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海外クラブでは給与の一律減額も 選手代理人・田邊伸明氏がみた新型コロナ下のサッカー界

多くの熱狂を生むスポーツ・サッカーの舞台裏を森雅史さんの連載『インサイド・フットボール』。今回は選手とクラブチームの間に立って交渉などをおこなう代理人・田邊伸明氏を取材しています。クラブ運営が思うようにいかないコロナ下で、選手とクラブのあいだにどのような話し合いがあったのか、じっくりと伺いました。

新型コロナウイルスの影響が長引き、安定した運営にはまだ遠いサッカー界。そんな中、サッカークラブと選手の関係はどうなっているのだろうか。今回はクラブと選手の間で交渉をおこなう選手代理人として第一線で活躍を続ける、株式会社ジェブエンターテイメントの田邊伸明氏に登場してもらった。

ジェブエンターテイメントは現在ヨーロッパでプレーする日本代表、浅野拓磨や北川航也らをサポートしており、国内外の事情に詳しい。Jリーグ再開までの裏話や、海外と日本の違い、移籍動向や報酬など、選手を取り巻く状況についてストレートに聞いた。

新型コロナの影響で、Jリーグでは支払報酬減額の相談も

——検査の結果陽性の選手が発覚し試合が中止になるなど、Jリーグのクラブにも新型コロナウイルスの影響は続いています。田邊さんは選手とクラブの間で交渉を行う代理人ですが、その立場からみて、どのような影響を感じていますか。

まずJリーグのクラブの収入には、大きく分けて入場料収入とスポンサー収入の2つがあります。また多くのクラブの決算は1月末となっています。

今年2月、新型コロナウイルスの影響が明らかになった時点では、各クラブはすでに新しい期を迎えていて、入場料以外の収入はほとんどのクラブに入っている、もしくは売り掛けが立っている状態だったと思います。ですからスポンサー収入の減収は、今期に関しては極端に大きいわけではないでしょう。また、試合の露出が減ったためスポンサー料を減額するというスポンサーも、そんなに多くはないだろうと思います。

一方で今でも厳しい入場制限がありますから、入場料収入は激減しています。入場料収入とスポンサー収入の比率はクラブによって違いますが、入場料収入の割合が多いクラブは大きな打撃を受けているでしょう。

話を聞いた田邊伸明氏 写真:Tomoko Hatano

——田邊さんが交渉をおこなうJクラブから、選手に対して減額の話はありましたか?

選手に関しては、6月上旬まで選手に支払う金額をクラブがリダクト(減額)するという動きはありませんでした。ですが6月末のJ2リーグ再開、J3リーグ開幕というリーグの最終日程が決定して対戦カードが判明した6月中旬から、いろいろなクラブが一斉に「選手に支払う報酬を減額したい」と持ちかけてくるようになりました。

試合が始まる前に解決しておきたいというクラブの意図がありましたし、クラブは開幕に向けていろんな試算をする中で、有料観客者数がどうなるか、それによって収益にどのような影響があるかといういくつかのパターンをシミュレーションして提案してきたのだと思います。

選手サイドの反応は日本ではさまざま 海外では軒並み報酬減額に

——そういうクラブの提案に対して選手サイドはどのように反応していましたか?

選手への報酬は大きく分けて2種類。会社員の月給にあたる「基本給」と、貢献度で変わる「成果給」があります。そして「成果給」は「勝利給」や「順位給」などで構成されます。クラブからの話は、このうち「順位給」を減らしたいというものが多かったのです。クラブはJリーグからの賞金を「順位給」として選手に分配しますが、その賞金が半額になったので減額したいという申し入れでした。

そのときは、「賞金が半分だから選手への『順位給』も半分」というのを決め事として言ってきたクラブと、スポンサー収入と入場料収入を原資とする「勝利給」まで減らさざるを得ないというエビデンスを示しながら「減額してもらえないか」とクラブの選手会にお願いしたクラブに分かれました。

クラブからの「お願い」は選手によって対応が分かれました。年俸、チームの中で置かれている立場などで考え方が違いましたし、勝利給もレギュラーなのかベンチなのか、あるいはベンチ外なのかで依存度が違います。勝利給への依存度が最も高いのは常に試合に出ている選手なのです。そのため、クラブからの依頼に賛成できる選手だけが対応しようという選手会もありましたし、一方で全員一律足並みを揃えてやろうという選手会もありました。

Jリーグも従来通りの運営にはほど遠い状況が続く Getty Images

——海外のクラブでも新型コロナウイルスの影響は大きいと思います。そちらでも選手は減額を申し入れられているのですか?

海外のサッカークラブは、そもそも報酬の金額のスケール感がJクラブよりもはるかに大きいのですが、そこでも強制的に減額してくるか、選手に「お願い」をするクラブかに分かれました。すべての国の事情を知っているわけではないのですが、海外のエージェントと情報交換をすると、ヨーロッパではどの国のクラブも軒並み減額していました。ただ、年俸の高い選手がより多く自主的に返上したり、いわば累進課税的な仕組みなど、減額の方法は日本に比べてバリエーションが多いように思います。

コロナで鮮明になった日本と海外「給料に関する感覚」の差

——減額されると選手の生活にも多大な影響がでるように思いますが、その点はどうでしょうか

そうですね。そのため日本のクラブの選手会は話し合いの結果、クラブの「お願い」を断ったところもあります。その意味では、現在、選手に関しては新型コロナウイルスの影響は少ないと言っていいでしょう。

4月にコンサドーレ札幌の選手が自主返納した(註:4月6日、札幌は全28選手が4月から9月の報酬の一部を自主的に返納するという申し出があったことを明らかにした。総額約1億円とみられている)ことがいろんな物議を醸しましたが、これについてさまざまな意見が出てきた時点で、日本ではクラブによって様々な着地点になるだろうというのが予想できました。これには日本的な要因が大きく関係しています。

私も含めて、日本の社会の中では給料の遅配、あるいは未払いという事態は極めて稀ですし、日本では給料を支払わないというのが雇用者の最終手段になります。ですから日本人は仕事をしてお金がもらえないことに対して耐性が非常に低い。今回の減額についてもそういう日本人の意識が影響して、海外のように一律減額とはならなかったのだと思います。

——海外と日本の感覚とはどのように違うのですか?

弊社はアフリカと南米を除く世界各国に選手を移籍させた経験があるのですが、海外では給料の遅延はよく起きます。また、外国籍選手に対して給料を払わないということも、自国選手に対してよりも起きやすい事態です。

これは法律やルールがどうかという問題ではなくて、現実的にそういう事態が起きやすいのです。ですから移籍しようと考える選手には「給料が遅れる、あるいは払われないことがある」と伝えています。そういう社会環境なので、減額についても日本よりも考え方が柔軟です。

また海外のクラブは、たとえば収入が30パーセント減ったら、選手から職員まで一律30パーセント報酬カットというシンプルな考え方があります。ですが日本のクラブはいろいろなところを切り詰めて基本給はもちろん、成果給である勝利給を確保しているクラブがほとんどです。

Tomoko Hatano

本当の危機は来季?スポンサーの撤退や移籍市場の冷え込みを予想

——現在は切り詰めてなんとかやっている状況ですが、Jクラブは今回の危機をうまく乗り越えられそうですか?

新型コロナウイルスの影響は今シーズンよりも来シーズンのほうが大きいと読んでいます。と言うのも、今期のスポンサー収入は影響が出る前に確保できたものの、来期に関しては今年の影響を受け、減額したり、あるいは撤退したりというスポンサーが出てくるだろうからです。

——選手たちとの契約にも大きな影響が出そうです

複数年契約を結んでいる選手は来シーズンの年俸が決まっているので、クラブは来年の選手に対する給料がどれくらいかかるか計算しています。その中でこれまでだったらギリギリ契約していた選手というのは厳しいかもしれません。

——選手の移籍も停滞しそうです

国内で移籍できる期間は通常年に2回定められています。シーズン最初に1回、シーズン途中に1回で、今年の2回目の期間は7月31日から8月28日なのですが、そこまでの試合の消化率が少なく、動きが盛んになるとは思えません。今は例年なら、いろいろなクラブと移籍について話し合いが続く時期なのですが、今年はあまりありません。

そこでJリーグは10月にもう1回、移籍できる期間を定めました。ですが、もしそこで移籍したとしてもリーグ戦が終わるまでに約2カ月しかありませんから、引っ越しをして新しいチームの戦術に慣れ、フィットしていくというのは、あまり現実的ではないでしょう。

——日本から海外に移籍したいと思っていた選手も厳しくなりましたか?

ヨーロッパへの移籍に関して言えば、大きな影響は今年開催される予定だったヨーロッパ選手権(ユーロ)が来年に延期されたことです。ユーロが開催される前年、ヨーロッパのリーグは少しシーズンを前倒ししてスタートします。シーズンが終わってからユーロまでの期間を確保するためです。

ですので今年、ヨーロッパに移籍しようと思う選手は日本のシーズンが始まってまだ間もない今の時点で考えなければいけません。7月にFC東京の橋本拳人選手がロシアに移籍しましたし、他にも移籍した選手はいますが、非常に心残りでしょうね。

しかもこれからヨーロッパのクラブも財政的により厳しくなると思います。ですから来年の1月に設定されている移籍期間にヨーロッパに行こうと思っている選手は、しっかり準備がされていないとより移籍が困難になってくるでしょう。

田邊氏はセルビアのFKパルチザン・ベオグラードでプレーする浅野拓磨もサポートしている Getty Images

「最悪の事態から想定」先の見えない状況は続く

——この事態を選手にはどのように説明していますか?

この夏をターゲットにヨーロッパに行きたいという選手についてはきちんと現地の状況にキャッチアップして、正しい情報を伝えることに努めています。そして来年は今年よりも難しいかもしれないと選手に伝えています。

またJクラブの関係者としっかりコミュニケーションを取ることがより重要になっています。複数年契約をして来年の年俸が決まっている選手に対しても減額をお願いされる可能性はありますし、一律何パーセントダウンとクラブから言われる可能性もあります。また契約できそうだった選手ができないことも十分想定できる事態だと思っています。

——選手にはどんなアドバイスを贈っていますか?

選手には、「とにかく試合でいいパフォーマンスをすることが今まで以上に大切」とアドバイスしています。試合のスケジュールがタイトだったり、これまでと試合をする環境が違ったりなどいろいろな問題はありますが、まずはこれまで以上にいいプレーをしておかないと次はありません。そこは今までよりシビアです。

そして今は最悪の事態から順番に想定しておかなければいけないと思っています。最悪の事態というのは、1つは今シーズンで契約が切れる選手たちが更新されにくくなる、選手の年俸が機械的に下げざるを得ない状況になることです。特に契約の切れる選手が次のチームを見つけられるかどうかというのが弊社としては大きな役割の1つなので、そこをしっかりやらなければならないと気を引き締めています。

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