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一つの時代が終わった日。

午後2時くらいに、突如としてNHKの速報で流れた「安倍総理、辞任」の報。

総理会見で自身の体調についても言及する、という話は数日前から出ていたし、それ以前からの「健康不安」報道とも相まって、何かしらかのバッドニュースが出ることを想像していた人はそれなりにいただろうが、いきなりこのタイミングで「辞任」というカードを切ってくることまでは、さすがに想像できなかった。

おかげで、前日のNY市場の好況を受けて午前中から比較的順調に推移していた東証の株価指数も、速報が流れた途端に一気に大暴落し、その後は乱高下を繰り返す荒れ模様に。

気持ちよく迎えられるはずだった月末の週末にモヤモヤを持ち越すことになってしまった人も多いのではなかろうか*1

もっとも、「新型コロナ」という特殊要因さえなければ、今頃は「総理退陣」ムードが高まっていても全く不思議ではなかったはずで、だからこそ、自分は昨秋の内閣改造の時、エントリーの見出しに「最後の」という一言を入れたし*2、年初の「占い」でも首相交代は当然あるだろう、という前提で記事を書いた*3

自民党の総裁任期は2021年まで残っているとはいえ、歴代首相最長の連続在任記録を更新し、念願の東京五輪・パラリンピックも無事執り行うことができた、となれば、普通の感覚の人間なら、支持率が下がる可能性しかないその後の任期をわざわざ全うしようなどと思わないだろう、残りの任期が3年、4年あるならともかく実質的に1年あるかどうか、という状況では、憲法改正や外交面の諸課題をやり遂げることも難しいのだから・・・というのが当時の読み。加えて、総理ご自身の体調があまりよろしくない、ということは、2年前の総裁選の頃から、どこからともなく流れてきていた話でもあったからなおさらである*4

ただ、「新型コロナ」という想定外の事態が五輪のスケジュールを狂わせ、さらに、ここまで8年近く取り組んできた「安倍政権の経済政策」を根底からひっくり返そうとしている状況*5で、自ら「退く」という判断をする、ということまでは、さすがに見通すことができなかった。

それだけ深刻な事態が到来していた、ということなのだろうが、これまで、普通の政権だったら総理退陣に至ったとしても不思議ではないような様々な事件、騒動に巻き込まれながらも、再三にわたって切り抜け、むしろ政権基盤を強化してきた感もあった現政権がこういう形で終わりを迎えることになるとは、もう何といったらよいのか・・・。

速報に接してからずっと、「権力の儚さ」というフレーズが頭の中から離れない、そんな一日になってしまった気がする。

ちなみに、この退陣劇に際して、いろんな方々が発したコメントが、良いとか悪いとかといった堂々巡りの議論が続けられているようだが、国家の一機関である「安倍内閣総理大臣」と、一個人としての「安倍晋三氏」は区別されるべきだと自分は思っている。

これまで8年近く、国家観や安保政策に始まり、経済政策から国会の運営姿勢、さらには永田町、霞が関の人事施策に至るまで、称えるものから「けしからん、無能だ!」といったものまで様々な声に晒されてきたのが「安倍総理」だったわけだが、それらがあたかも個人に対して向けられているように見えるのは単なるレトリックに過ぎず、いかなる称賛、批判も、向けられるべき先は内閣を代表する機関としての「総理大臣」だったはず。

そもそも、大きな組織の中で仕事をしたことがある人であれば、その一番上にいる人が決められることなどほとんどない、ということは十二分に承知されていることだろう。

多くのことは、トップのところまで上がってくる前に大方の方針が出来上がっていて、報告を受けることはあっても判断を求められることは稀。

そのわずかな「判断を求められる」マターに関してすら、白紙のまっさらな状態で自分の意見を打ち出すなどということは到底できることではなく、整えられた大枠の中で限られた選択肢を選ぶだけ、というのが実態だったりするから、そこに個々人の力量が反映される余地など実はほとんどなかったりもする*6

もちろん、そういう過程を経て打ち出された政策の評判が悪かったり、失敗に終わったりすれば、代表して責任を取るのはまさに「トップ」だから、「総理大臣」が批判の矢面に立たされることは当然の結果だと思うのだが、それは「総理大臣」という地位が内閣を代表しているからに過ぎないのであって、それを飛び越えて「個人」の批判につながるような領域にまで踏み込むのはいくら何でもやり過ぎというものである*7

そして、これを裏返して今回の件を眺めるなら、メディアや野党の政治家のコメントは、全て「内閣総理大臣」としての安倍氏に向けられているのだから、そりゃ厳しい表現になるのも当然だし、「病気による辞任」だからこそより厳しくなる、ということも、決して誤った方向ではないと思うところ。

また、職を離れた一個人としての安倍氏に対しては、最大限のねぎらいや同情、お見舞いの言葉が向けられて然るべきだとは思うが、本来それを言えるのは、きちんと個人対個人の関係で接点のある人々だけだと自分は思っているから、例えばオフィシャルな記者会見のような場で「お疲れさま」等々の言葉が飛び交うことにはちょっとした違和感もある。

おそらくは安倍総理退陣後も、後任の総理大臣は前任者の路線を大きく変えることはしないだろう*8から、トップが変わった後になって、スタックしていた政策等に関し、今更ながら「安倍晋三氏のせいではなかったんだ」ということに気づく人も結構出てくるような気もして、それはそれで見ものかもしれない・・・。

最後に、退陣する総理が収めていた時代が良い時代だったのか、それともその逆か、という評価は、もう少し歳月が経たなければ分からないものだと思っているが、個人的には、あれだけコンスタントに選挙で与党が十分な議席を確保し、支持率も終始大きく落ち込むことはなかったにもかかわらず、重要な政策を進めていく際に世論に合わせてしまう傾向が垣間見えることが多かったのは、ちょっと残念ではあった。

今の内閣は、任期中を通じて、「強い支持を受けたからこれをやる」というスタンスよりも、「強い支持をキープできるようにこれをする」というスタンスの方が前面に出ることが多かったような気がするし、ヘタに前者でおかしな方向に動かれるよりは、後者の方がよかった、という考え方も当然あり得る。

ただ、一つだけ言えることは、冒頭で挙げた「儚さ」という言葉は、首相の座にとどまらず「政権」そのものにも当てはまるものである、ということ。そして、なぜかよく見かける「首相は変わっても、与野党の構図は永久に変わらない」という思い込みは、今の小選挙区制、という制度の下では一瞬で吹き飛んでしまうものでもある、ということは心に留めておく方が良いのかな、と思った次第である。

*1:かくいう自分がその典型・・・。

*2:「最後の改造」の凄みとその先にあるもの。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~ 残念なことに、その時に入閣した閣僚が今や刑事被告人の立場になってしまっていたりもするのだが・・・。

*3:今年も懲りずに「占い」を。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*4:公式発表によれば、「8月上旬」に持病が「再発」した、ということだが、もしかしたらより深刻な事態になっているのかもしれず、それはもう少し時間が経てば分かることでもあると思っている。

*5:今回の新型コロナ禍では、この8年の間に政権が力を入れて取り組み一時はそれなりに結果も出ていた分野に経済的打撃が集中し、逆に政権があまり関心を示していなかった(ように見えた)分野で活況に繋がっている、という実にする、という実に皮肉な現象が生じている。訪日外国人増加施策にしても、地方創生施策にしても、円安誘導による製造業支援策にしても、昨年くらいからかなりペースダウンが目立ってきていて、(新型コロナがなくても)五輪が終わるかどうかのタイミングで完全に息切れしそうな気配もあっただけに、「全部コロナのせい」にするのは本当は良くないと思うのだが、それでもこの急激な落ち込みは、コロナ抜きで説明することは不可能である。

*6:そういう役回りが嫌な海の向こうの大統領は、人事権をフルに行使することで名実ともに「俺様」キャラを確立させることに成功したのだが、その代償として政権の命運はまもなく尽きようとしている。

*7:実際に実務を動かす地位にある者を「選ぶ」ということを通じて政策を動かすこともできるのだから、少なくともその部分に関しては個人の資質等が問われる余地もあるのでは?という意見もあるだろうが、首相の一存だけで決められるようなポストが果たしてどれだけあるのか、ということを考えると、この理屈もまた、あまり説得力がない気がする。

*8:というか、現実にはやろうと思っても今の様々な制約環境の下ではできない可能性が高いし、だからこそ自民党も「前政権の路線を踏襲できる」候補者を次期総裁に選出するだろうと思われる。

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