記事

北朝鮮工作船に“防弾チョッキなし”で乗り込め…あの日、海上自衛官は死を覚悟した 『邦人奪還』の原点「能登半島沖不審船事件」 #2 - 伊藤 祐靖

1/2

「めっ、目の前にいます」北朝鮮拉致船と遭遇…元海上自衛官が明かす“怒りと緊迫の現場” から続く

〈首相と官房長官がしなければならないことですか? 拉致被害者を救出するために、何を失うことを許容するのか、具体的に申し上げれば、特殊部隊員何名の命と引き替えにするのかを決めていただければ〉

 これは自衛隊特殊部隊による拉致被害者の奪還をテーマにしたドキュメント・ノベル『邦人奪還:自衛隊特殊部隊が動くとき』の一節だ。元自衛隊特殊部隊員の伊藤祐靖(すけやす)氏が、現場の作戦行動の詳細から、首相官邸や霞が関など政府の動きまでを精緻にシミュレーションした同書がいま、話題になっている。

「現場のリアルを伝えることにこだわった」伊藤氏が同書を執筆したきっかけは、「能登半島沖不審船事件」(1999年)にあるという。海上自衛隊が北朝鮮工作母船と遭遇したその日、現場では一体何が起きていたのか。伊藤氏が“隊員全滅”をも覚悟したという壮絶な記憶を明かした。(全2回の2回目/前編から続く)

◆◆◆

1999年3月23日、伊藤氏が航海長を務める護衛艦「みょうこう」は、富山湾で北朝鮮工作員を乗せた不審船を発見。黒煙を吹き出しながら猛スピードで北上する不審船に対し、ともに追尾していた海上保安庁の巡視船は威嚇射撃を行った後、燃料不足を理由に帰投してしまった。そして、海上自衛隊創設以来初の実戦命令である「海上警備行動」が発令。北朝鮮工作員との交戦を前に、艦内はかつてない緊張に包まれた――。

“訓練ではない射撃”が始まった

 艦長の全身から、緊張感があふれ出ていた。それはすぐに、緊張ではなく、恐怖に近い不安だということがわかった。艦長はとてつもない不安のまっただ中にいる。そして、これだけの人数に囲まれているというのに孤独を感じているのだとも思った。

 恐怖に近い不安と孤独の中で艦長は、腕を組み、まっすぐ前を見据えていた。わずかに上下する肩が呼吸の荒さを示し、艦長のドクンドクンという心臓の鼓動まで聞こえるような気がした。そのまっすぐに前を見据える目には、保身も私心も邪心もなく、ただひたすらに任務を全うしようとする強く熱いものがあった。

 自衛隊が抱える憲法との矛盾、パンドラの箱だかなんだか知らないが、俺たちは今ここで生きている。誰が何と言おうと、たった今、我々は確実に必要とされている。政府が海上警備行動を発令したのが何よりの証拠だ。憲法云々とは別に、今は俺たちにしかできないことを全力でするだけの話だ。今までの時間はこのための準備期間だったんだ。


「第二大和丸」と書かれた北朝鮮の工作母船(海上保安庁撮影)

 艦長は、目をカッと見開くと、押し殺したような低い声で戦闘号令を発した。

「戦闘、右砲戦! 同航のエコー〈E〉目標!」(このときは工作船をEと呼んだ)

 いよいよ訓練ではない射撃が開始されてしまった。

「頼むから、当たっちまう前に止まってくれ!」

 艦長の戦闘号令に従い艦内は、驚くほどスムーズに、滞りなく、水が流れるように、何から何までうまくいった。これこそが訓練のたまものである。

 初弾は依然として34ノットで進む工作母船の後方200メートルに着弾させたが、工作母船に減速する兆候はまったく見られなかった。前方200、後方100、前方100と弾着点を工作母船に近づけていった。工作母船を木っ端みじんにしてしまうギリギリの距離まで弾着点を近づけて、何十発も警告射撃を行った。だが、工作母船は減速の兆候をまったく見せなかった。

 私の心の中の声は、「止まれ、こん外道が!」から、あれだけの至近弾を食らっても止まらない彼らに対する尊敬の念にも近い「お前ら人間じゃねえ……」になり、「止まってくれ! 頼むから、当たっちまう前に止まってくれ!」に変わっていった。

 それは本当にギリギリで、ちょっとでもどこかにミスがあれば、乗っているかもしれない拉致された日本人ごと木っ端みじんにしてしまうからである。その思いが通じたはずは絶対にないが、工作母船は突然、停止した。

 停止した瞬間に、私の頭の中は真っ白になった。

 なぜなら、停止となれば、次は立入検査をしなければならないからである。しかし、「みょうこう」は立入検査をできない。私は教育訓練係士官である。訓練計画を立てる以上、下士官たちの練度はすべて把握しているが、そういうレベルの話ではなく、一回も立入検査の訓練をしたことがないのである。

防弾チョッキなしで工作母船に乗り込めとは……

 もともと海軍の仕事は船の沈め合いがすべてだったが、90年代から武器による抵抗が予想される船舶に乗り込んで、積み荷の検査をしようという考えが世界的に広まり始めた。海上自衛隊もその流れに乗る形で研究を開始し、各艦にその資料を配付し始めた時期だった。

 だからまだ、艦内には防弾チョッキさえも装備されていなかった。訓練さえもできる状態ではなかったのである。

 それなのにいきなり北朝鮮の工作母船に乗り込め、というのだ。

 携行する武器にいたっては、撃ったことはおろか、触ったこともない者がほとんどだった。なぜなら立入検査隊員は、1名の幹部以外すべて下士官であり、下士官は小銃の射撃訓練ならば普段から実施しているが、通常幹部が持つ拳銃は訓練したことがないからである。立入検査隊は、狭い艦内で使用することと、自衛のための武器という意味合いもあってか、携行しやすく取り回しもしやすい拳銃を持っていくことになっているのに、である。

 そんな彼らが、この真っ暗な日本海で相手の船に乗り込んで、北朝鮮の高度な軍事訓練を受けている工作員たちと銃撃戦をする。そして拉致されている最中の日本人を奪還してくる。そんなことできるはずがない。

 幸運に幸運が10回くらい重なって銃撃戦で工作員たちをねじ伏せたとしても、北朝鮮の工作母船には自爆装置が装備されている。どう考えても、立入検査隊は任務も達成できないし、確実に全滅する。

“戦死”の可能性が現実に

「海上警備行動が発令された。総員戦闘配置につけ」という副長の艦内放送の声で、立入検査隊員たちは食堂に集まってはいた。

 ついさっきまで、「平成の世の中で、海上自衛隊の俺が戦死?」「ありえない、ありえない」と話していた彼らだが、工作母船の停止で出撃が現実味を帯びだすと、いっせいに表情がこわばった。そして、全乗員の誰もが立入検査隊を派出したくないと思っているのに、みんなテキパキと動いて、とうとうすべての準備を整えてしまった。最後に個人装備品を装着するためにいったん解散し、10分後に食堂で再集合となった。

 この時に私の直属の部下で、手旗信号要員として立入検査隊に指定されている者が私のところに来た。赤白の小旗を一本ずつ持ち、カタカナの形を表し、通信する手旗信号を、海上自衛隊は現在でも使用している。

「航海長、私の任務は手旗信号なんです。こんな暗夜にあの距離で、手旗を読めるはずがありません。私が行く意味はあるのでしょうか?」

 すがるような目つきだった。正直、私も行く意味はないと思った。だが、口をついて出た言葉は、正反対のものだった。

あわせて読みたい

「北朝鮮」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    GoToで客殺到 高級ホテル避けよ

    内藤忍

  2. 2

    小沢氏の「政権獲得」宣言に呆れ

    早川忠孝

  3. 3

    大量廃棄も…鰻の養殖技術進む

    ABEMA TIMES

  4. 4

    65歳はもはや「高齢者」ではない

    内藤忍

  5. 5

    植草&錦織が漏らしていた格差

    文春オンライン

  6. 6

    貧困率15% 新興国水準に近い日本

    六辻彰二/MUTSUJI Shoji

  7. 7

    政権狙う? 連立動かぬ野党に疑問

    紙屋高雪

  8. 8

    アルコール依存バンドマンの悲哀

    常見陽平

  9. 9

    「時代劇」半沢直樹を楽しむ方法

    大関暁夫

  10. 10

    枝野氏は共産党と組む覚悟が必要

    毒蝮三太夫

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。