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朗らかに生きて清らかに旅立てる健やかな社会に変えたい -「賢人論。」第120回(前編)小笠原文雄

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医師・医学博士であり、日本在宅ホスピス協会会長である小笠原文雄氏の信条は、「末期がんなど、病状がどんなに絶望的な患者でも、最期まで自宅で朗らかに暮らし、清らかに旅立てるようにケアすること」。2013年、社会学者・上野千鶴子氏との共著『上野千鶴子が聞く 小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』(朝日新聞出版)がベストセラーに、2017年刊行の『なんとめでたいご臨終』(小学館)は14刷を数えるロングセラーとなっている。2020年には健やかな社会づくりに貢献した人に贈られる「ヘルシー・ソサエティ賞」を医師部門で受賞。今回はこれまで1,500人以上の患者を在宅で看取ってきた小笠原氏に、在宅医療がなぜ幸せな死をもたらすのか、ご自身の死生観を交えて語っていただいた。

取材・文/盛田栄一

「家にいたい」という願いが叶うと、清らかに旅立てる

みんなの介護 小笠原さんの著書『なんとめでたいご臨終』を拝読して、感銘を受けました。親を看取ったばかりの家族が笑顔でピースしている写真を見て、家族の皆さんも晴れやかなお気持ちになられていたのではないかと思います。小笠原さんが病院ではなく、在宅医療にこだわっているのはなぜでしょうか。

小笠原 答えは簡単です。ご本人の「家にいたい」という願いが叶うと、朗らかに生きて清らかに旅立てるので、ご遺族が目に涙を浮かべながらも「よかった~」と笑顔で見送ることができるんです。 “なんとめでたいご臨終”の現場に立ち会えたご遺族もうれしそうで、私自身もとてもうれしい気持ちになります。こういったことは病院ではありえなかったことでした。だからこそ、在宅医療、在宅看取りが大切なんですよね。

みんなの介護 誰でも在宅医療は受けられるのでしょうか。

小笠原 もちろんです。厚生労働省の調査では、終末期の療養場所について約6割の人が自宅療養を望んでいるにもかかわらず、自宅で死を迎えられる人は15%以下です。末期がんでも、ひとり暮らしでも、お金がなくても、誰でも在宅医療や在宅看取りは可能だということを知ってもらいたいので、日本在宅ホスピス協会会長として啓発活動しています。

自宅で穏やかに旅立った患者との出会いから、本格的に在宅医療に取り組むように

みんなの介護 小笠原さんが在宅医療をもっと普及させたいと考えるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

小笠原 名古屋大学医学部を卒業後、病院に勤務しながら研究生活を続けました。ところが目を悪くし、勤務医としての激務が難しくなったので、1989年、岐阜市内で小笠原内科を開業しました。開業する前は往診しないつもりでしたが、妻から「断ると患者さんがかわいそうだから」と言われ、開業当初から在宅医療と訪問看護を始めることに。そして開業3年後の1992年、私の人生を一変させた診療体験がありました。

みんなの介護 どういった体験だったのか、詳しくお聞きしてもよろしいですか。

小笠原 大腸がんから腸閉塞になり、病院で緊急手術を受けた2年後に在宅医療を開始したNさん(72歳)という男性がいらっしゃいました。ある日、いつものように午前8時過ぎに訪問診療を終えて帰ろうと玄関を出た私に、奥さんが「先生、男の人って最期までかっこつけるのね」と話しかけてきました。話を聞いてみると、その前日、Nさんから「明日、旅に出るから、いつものように鞄と靴を用意してくれ」と言われたそうです。

「どこに行くの?私も連れてって」と言うと、「今度は遠いところに行くから、君は家で待っていなさい」と言われたとか。それで今朝、鞄と靴を枕元に置いておいたのだそうです。私はおもわず奥さんに「えっ、Nさん、今日死ぬつもりなの?」と聞いてしまいました。何故、驚いたかというと、その日の朝のNさんは終始にこやかで、すぐに亡くなるとは思えなかったからです。

みんなの介護 まるで医療ドラマを見ているようですね。それから、どうなりましたか。

小笠原 Nさんの奥さんから「たった今、主人が旅立ちました」と電話が入ったのは、その2時間後です。私が「すぐ往診します」と返事すると、奥さんは「先生、主人はもう旅立ったんですよ。それよりも目の前の患者さんを診てあげてください。うちへはそれから来てくださればいいですから。主人がこんな幸せな死に方をしてくれて嬉しいんです」と言われ驚きました。

もっと驚かされたのはNさんの死に顔があまりに穏やかで、笑みを浮かべていたことです。それまで、病院で数多くの患者さんの死を見てきましたが、死ぬときは苦しいのがあたり前だと思っていました。「何故、穏やかに死ねたのか」という疑問がおこり、探求心が私の中に芽生えたんです。

ところ定まれば、こころ定まる

みんなの介護 小笠原さんが提供されている「在宅ホスピス緩和ケア」とは、具体的にどういった医療なのでしょうか。

小笠原 言葉を一つひとつ説明しましょう。「在宅」とは、患者さんが暮らしているところ。「ホスピス」とは、いのちを見つめ、生き方、死に方、看取りのあり方を考えること。「緩和」とは、痛みや苦しみを和らげること。「ケア」とは、人と人がかかわり、お互いにあたたかいものが生まれ、生きる希望が湧き、力がみなぎること。「在宅ホスピス緩和ケア」とはこんな在宅医療です。

みんなの介護 「ケア」と聞くと介助などをイメージしますが、ここではどういったケアになるのでしょうか。

小笠原 ケアと言っても2つあります。1つ目のケアは何らかの物理的・身体的な行為です。介護では、掃除・洗濯・調理・買いものなどの「生活援助」と、食事・着替え・入浴・排泄などの介助を行う「身体介護」を指すのが一般的でしょう。医療では、痰(たん)の吸引や経管栄養注入など、医療的ケアを指す場合が多いですね。2つ目のケアはこころのケアです。「在宅ホスピス緩和ケア」を実践する中で重要視しているのはこちらのケアになります。患者さんと医療・介護スタッフのこころが通いあうことで、患者さんが安心されるだけでなく、医療・介護スタッフも癒される関係が生まれます。

みんなの介護 病院よりも自宅であれば、患者さんは気も休まって、こころのケアの質も一層高まりますね。

小笠原 そうですね。病院は安心できる場所のようで、実は病気と闘うというストレス空間でもあります。対照的に「住み慣れた暮らしの場所」は癒しの空間です。私は、「生まれる所は決められないが、死ぬところは自分で決める。ところ定まれば、こころ定まる。その人らしい暮らしの中に、希望死・満足死・納得死がある」といつも話しています。

自宅に限らず、「ここに居たい」と思える場所で暮らすことが安心につながるのです。ストレスを取るには「あくび体操」もいいですよ。あくびをするとリラックスでき、血管を拡張させます。『なんとめでたいご臨終』にも記載しましたが、あくび体操は血管拡張療法としてだけでなく、心臓リハビリ・呼吸リハビリにもなり、誰にでもリラックス効果があります。

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