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京都大学教授の山中伸弥iPS細胞研究所長のノーベル生理学・医学賞に5年前の電話取材を思う

スウェーデンのカロリンスカ研究所は8日、2012年のノーベル生理学・医学賞を京都大学教授の山中伸弥iPS細胞研究所長(50)とジョン・ガードン英ケンブリッジ大教授の2人に授与すると発表した。

山中教授は2006年に世界で初めてマウスの皮膚細胞からさまざまな臓器や組織に成長する万能細胞のiPS細胞を作った。翌2007年には人間でもiPS細胞の作製に成功し、世界に衝撃を与えた。

筆者がiPS細胞について初めて知ったのは2007年11月17日、土曜の朝(ロンドン時間)のことだった。少し寝坊したので、あわてて英各紙の記事をネットでチェックした。英紙デーリー・テレグラフのサイトをみると「ドリーを生んだウィルマット博士、クローン研究を断念」という大見出しが飛び込んできた。

なぜだろうと思って読み進むと、1997年にクローン羊ドリーをつくった英エディンバラ大学のイアン・ウィルマット博士がインタビューに答えていた。記事中に「Shinya Yamanaka」という日本人の名前があった。結論は、ウィルマット博士が、人間の未受精卵に患者の細胞から取り出した核を移植するヒトクローン胚から万能細胞をつくる研究をやめるというものだった。

当時、ヒトクローン胚研究は万能細胞をつくる切り札と考えられていたので、驚いた。

山中教授はマウスの皮膚細胞から胚(はい)性幹(ES)細胞のような細胞をつくることに成功したと日本で報じられていた。この成功を受けて、ウィルマット博士はクローン研究をやめるというのだった。

ES細胞は人間の受精卵からつくるため倫理上大きな問題を抱えており、日本での研究には限界があった。

筆者はロンドン特派員になって4カ月が過ぎていた。その年の9月、英政府機関は核を除去した動物の卵にヒトの体細胞の核を移植するヒト性融合胚の作成を世界で初めて承認していた。万能細胞について詳しい知識は持ち合わせていない筆者は山中教授の研究室をネットで調べて国際電話をかけた。

日本は土曜の夕方だったが、電話に出たのは何と当の山中教授だった。テレグラフ紙を読み上げ、「ウィルマット博士はヒトクローン胚の研究をやめるといっています、一体なぜなんでしょう」と素朴な疑問をぶつけてみた。

山中教授は小学生に教えるようにわかりやすく解説してくれた。細胞にはすべての設計図が盛り込まれているが、遺伝子によってその一部だけが働いている。「ベクター」と呼ばれる運び屋ウイルスで4種類の遺伝子をマウスの皮膚細胞に組み込んでやると、ES細胞と似た万能細胞(iPS細胞)ができたという。

筆者は山中教授が作ったというiPS細胞とES細胞とどう違うのか尋ねてみた。

山中教授は「実はES細胞とまったく同じなんですよ」と答えた。

驚いた筆者は「先生、それではマウスの皮膚細胞からES細胞をつくるのに成功したということでしょうか」と突っ込むと、山中教授は「ES細胞の“E”は胚(Embryo)という意味ですから、厳密にはES細胞とは異なりますが、機能的にはまったく同じなんです」とわかりやすく説明した。

そして、山中教授の次の言葉に筆者は自宅の回転イスからひっくり返った。

「実は万能細胞をつくるのに人間の皮膚でも成功したんですよ。米科学誌セルで11月20日に発表される予定です。ウィルマット博士は誰かに聞いて事前に知ったのだと思います」

科学にはとんと疎い筆者だが、これはノーベル賞級の研究成果であることは理解できた。ES細胞と同じ万能細胞を受精卵やヒトクローン胚からではなく、人間の皮膚細胞からつくることができれば、倫理問題にとらわれず万能細胞を研究できる。とんでもないブレークスルーだった。

「記事にしていいでしょうか」と確認すると、山中教授は「人間の皮膚で成功したことはセル誌が解禁されるアメリカ東部時間の11月20日正午まで待ってほしい」とクギを刺した。雑誌に掲載されて初めて研究成果として公式に認められるため、事前に漏れて誰かが他の雑誌に論文を発表すれば、山中教授の努力と成果は水泡に帰してしまう。

デーリー・テレグラフ紙を転電すると東京本社に至急電を入れ、背景を説明したが、悲しいかな、当時は誰も山中教授の偉業を理解できなかった。

11月20日、iPS細胞についての研究は山中教授のチームだけでなく、米ウィスコンシン大チームの成果もサイエンス誌に掲載されていた。ローマ法王庁(バチカン)の生命科学アカデミー所長は「人(受精卵)を殺さず、たくさんの病気を治すことにつながる重要な発見だ」と称賛した。山中教授の研究は宗教と科学の垣根を見事に越えて見せたのだ。

山中教授のノーベル賞受賞に際し、5年前の電話取材を懐かしく思い出した。山中教授おめでとうございます。iPS細胞による再生医療を心待ちにしている患者は世界中にたくさんいます。実用化に向け、さらなる研究成果を期待します。(了)

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