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渡哲也さん 吉永小百合との恋、結婚が許されなかった理由

映画『時雨の記』(1998年)で29年ぶりに共演。『愛と死の記録』で初共演以来50年にわたり公私のつきあいがあった

 俳優の渡哲也さんが8月10日、肺炎のため亡くなった。78才だった。渡さんの体調が急変したのは8月9日未明のこと。午前4時に緊急搬送された。緊急搬送前に渡さんと会った知人はこう話す。

【写真】渡さんと妻・俊子さんの貴重なツーショット

「渡さんは、最期の苦しむ姿を石原軍団の人たちには見せたくなかったんじゃないかな。肺気腫の症状がかなりつらそうで、『肺が左右両方潰れているみたいだ』と聞いた。でも、肺が機能しなくなっても最期まで、俳優・渡哲也の風格を失っていませんでした」

 渡さんは長年、肺気腫を患っていた。医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんが解説する。

「肺気腫とは、肺の中にある肺胞が壊れてしまっている状態です。空気を吸って吐く際には、この肺胞が伸び縮みしますが、機能しなくなると、濁った空気を体の外に出せず、新鮮な空気を取り入れることができなくなり、息苦しくなってしまうのです」

 肺が両方とも潰れる──この状態になると、生活はどう変わってしまうのか。

「肺気腫で両肺が潰れるというのは、かなりの重症です。全速力で走った後のような息苦しさが続き、酸素吸入器が必要になる。最期は肺炎で亡くなったということで、空気のないところで呼吸をするような苦しさがあったのかもしれません」(前出・上さん)

 渡さんは若い頃から、病魔に蝕まれていた。1972年、葉間肋膜炎。1974年、胸膜癒着症で大河ドラマ『勝海舟』を途中降板。1975年、肺感染症。その後、体調は回復したかに見えていたが、1991年に直腸がんの手術の結果、人工肛門での暮らしとなり、2015年、急性心筋梗塞。2016年には、肺気腫や喘息などのため、酸素吸入器をつけて生活していることを明かしていた。

 この長く続く闘病の間、ひとときたりともそばを離れなかったのが妻の俊子さんだ。ふたりは、青山学院大学在学中に知り合っていた。

「渡さんは空手部に在籍していましたが、その渡さんが一目惚れしたのが、大手鉄鋼会社役員の娘である俊子さんでした。結婚式は1971年にハワイで、ふたりだけで挙げています」(芸能関係者)

 学生時代の恋愛を貫いての結婚。しかし、正直者すぎる渡さんは婚約会見で、こんなことを口にしていた。

「ほかの女性に目移りしたこともありました。別れ話も二、三度ありました。浮気も多分、これからも多少…」

手編みの座布団

 そういう時代だった、と言えなくもない。しかしこのとき、渡さんの頭には、昭和を代表する、ある女優の姿が浮かんでいたのかもしれない。

《夏の海が大好きだった渡さんは、泳いで泳いで恒彦さんのところに行ってしまったのでしょうか》

 3年前に亡くなった渡さんの弟の渡瀬恒彦さん(享年72)が待つ天国へ旅立った渡さんを、独特な表現で悼んだのは吉永小百合(75才)だ。

 渡さんと吉永は、1966年の映画『愛と死の記録』で初共演。このとき渡さんは25才で吉永は22才。若い2人はすぐに急接近した。

「あの映画には、中尾彬も出演していたんだけど、当時は中尾が小百合ちゃんにラブレターを送ったりして、入れ込んでいた時期でね。その相談相手が、渡さんだったんだよ。初めて出会ったのは広島のロケ地だったはず。渡さんは、大学時代から憧れていた小百合ちゃんの前でガチガチだったそうですよ。素人同然でデビューした翌年のことでしたからね。でも、その雰囲気が小百合ちゃんにはかえって新鮮で、惹かれるものがあったんでしょう」(映画関係者)

 別の映画関係者も、吉永が渡さんに思いを寄せていく様子をよく覚えているという。

「小百合さんは手先が器用でね、手編みの座布団を渡さんに贈っていた。渡さんは『ありがたくないな、こんなものを。恥ずかしくて使えないよな』と頭を掻きながらもうれしそうにしていましたね。当時、小百合さんのことを“カミさん”って呼んでいました。みんなは“小百合ちゃん”だったけど『愛と死の記録』で恋人役を演じてから、渡さんだけ“カミさん”でした。誰から見ても相思相愛でしたよ」

 2人の交際は2年ほど続き、当然の帰結として結婚も考えていたという。しかし、それは許されなかった。『吉永小百合の愛し方』(ベストセラーズ)著者の山科薫さんが語る。

「とにかく、吉永さんのお父さんが猛反対したんです。渡さんとの結婚が、というよりも結婚そのものを認めようとしなかった。吉永さんは清純なイメージで売っていましたから、そのイメージが傷つくことを恐れたのです。吉永さんに専業主婦になってほしがっていた、渡さんのご両親の意向にも吉永さんのお父さんが大反対だったようですね」

 渡さんの評伝『渡哲也 俺』(柏木純一著/毎日新聞社)には、当時を振り返る吉永のこんな言葉が記録されている。

「どちらかがやめれば成立するのでしょうが、役者同士の結婚は絶対に無理だと思っていた」

 それが、吉永の偽らざる気持ちだったのだろう。悲恋に終わった2人だが、互いに結婚した後も、共演者としては息の合うところをたびたび見せてきた。そこに見られるのは、スターとスターだからこそ築ける、誰も立ち入れない関係性だ。

「2人は1998年公開の映画『時雨の記』で共演していますが、これは約30年ぶりの共演でした」(前出・映画関係者)

 そこで2人が演じたのは、プラトニックな恋におぼれる妻帯者と未亡人だった。

「原作は1970年代に書かれた小説で、吉永さん自身が長年、映画化を夢見て企画した意欲作でもありました」(前出・映画関係者)

 そうした役柄での共演は、否が応でも耳目を集める。映画公開の記念イベントでは、『不倫についてどう思うか』という直球の質問も投げかけられた。

 渡さんは受けて立った。

《世の中には本音と建て前があって、もしバレなければあってもいい》と“肯定”すると、《人が人を好きになるという気持ちは誰にも止められない。ずっと恋をしていくのが人間》と吉永も調子を合わせる。

 秘められた恋を肯定する2人は、リップサービスだったのか、役が抜けないのか、はたまた結ばれなかった若き日の恋に思いを馳せていたのか、イベント会場の誰もが2人の真意を探ろうと必死だったという。

※女性セブン2020年9月3日号

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