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李登輝先生の思い出

 令和2年8月9日午後、台湾総統府に隣接する台北賓館において、李登輝先生に最後のお別れを申し上げて参りました。超党派議員300人超からなる日華議員懇談会の副会長として、この弔問団に参画できたこと感慨ひとしおです。

 満面の笑みを湛えた李登輝先生のご遺影と向き合った時、私は、深い悲しみに暮れるとともに、新型コロナウィルスとの闘いにおいて目覚ましい成果を挙げた祖国台湾の姿に世界が瞠目した歴史的瞬間を見届けて、先生が天に召されたことを悟り胸がいっぱいになりました。


 私が李登輝先生と「出会った」のは米国留学中の1996年。その年は、台湾の歴史にとりまさしく画期をなす年となりました。それは、李登輝先生が生涯を懸けた「台湾民主化」のハイライトとなる史上初の民選総統選挙を実現した年であり、同時に台湾人が台湾語を公に堂々と語れるようになった最初の選挙でもあり、そこから「台湾アイデンティティ」が一気に高まっていくことになったのです。さらに、その年は、台湾が大陸中国を向こうに回してその圧倒的な軍事圧力を見事に撥ね返した年でもありました。世にいう「台湾海峡危機」です。当時ワシントンに留学中だった私は、この時の李登輝総統閣下の傑出したリーダーシップに感銘を受けたのです。その後、司馬遼太郎の『街道をゆく―台湾紀行』で先生の人となりを深く知り、いよいよ哲人政治家・李登輝への関心を膨らませていきました。

 その憧れの李登輝先生に初めて直にお目にかかる幸運に恵まれたのは、2004年、国政初当選から1年もたたない夏の日の午後でした。若手議員有志で編成した訪台団の一員として、台北市淡水にある李登輝先生のオフィスを訪れたのです。夢のような時間でしたが、最初から最後まで私たち日本の若い政治家を叱咤激励すること頻りでした。以来、最後にお目にかかった2016年9月までの間に計6回、先生と親しくお話しする機会を得ました。とくに、2013年10月にはご自宅を訪い、直接その謦咳(けいがい)に触れることができたのは、政治家として、否ひとりの人間として望外の幸せでした。3時間半にわたる直接指導は、文字通り魂を揺さぶるものでした。そこでの話で最も印象に残ったのが次の言葉です。

「大事を成すに、直進は迂回に如かず」

(大きな目標を立てた時、私は真っすぐそこに進むことはありません。必ず遠回りをすることにしています。)


 これは、政治家・李登輝のリアリズムを如実に表した至言であると、今も胸に刻んでいます。たしかに、先生は、1971年に突然蒋経国総統から副総統に抜擢されて以来、外省人が仕切っていた国民党中枢にあって、圧倒的なマイノリティである本省人として激烈な権力闘争をくぐり抜け、忍耐強く四半世紀の時を費やし96年の総統選を勝ち抜くことにより、「台湾人の台湾人による台湾人のための台湾」をついに実現したのです。過去40年間立法院を牛耳ってきた万年議員を大量引退に追い込んだ手法については、先生の名著『最高指導者の条件』に詳しいですが、党、政府、軍の中枢を粘り強く掌握しつつ、外省人パワーを一つ一つ骨抜きにして、96年の民選総統選の実施にまで漕ぎつけた緻密な知略と周到な政略には、驚嘆を禁じえません。まさしく、「大事を成すに迂回を厭わぬ」李登輝先生の面目躍如たるものがあります。


 さて、遺された私たちの双肩には、100年に一度といわれる世界史的な課題が圧し掛かっています。一つは、新型コロナ・パンデミック。今一つは、自由で開かれた戦後の国際秩序を脅かす中国の挑戦です。幸い、前者については、台湾が素晴らしいお手本を示してくれましたし、我が国を含むアジア諸国では概ね爆発的な感染拡大や医療崩壊を防ぐことができています。より深刻なのは、中国の対外強硬路線です。南シナ海ではすでに広大な人工島が築かれ着々と軍事要塞化が進められています。東シナ海の尖閣諸島周辺では連日中国の準軍事組織「海警」の船舶が我が国の実効支配にチャレンジしています。すべては、台湾併呑への布石と見られています。南シナ海の島々に中国軍の軍用機や軍艦が配備され、尖閣が中国のコントロール下に陥れば、台湾も沖縄を含む南西諸島も風前の灯火となるでしょう。

 すなわち、李登輝先生が繰り返し仰っておられたように、日本と台湾は紛れもなく「運命共同体」なのです。力によって一方的な現状変更を試みる中国の圧力を撥ね返すには、李登輝先生が示された不屈の精神と綿密周到な有志国の連携が必要です。そして、何よりも、日本と台湾との間に「正式な国交未満」のあらゆる関係―FTAからインテリジェンス・シェアリング、さらには先端技術の共同研究開発など―を深化、拡大させていくことが、両国の安全保障にとり最も重要であると考えます。7年前、ご自宅で李登輝先生から託されたこと、それは、日本にも(1979年の米華断交の際に)米国議会が制定したような「日本版・台湾関係法」を制定することに他なりません。李登輝先生ご逝去にあたり、私は、正式な国交回復に代わる実質的な日台関係の深化を急がねばならないと、誓いを新たにいたしました。

 李登輝先生、東アジアの平和と安定と繁栄のため、先生が示された不屈の精神を引き継いで困難に立ち向かう私たちを、どうぞ天国から見守ってください。合掌

衆議院議員 長島昭久

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