- 2020年08月25日 16:53
「バノン逮捕」があぶり出す「トランプ共和党」の亀裂と「右派ポピュリズム」の限界 - 杉田弘毅
1/3天国から地獄――。映画のような派手な政治劇を地で行く、トランプ政権元首席戦略官スティーブ・バノン(66)の逮捕と起訴である。
彼がいなかったらホワイトハウスの主にはなれなかったと言われるドナルド・トランプ米大統領は、
「彼とはもう長く付き合っていない」
と冷たく突き放した。国境の壁、中国との対決、「ディープ・ステート」潰し、フェイクニュースのレッテル貼りなど、トランプ大統領の多くの戦略・戦術はバノンに負う。選挙戦の逆転を狙って助けを借りたいのが本音かもしれないが、今となっては刑事被告人バノンと距離を置くしかない。
それにしても、希代の戦略家バノンはなぜ逮捕されたのか。
バノンの逮捕はいくつものカラフルなファクターにあふれている。
逮捕容疑は、トランプ大統領の重要公約である対メキシコ「国境の壁」建設資金の詐取だ。
筆者は、2019年3月に来日したバノンを長時間インタビューした(『ポピュリズムと地政学:バノン思想の「今」を探る』2019年3月22日)が、彼は2020年大統領選挙でのトランプ再選のカギは「壁」と力説していた。不法移民をシャットアウトする壁建設は民主党支持者も過半数が支持する政策だから、実現すれば、勝利は固いという説明だった。
バノンは2017年8月に、大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー上級顧問との争いに敗れてホワイトハウスを去った後、壁建設のための資金をクラウドファンディングで集める組織「われわれが壁をつくる」を創設。50万人から2500万ドル(約26億4600万円)を集めた。
起訴状は、2500万ドルのうち1100万ドル(約11億6400万円)を使って、ニューメキシコ州とテキサス州の2カ所で合計1.6キロの壁を建設したが、100万ドル(約1億500万円)以上をバノンは旅行や私的な買い物に使ったと明らかにしている。
バノンは、この組織は非営利団体ですべての寄付金は壁建設用に使われ、自分は一銭の利益も得ないボランティアだ、と説明していたから、確かに詐欺に当たる。犯行を隠すために偽の請求書や帳簿をつくり、隠蔽工作も行った。
詐欺と資金洗浄の罪でバノンは最高で禁錮40年の刑となる可能性がある。不法移民の侵略から米国社会を守ると誓っていたバノンなのに、支持者が大義に投じた金で私腹を肥やしたとなれば、イメージは失墜だ。
謎の中国人実業家
逮捕された時、バノンはコネチカット州ウエストブルック沖に停泊していた中国人実業家・郭文貴所有の大型ヨットで寝泊まりしていた。「中国は世界の害悪」と断言するバノンの信条からすれば、中国人実業家と聞いて一瞬耳を疑ってしまう。
郭文貴は中国山東省出身で、不動産ビジネスで成功した。中国国家安全省と関係が深かったが、同省による汚職捜査が迫っていることを知って2014年に渡米。マンハッタンの高級住宅街に居を構え、中国共産党高官の腐敗を自らのSNSなどで激しく追及している。中国共産党攻撃のために1億5000万ドルの私財を投入すると米メディアに語り、共産党に批判的な在外中国人の支持を集めた。2017年には中国当局の要請で国際刑事警察機構(インターポール)が贈賄、詐欺、資金洗浄の容疑で国際手配を行った。
バノンとの接点は2018年にさかのぼる。郭とバノンは中国共産党攻撃で一致し、2018年11月、共産党の腐敗を暴露し迫害された人々を支援するための「法治基金」と呼ぶ組織をつくり、郭が1億ドル(約105億8500万円)を提供し、バノンが会長に就任した。
今年春には、郭とバノンは「GTVメディア」という中国批判とEコマースを行う新企業を立ち上げ、私募債を発行して3億ドル(約317億6100万円)を超す出資を集めた。
だがこの私募債発行について、出資者が債券など出資を証明する文書が届いていないとして被害を訴え、米連邦捜査局(FBI)と証券取引委員会(SEC)が証券取引法違反の疑いで捜査を始めた。FBIは郭が米国で集めた他の資金についても昨年から捜査に着手していた。
2人は郭の時価2800万ドル(約29億6300万円)のヨットで一緒に過ごす時間も多く、中国との戦い方を話し合っていたという。
逮捕されたバノンはニューヨーク連邦地裁での罪状認否に出廷した際、真っ赤に日焼けしていたが、長いヨット暮らしならではである。
なぜ「今」なのか
バノン逮捕にはいくつかの謎が浮かぶ。
1つは、郭文貴の役割だ。郭が中国共産党の敵ではなく、実はスパイだという見方が一部で流れている。2018年に米コンサルティング企業が、郭が所有する企業から「中国共産党幹部と関連を持つ人物」の調査を依頼されたが、実際に対象となったのは、反体制派の在米中国人であり、この企業は郭が「反体制派狩り」を行っていると非難した。郭は、
「自分は共産党から指名手配されている人間だ」
と疑いを全面的に否定している。
また、普段からプライベートジェットで旅行する裕福なバノンが詐欺行為をしたのはなぜだろうか。連邦地裁も保釈金500万ドル(約5億2900万円)の支払いで保釈を認めたのだから、バノンの資力を確認しているのだが、実生活では貧窮していたのだろうか。それとも、微罪での逮捕を突破口にさらに大きな犯罪捜査が控えているのだろうか。
そして大きな謎は、なぜ大統領選が本格化するこの時期の逮捕なのか、という点だ。
実は8月に入って矢継ぎ早にバノン包囲網が狭まっていた。
逮捕は8月20日だが、その1日前の19日には、『ウォール・ストリート・ジャーナル』が先述した郭文貴とバノンの私募債発行をめぐる疑惑と、2人への捜査開始をスクープした。また8月17日には、上院情報委員会が、ロシアゲート疑惑でバノンが偽証した疑いがあるとして司法省に捜査を要求したことを明らかにした。連続した動きは、バノンを捕えようと司法当局や議会が組織的に動いていることを意味する。