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「日本人はなぜ“民主の女神”周庭にハマる?」香港メディアも驚く“日本的ガラパゴス感覚”とは - 安田峰俊

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 先日、ちょっと興味深い光景を目にした。2020年8月23日夜、新宿駅東南口で在日香港人ら約50~60人が手をつなぎ、香港民主化運動への支援を訴える「人間の鎖 香港の道」と呼ばれるイベント(主催:Stand with HK @ JPN)が開かれた際のことだ。

【画像】6年前雨傘革命当時の周庭さんなど、この記事の写真をすべて見る(全9枚)

 イベント参加者らの主張のひとつは、8月10日に国安法違反で逮捕された女性活動家・周庭(アグネス・チョウ)の無罪を訴えるものだった。


8月23日夜、新宿駅東南口で香港民主化運動への支援をうったえる在日香港人ら。彼らの故郷ではすでに違法になってしまった「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、革命のときだ)」というスローガンも登場 ©安田峰俊

 だが、そのときの香港人スタッフの掛け声の発音が面白かったのだ。当初、彼らは「フリー・アッネース!(Free Agnes!)」と、流暢な英語発音で周庭の英語名を叫んでいたのが、途中から「あ・ぐ・ね・す(A・GU・NE・SU)」と母音をはっきり強調する日本語式のカタカナ発音に変えたのである。

 英語をそのまま発音しても、大多数の日本人にはあまり通じないことを一瞬で見て取った、香港人らしい語学センスの高さを感じさせる行動だろう。さておき、このメッセージが同胞の香港人向け以上に、日本人に向けて強く発信されていることがよくわかる光景だった。

「逮捕中は欅坂46『不協和音』を思い出した」

 国安法の施行前まで香港自決派の政党・デモシスト(すでに解散)のメンバーだった活動家・周庭が8月10日に逮捕された事件は、日本の世論に非常に大きな衝撃を与えた。

 ツイッターでは彼女の釈放を求める「#FreeAgnes」のハッシュタグがトレンド入りし、テレビや新聞・週刊誌などが大きく報道。彼女が11日深夜に保釈された後は、拘置所内で欅坂46の『不協和音』の歌詞を思い出して耐えていたとするエピソードも大きく伝えられた。

 さらに12日には、自民党の中谷元らが前月末に結成したばかりの「対中政策に関する国会議員連盟(JPAC)」が緊急の抗議集会を開催する。このJPACは西側諸国の国際議連「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」の日本版で、現時点ではほぼ香港問題を中心に声を上げる立場にある。

 JPAC緊急集会の壇上では、議連提唱者の1人である国民民主党の山尾志桜里が「香港国家安全維持法に基づくジャーナリスト・民主運動家の逮捕に関する声明」を読み上げたが、ここでも周庭の逮捕がまっさきに言及された。香港の23歳の女性活動家の受難が、日本の政治をも動かした瞬間だった。

井上雄彦や百田尚樹よりも「有名人」

 周庭は外見的魅力と流暢な日本語もあって、これまで「民主の女神」のあだ名で日本のメディアにしばしば取り上げられてきた。日本の一般人には、彼女こそが香港デモを指導するリーダーなのだと考えている人も多く、日本国内で刊行される香港デモ関係の書籍では、かなりの割合で彼女の顔が帯にプリントされている。

 日本での周庭の人気がよくわかるのは、2020年8月末現在で約49.3万人のフォロワーを集めている公式ツイッターアカウントだ。なお使用言語は、ニュースのリツイートなどを除けばほぼ日本語だけである。

 彼女のフォロワー数は、たとえば漫画家の井上雄彦(約49万人)、起業家の与沢翼(約48.1万人)、作家の百田尚樹(約46.2万人)、政治家の山本太郎(約43万人)、歌手でGLAYのヴォーカルのTERU(約42.2万人)らの錚々たる面々をも追い抜いている。

 井上雄彦や百田尚樹を上回る「有名人」である以上、周庭の逮捕で日本のメディアから政界まで大騒ぎになったのも当然のことだろう。

 ──もっとも、こうした日本の状況は、世界的に見ればかなり「異質」だった。

「香港のナベツネ」逮捕さる

 なぜなら、日本以外の世界各国のメディアの報道は、同じ8月10日に香港の大手新聞『蘋果日報(アップル・デイリー)』創業者の黎智英(ジミー・ライ)と、彼の親族や会社スタッフらが国安法違反で逮捕されたことに圧倒的な重点を置いていたからだ。

『蘋果日報』は香港で最も人気の高い新聞だ。香港の他紙が中国資本に組み込まれて親北京的な論調に転換するなかでも姿勢を変えず、特に2019年6月の香港デモ開始後はデモ応援の論調を明確に打ち出して人気を得ていた。

 黎智英が国安法違反で逮捕されたことについては、海外からのクラウドファンディングを用いた多額のデモ支援資金の調達行為が問題視されたもので、報道内容を理由としたメディア弾圧ではないとするタテマエの説明がなされている。ただ、いずれにせよ北京の共産党政府(及びその意に従う香港政府)にとって、黎智英が目の上のたんこぶだったのは間違いない。

 無理に日本に置き換えるなら、讀賣新聞グループ主筆の渡辺恒雄が発行部数日本一の讀賣新聞を使って1年半にわたり反政府運動を煽り、さらにデモ隊にカネを出していたことが問題視され、本社内で逮捕されるようなものである。かなり強引な説明ではあるが、メディア王・黎智英の逮捕がいかなる大事件かは察せられるだろう。

 いっぽう、黎智英と同日、同じく国安法違反で逮捕されたのが周庭だ。他にも学生団体「学民思潮」の元メンバーでフリーランス記者の李宗澤、政治団体「香港故事」メンバーの李宇軒らの活動家も逮捕されている(余談ながら李宗澤は保釈後の8月27日、台湾に密航亡命を試みて中国当局に拘束された)。

 周庭はこうした活動家たちのなかでは比較的知名度が高いほうだ。しかし当然ながら、香港社会に対する影響力の高さは黎智英に及ぶべくもない。

「日本担当の営業さん」周庭

 周庭が黄之鋒らと所属していた組織「デモシスト」は、香港民主化問題についての海外へのロビー運動やPRを活動の中心に据え、ゆえに中国当局から完全に目の敵にされてきた。中国共産党は伝統的に、自国の反体制勢力が「海外勢力と結託」する行為に対して異常なほど神経質であるためだ。

 だが、実はデモシストの規模は数十人程度で、対外的な知名度はともかく香港内部での影響力は強くない。動員能力もなければ、もちろん香港デモ全体に号令をかけられるような立場でもない(デモシストの前身になった学生運動組織は、2014年の雨傘革命当時は中心的な立ち位置にあったが)。

 しかも、周庭はデモシストの党首ですらなく、同団体における日本向けのロビー運動・PR活動担当者だ。なお、アメリカやイギリスへの働きかけは、先日亡命した党首の羅冠聡(ネイサン・ロー)や黄之鋒ら、英語が上手で欧米圏での知名度が高いメンバーが担当している。

 もちろん、強大な権力に対して健気に立ち向かっている周庭の活動は尊敬に値する。だが、日本の報道のなかであたかも香港デモ全体の代表者のように報じられ、その逮捕が政界までも巻き込むことになった「民主の女神」の実像は、会社組織に置き換えれば「自社担当の営業さん」ポジションの人であるにすぎない。この点については、やはり指摘せざるを得ないところだろう。

「民主の女神」は日本側の造語

 日本における周庭人気の高さと、いち政治活動家にすぎない彼女の逮捕に対して日本社会が際立って強い関心を示したことは、逆に中華圏メディアの側からは不思議な現象として受け止められた。

 ゆえに台湾や香港を中心に、最近はこの珍現象それ自体を報じる動きが目立っている。以下、周庭逮捕後に発表された日本絡みの中国語記事のごく一部を紹介してみよう。

「日本のネットユーザーはなぜ周庭を応援するのか? 国安法制定後に揺れる中日関係」(香港『端伝媒』8/18)

「日本ではなぜ、李登輝を懐かしみ周庭を応援するブームが盛り上がったのか」(香港『端伝媒』8/22)

「周庭は日本人にとって、ずいぶん珍しい『隣の家の女の子』なのだ」(香港『明報』8/23)※日本人研究者の倉田徹氏による中国語記事

「周庭が揺り動かした不協和音。日本社会はどうやって『香港』に集まったのか」(台湾『聯合新聞網』8/13)

「周庭──清水潔──そして欅坂46」(台湾『風伝媒』8/23)

「日本人はなぜ周庭にハマるのか? 学者が緻密に分析 黄之鋒・羅冠聡もイチオシ」(台湾『自由時報』8/23)

「日本人の心の中の香港の民主の女神周庭は、日本政府の対香港方針を左右するに足る」(アメリカ(華字)『自由亜州電台(RFA)』8/12)

 ちなみに周庭を指す「民主の女神」という別名は、実は日本メディアを中心に広められたもので、中華圏(特に香港)の報道では従来使われていなかった。だが、最近は日本側の造語が逆輸入されてしまい、特に台湾を中心に「民主女神周庭」という表現がしばしば見られるようになっている。

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