法移民を運ぶボートの増加への対処をめぐり、軍の協力を要請した。ギリシャは今年に入ってトルコからの移民数千人の受け入れを拒否しており、ボートで漂着する難民を阻止すべく警戒を強化している。欧州連合は、欧州大陸南岸への移民流入に歯止めをかけるため、アフリカ諸国に数十億ドルの資金を拠出している。

難民再定住プログラムにおいて最も多くの難民を受け入れているのは米国であり、近年では、米国が受け入れる難民の過半数がこのプログラムを経由している。

だが、2017年に反移民政策を公約として就任したドナルド・トランプ大統領のもとで、このプログラムを介して米国にたどり着く難民の数は半分以下に減少した。同大統領はほぼ同じ公約を掲げて再選を目指している。米国は昨年、国連の仲介により再定住した難民の3分の1を受け入れているが、現在、受け入れを縮小しつつある。

米国務省の広報担当者がロイターに語ったところでは、米国は3月19日から7月29日まで、渡航制限を理由に難民の受け入れを停止していた。結果として、米国が2020年上半期に国連難民再定住プログラムに基づいて受け入れた難民は3000人に届かなかった。データによれば、昨年は通年で2万1000人以上を受け入れている。

国連の試算では、緊急の支援を必要としている難民は140万人。だが、新型コロナ以前から、彼らのために資金を集めて新たな住居を見つけることは困難だったという。

再定住プログラムを担当するアルファロ氏は、「今年は難民にとっては特に困難な年になっている」と言う。「再定住に協力していた国は、どこも(新型コロナの)影響を受けている。無傷の国は存在しない」

<希望の旅立ち、直前の中止>

ソマリア出身の23歳、モハメドさんが足止めを食らっているのは、ジュネーブから2000マイル南に離れた、ニジェールの首都ニアメ郊外の砂原に設けられた難民キャンプだ。2人の子の母であるモハメドさんは、国連が運営するアムダレイユ難民キャンプの小さなテント型の建物で風雨を凌いでいる。フライトが中止になったことをUNHCR職員に知らされたのは、出発予定日のわずか数日前だった。

ロイターによる電話インタビューに対し、モハメドさんは「出発できると思って、とてもワクワクしていた」と語った。「今はテント暮らしだ。安全な場所にある家で暮らすことさえできれば、それで満足だ」

彼女の旅が始まったのは2015年だ。「一番安全なのは子供を置いて夫から逃げることだ」と父親から言われ、彼女は沿岸の都市ボサソに向かうバスに乗った。

ある男性が、アデン湾を越えてイエメンに向かうボートに乗らないかと声をかけてきた。数十年にわたり、紛争から逃れようとするソマリア人にとっては定番のルートだ。だが、この提案を受け入れたことで、彼女は気づかぬうちに難民相手の密航請負業者のネットワークにはまり、金品を奪われ、レイプされ、イエメンからスーダン、リビアへと売られていった。

家を離れて数日後、彼女は居場所を知らせようと父親に電話を掛けたという。だが電話に出た継母は、父親は娘の脱出を助けたために武装勢力に殺された、と告げた。

リビア南部では、ある密航請負業者がモハメドさんを繰り返しレイプした。彼女は2016年の春、その男の子供を流産した。男はモハメドさんを捨て、彼女は北への旅を続けた。

その年の暮れ、リビア北部の移民一時収容所で、モハメドさんは別の密航請負業者から殴打された。十分な旅費を持っていないことを告げたためである。

2016年、ピックアップトラックの屋根のない荷台で、ガソリン臭い水をすすりながら、スーダンからリビアへとサハラ砂漠を越えた。その途上、モハメドさんの心はずっと残してきた子どもたちへの想いで溢れていた。彼女は、子どもたちが他の家族と一緒にいると思っている。

「彼らがどこにいるのかは分からない」と彼女は言う。「私は母親なのに、子どもたちと一緒にいられない。ただ泣くだけだ」

<難民再定住は無期限の停止>

彼女は2017年、リビア北部で、同じソマリア出身の難民仲間と結婚した。密航請負業者のネットワークは彼らを欧州に向けて送り込もうとした。超満員のボートに乗り込む直前に2人は離ればなれになってしまった。ボートは故障し、地中海を数日間漂流した。

その後、モハメドさんはリビア沿岸警備隊に救助され、UNHCRに引き渡された。数日後、彼女は移民収容センターで夫と再会した。2人は2019年3月に国連の飛行機でトリポリからニアメへと運ばれ、現在の難民キャンプに移された。そこで、再定住プログラムの審査が始まった。

「今までの体験はすべて忘れたかった」と彼女は言う。

モハメドさんによれば、英国に向けて出発する時期については何の情報ももらっていなかったという。英内務省の広報担当者がロイターに語ったところでは、英国はパンデミックの間、フライト制限と英国自身のビザ発給業務の制約により、難民再定住事業を無期限に停止しているという。英国は、難民受け入れの再開が公衆衛生上のリスクにならないことを確認したいとしている。

「近日中に難民受け入れを再開できる状況にはない」とこの広報担当者は言う。

国連は、個別の事例についてはコメントを控えるとしている。

<ロックダウンによる混乱>

アルファロ氏が勤務するUNHCRは1950年代から難民再定住事業を行っており、最初はハンガリー革命から逃れた17万人の難民のために新たな住宅を見つけた。UNHCRによれば、過去25年間で、シリア、イラク、スーダン、ミャンマーなど、トラブルが生じている世界各地で100万人を支援したという。このプログラムのもとで数十カ国が難民を受け入れている。

UNHCRでは聞き取り調査により最も困窮している難民を見極め、受け入れ国に照会している。さらに、それぞれの受け入れ国は独自の審査を行っている。渡航の手配をするのは、別の国連機関である国際移住機構(IOM)である。

COVID-19(新型コロナ感染症)の発生を受けて受け入れ国が大使館員を引揚げてしまったため、国連当局者としては、各国大使館に連絡して出国の手配を支援する、あるいは新たな照会を処理することができなくなってしまった。国連に対し、難民受け入れを全面的、あるいは部分的に停止することを通告した国も複数ある。

また、現地国の当局者もロックダウンで動きがとれず、出国ビザに証印を押すこともできない。自宅待機状態の国連現地スタッフが申請者の聞き取り調査をすることもできないし、渡航制限ゆえに、受け入れ国の当局者が申請者に直接会って事情聴取をすることもできない。

アルファロ氏は3月、オンラインでの長時間の会議や状況説明に何日も費やした。各国政府に対し、緊急性の伴う事例に限って難民受け入れを維持し、新規の照会事例においてはオンラインでの聞き取り調査を承認するよう説得を試みていたためだ

同氏によれば、パンデミックによる受け入れ中断のあいだも、緊急性を伴う難民数百人については再定住が実現したという。一部の国はビデオ会議による聞き取り調査に同意した。

だが米国などそれ以外の国々は、依然として直接の対面による事情聴取を必須としている。米国務省の広報担当者によれば、米国の難民受け入れは新型コロナ禍以前よりも大幅にペースダウンしているという。難民を送り出す国の多くからは、「利用できるフライトがほとんど、あるいはまったくない」状況が続いている。

IOMのスタッフは、難民受け入れが中断されている期間中も、緊急性を伴う難民を何とか移動させられないか航空会社の予約システムを漁っている。利用できる便が見つかっても、やがて運航中止になってしまう。

IOMで難民再定住プログラムの指揮を執るラナ・ジェイバー氏によれば、パンデミックのためにキャンセルになった航空券は1万1000人分にも及ぶという。同氏は2015年から2017年にかけてイラクで難民の支援に当たっていた。

「またイラクに戻ったような気分だ」と彼女は言う。「まったく、頭がおかしくなりそうだ」

<難民自身の感染も障害に>

国連のデータによれば、今年上半期、聞き取り調査のペースが落ちたことにより、難民受け入れに向けた照会件数も、世界全体で4万件から2万件へと減少した。これはつまり、順番待ちの難民が何万人も生じているという意味であり、その「順番」がいつまでもやってこないリスクもある。

というのも、いま難民たちはCOVID-19の犠牲になりつつあるからだ。アルファロ氏によれば、UNHCRはイラクにおいて、緊急に治療する必要があるにもかかわらず渡航制限ゆえに再定住先が見つからない「かなりの数の」難民に対応しているという。少なくとも2人の難民が、移動を待っているあいだにCOVID-19により死亡した。

ウガンダでは首都カンパラのスラム地区を通じてCOVID-19が拡大している。カンパラでは多くの難民が再定住先の決定を待っているが、支援関係者によれば、難民が収容されている施設は過密状態で、水道も電気も整備されていないという。

国際便の運航が再開されてから、国連では約2100人の難民の再定住を実現させたが、IOMのジェイバー氏によれば、近年の平均を大きく下回るペースであり、キャンセルも続いているという。

「国境を開放しつつある国もあるが、恐らく来年までは、すべてが元通りということにはならない」とアルファロ氏は言う。「どれだけの可能性を失いつつあるのか見当がつかない」

明るいニュースもある。UNHCRは8月14日、ツイッターへの投稿を通じて、生まれてまもない子供のいるエリトリア出身の夫婦が、3月の国際便運航停止以来、欧州において再定住を実現した最初の難民になったことを発表した。

8月4日、大規模な爆発事故によりレバノンの首都ベイルートの大部分で深刻な被害が生じたが、IOMの職員は数時間後には業務に復帰していた。古代から続くこの街は、シリア内戦を逃れた数十万人の難民を迎えている。

IOMのジェイバー氏によれば、この夜、30人の難民を航空機で送り出したという。その週には61人が新天地に向かった。

「まだ課題は残っているとはいえ」と彼女は言う。「我々は仕事を再開している。ペースは以前より遅いが、動き出してはいる」

(翻訳:エァクレーレン)

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