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特集:アベノミクスの7年8カ月を振り返る

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先週金曜の8月28日、安倍晋三首相が記者会見で辞任を表明しました。その4日前に、佐藤栄作首相の歴代最長政権記録を上回った直後のことです。何とも長かった安倍内閣の7年8カ月、本号では、その間の日本経済を振り返ってみたいと思います。

2012年12月の総選挙に勝って、安倍氏が2度目の首相登板を果たした直後はまことに華々しかった。「アベノミクス」という言葉に、日本経済は一気に活気づきました。だが当時の雰囲気は、今では思い出すことさえ難しい。何しろその先が山あり谷ありで、最後は「ウィズコロナの経済」という難問まで加わったわけですから。

本誌の結論は、アベノミクスは「株価」でも「三本の矢」でもなかった。その本質は「8年近く続いたプロ・ビジネス政治」にあった、というものです。

●アベノミクスは株価を上げたか?

第2次安倍内閣が発足していわゆる「アベノミクス」が始まり、強烈な勢いで円高是正と株高が進んでいた頃、本誌2013年1月25日号(vol.511)「私家版・アベノミクス批評」では、今読み返すとわれながらヒドイことを書いている。

冒頭、「レーガノミクス」や「オブチノミクス」を引き合いに出しながら、「××ミクス」という言葉が誕生するのはこういうときなのだと言っている。

レーガンは俳優出身であったし、小渕首相は自虐的なジョークが似合う人であった。安倍首相もどちらかといえば経済より外交・安全保障政策の人である。逆に経済に強そうな人、例えば「ミヤザワミクス」や「タケナカミクス」といった言葉は成立しにくい。軽く揶揄するような気持ちがあるときに、「××ミクス」は成立するのであろう。

これでは安倍さんの経済政策は頼りない、と言っているようなものである。しかるに「アベノミクス」は2013年の流行語大賞ベスト10に選ばれ、ついに8年後の今年まで続いた。こんなに長く続いた「××ミクス」は稀有であろう

一方でこれだけ長くと、国民の側もすっかり飽きてしまい、「アベノミクス」という言葉を使わなくなってしまう。7年8カ月とはそれくらい長い時間である。

〇第2次安倍内閣以降の株価の推移

しばしばアベノミクスは「株高」とともに語られる。ときには「株価は上がったが賃金は上がらず、格差が拡大した」との批判もある。ただし8年近い任期の中では、株価はさまざまに変化するものだし、海外の影響も受けやすい。極端な話、今では「日本の株式市場は前日の米国株次第」という評価もある。

上記の通り日経平均の推移をみると、株価が上がったのは政権発足からほぼ2年半のことである。安倍首相は2013年3月に黒田東彦氏を日本銀行総裁に指名し、その下で大胆な金融緩和が実施された。その結果の円高是正と株高が鮮烈な印象を与えたわけだが、狭義のアベノミクスとは「リフレ政策」のことであった。しかし金融政策は日銀の専権事項であるし、その後は「マイナス金利導入」などもあり、今やほとんど評価不能になってしまっている。ということで、「株価」からアベノミクスを語るのはやや無理があると言えよう。

ただし、小泉純一郎首相の「株価に一喜一憂しない」という超然主義と比較すると、安倍首相が「常に株価を気にしていた」ことは間違いない。2013年末の日経新聞主催「エコノミスト懇親会」では、安倍首相は国会審議を抜け出してきて挨拶した。来年の株価を予測するのが恒例のこの会で、前年の株価予測はわずかに日経平均1350円の上昇であった。「今日の株価は1万5000円。6000円も上がったじゃないですか。『倍返し』じゃなくて、5倍返しですよ」と誇らしげに語っていた姿は忘れがたい。

「倍返し」はこの年の流行語大賞で、TBSドラマ『半沢直樹』が絶大な人気を有していた。奇しくも番組が復活したその時期に、アベノミクスは終焉を迎えることとなった。

●「三本の矢」の真意は「ハト派の経済政策」

2013年当時は、けっして株価だけが上がったのではない。実体経済も目覚ましく改善した。そのことは、当時の月例経済報告の基調判断を振り返ってみるとよくわかる。

〇内閣府「基調判断」の推移

なんと12カ月のうち、7回も上方修正されている。ただし2014年4月の消費税増税とともに、この勢いは急変することになる。

アベノミクスについては当時、「3本の矢」という説明がされていた。すなわち、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を誘発する成長戦略、というパッケージである。「広義のアベノミクス」は、これで説明することができよう。しかるに本誌2013年4月5日号(vol.516)では、筆者はまたまたこんな辛辣なことを書いている。
思うに「三本の矢」というのは、批判を浴びにくい上手な表現である。第一生命経済研究所の熊野英生氏は、「アベノミクスは和洋中・豪華ディナーセットのようなもの。誰でも好みの料理がひとつは入っているから反論しにくい」と評している。なるほど、リフレ派は日本銀行のレジームチェンジに拍手を送り、ケインジアンは補正予算の成立に満足し、新古典派は成長戦略が入っていることで自らを納得させている。世にいうアベノミクス論争とは、ほとんどがリフレ政策の是非をめぐるものであって、この「三本の矢」が間違っているという声は筆者も寡聞にして聞いたことがない。
何でも入っているということは、理念や特色がないということでもある。ただし今から考えてみると、「外交安保政策ではタカ派だが、経済政策ではハト派」というのが安倍内閣の基本路線で、このことは最後までブレなかった。金融政策と財政政策は常に緩和気味で、最後の成長戦略は切り込み不足の感が強かった。特に規制改革は進まなかった。そのことは図らずもコロナショックにより、「政府がいくら旗を振っても、PCR検査が増えない!」といった形で印象付けられることとなった。

●アベノミクスの本質は「プロ・ビジネス政治」

アベノミクスという言葉を、「再登板以降の安倍内閣の経済政策全般を指すもの」と捉えるなら、その最大の特色は「プロ・ビジネス政治を8年近くも続けたこと」であろう。

その前の民主党政権時代、企業経営者は「経済6重苦」を嘆いていたものだ。①超円高、②法人税、③FTAの遅れ、④高い電力価格、⑤労働規制、⑥環境規制の6点である。これらがすべて安倍時代に解消したわけではないが、とりあえずすっかり忘れ去られていることは、経済界としてご同慶の至りである。

安倍内閣は、任期中に2度も消費税を上げている。しかもこの間に法人税を下げている。日本経済の国際競争力向上を目指すためには、そうすることが賢明な選択であった。とはいえ、普通はそんなことをすれば「金持ち優遇」の批判を受けて、選挙に負けるはずである。それでも国政選挙で6連勝した、というのが安倍内閣の強みであった。

税制における「直間比率の是正」という長年の課題は、今やほとんど達成されていると言っていい。その結果、何が起きたかというと歳入の安定である。新型コロナウイルスさえなければ、令和2年度予算(政府原案)は史上最高の歳入を見込んでいた。安倍政権下で財務省は何度も煮え湯を飲まされた、とはよく言われることであるが、彼らは「手中の一羽」はしっかり確保していたのではないかと思う。

安倍内閣はまた一貫して「グローバル路線」であった。特にFTA政策では、顕著な成果を挙げている。

首相にカムバックした直後、2013年2月に訪米した安倍首相は、オバマ大統領との首脳会談でTPP交渉に途中から参加する承諾を得た。この時点では、「迷惑な国が入ってきた」との印象もあったはずである。ところがトランプ政権下で米国が抜けてしまうと、残った11か国をまとめてCPTPPをまとめ上げる中心となったのは日本であった。日EU経済連携協定も成立し、今年1月には日米TAG協定も発効している。今や日本は、貿易自由化交渉にもっとも積極的な国の一つと目されるほどになっている。

インバウンドの伸びも目覚ましかった。2011年の訪日外国人客数は621万人。これが2019年には3188万人になった。実に5倍増である。このことは伸び悩む国内消費の救世主となった。問題は2020年が大激減になってしまったことで、今年1~7月の合計はわずかに395万人である。「ウィズコロナ時代の観光立国はどうあるべきか」――これはポスト安倍政権が背負う大いなる課題ということになる。

経済界から見た場合、安倍内閣は基本的にありがたい政権であった。東京五輪の誘致でもインフラ輸出の後押しでも、政府が先頭に立ってくれた。一方で「春闘における賃上げ要請」や「コーポレートガバナンス改革」にみられるように、積極的に企業経営に口を出す政権でもあった。ひとことで言えば「ハンズオン」であり、「政府は何でもできるし、やらなければならない」という姿勢であった。もっとも昨年7月の「対韓国輸出規制」などは、政治目的による民間取引への介入だったのではないかと筆者は受け止めている。

5ともあれ、「プロ・ビジネス政治」といい「グローバル路線」といい、当今は国民の支持を得にくい方針である。それでも安倍内閣は、安定政権で長期間にわたって実践してきた。アベノミクスの意義といえば、その一点に尽きると言えよう。

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