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“生かす医療”と“死なせる医療”。分岐点を見極めるには長期的な視点で判断することです -「賢人論。」第119回(中編)小堀鷗一郎

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小堀医師は“生かす医療”と“死なせる医療”があると語る。前者は文字通り「救命・根治・延命」のための医療。後者は終末期の患者に穏やかな死を迎えさせるための「緩和ケア」中心の医療である。この両者のバランスをどう取るかは、近い将来に必ず到来する“超高齢多死社会”における最重要課題の1つだ。しかし、人それぞれの“死にどき”もまた異なるため、これまで400人以上の患者を看取ってきた小堀医師をもってしても、“生かす医療”から“死なせる医療”への切り替えは難しいという。人生最期の「ターニングポイント」の見極めについて話を伺った。

取材・文/木村光一 撮影/荻山 拓也

医療の原点は、あくまで患者の命を救うこと

みんなの介護 小堀先生は積極的な医療に関して“生かす医療”、対して在宅医療の局面で“死なせる医療”という言葉を使われていますが、具体的にご説明いただけますか。

小堀 僕が“死なせる医療”という言葉を使うようになったのは割と最近のことで、そのきっかけになったのが、知り合いの医師から聞いたこんな話でした。

元気に日常生活を送っていた96歳の男性が、ある日、トイレの便座に腰をかけてから立ち上がれなくなってしまった。すぐに都内の大病院に搬送されたものの、すでに食べものも受けつけない状態になっていたため、担当した若い医師は「維持療法」といって水分だけを与えるのみで検査や治療を行わなかったそうです。

しかし、不審に思った男性の娘さんが自分の通っている病院へ転院させて状況が一変。CT検査をしてもらったところ、男性が肺炎にかかっていたことが判明しました。抗生物質を点滴したらあっという間に元気を取り戻したんです。

つまり、男性は“生かす医療”から“死なせる医療”へのターニングポイントをまだ超えてはいなかった。若い医師は男性が90歳を超える高齢であったことから、見極めを誤ってしまったわけです。

みんなの介護 どうしてそんなことになってしまったのでしょう。通常の検査を行えばどんな症状かは簡単にわかったことですよね。

小堀 近年の在宅死を美化する風潮も関係していたのかもしれません。その若い医師のやり方は、何が何でも延命治療を行わない先駆的な医師と見ることもできますから。

ただし、高齢だからという理由で検査を行わず“死なせる医療”を選択したのだとすれば、それは大きな間違いです。医療の原点は、あくまで患者の命を救うこと。それを忘れてしまっては本末顛倒というよりほかありません。

毎日顔を合わせていても、“死にどき”の判断を誤ることもあり得ます

小堀 実は僕もこの若い医師と同じミスを犯したことがありました。

以前出会った方の中で夫と早くに死別しており、97歳でアパートに1人で暮らしていた女性がいらっしゃいました。子どももおらず、肉親は関西在住の実弟が1人いますが、その弟さんもパーキンソン病で介護を受けているといった境遇の方でした。

ある冬の日、その女性は脱水症状を起こして堀ノ内病院に救急搬送。しかし「どうしても家へ帰りたい」と言って聞かなかったため、半ば強制退院のような形で翌日自宅へ戻り、僕が定期的に訪問して様子を見ていくことになったんです。はじめて訪問診療を行ったときのことは忘れられません。戦前、活動写真女優(映画女優)として活躍していたという彼女は化粧をし、台湾で国策映画に出演した際に贈られたというチャイナドレスの装いで僕を待っていました。部屋の様子を窺うと、壁一面、彼女自身の全盛期のブロマイド、映画監督だった亡夫、ハンチング帽にマフラーという、当時の粋なファッションで決めたカメラマンの義弟の写真などで埋め尽くされており、まさにセピア色の世界。つまり、女性は華やかであった日々の思い出に彩られたその部屋を、片時も離れたくなかったわけです。

みんなの介護 その方にとって、ご自宅は大切な場所だったのですね。その後はどうなったのでしょうか。

小堀 彼女は夏頃から歩行困難になり、しばしば室内で転倒して動けなくなっているところを訪問ヘルパーに発見されるようになったため、在宅主治医として今後のことを話し合いました。

彼女の希望はあくまで「この部屋で最期を迎えたい」の一点張り。したがって、唯一の肉親である弟さんにも「私が看取りますので、合意確認書に署名捺印して送り返してください」という内容の手紙を送りましたが返事はありませんでした。

しかし秋が近づいたある日、ヘルパーがご自宅を訪ねると内側から鍵がかかっていて返事がなく、レスキュー隊を要請。ドアチェーンを切断して部屋に入ると彼女が倒れていて、そのまま堀ノ内病院へ搬送されて入院することになりました。結果として、「自分の部屋で死にたい」という彼女の希望は叶えられなかったんです。

みんなの介護 その方は「家に帰りたい」とおっしゃったのでしょうか。

小堀 実はそうではなかったんです。あれだけ入院を嫌がっていた彼女が、なぜか「もう少しここにいてもいい」と言い出した。以前、小島院長(現・理事長)に「夜中に口内炎が痛い」と訴えたところ、口の中に指を入れて軟膏を塗ってくれたことに感激したため、気持ちが変わったそうです。しばらくの間、僕が複製してあげた自身のブロマイド写真を眺めながら入院。その後は施設に移り、3年を経た今もセピア色の思い出に浸りながら元気に過ごしています。

結局、僕と女性が話し合って自室での死を選択したときは、まだ死にどきではなかった。こんなふうに訪問医として毎日のように顔を合わせていても、生かす医療から死なせる医療へのターニングポイントを見極める判断は極めて難しいということなんです。 

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