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豚レバ刺しと事業者の責務

今年7月に牛レバ刺しが禁止になったことは大きく報道されたので皆さんご存知のことでしょう。しかし、それと前後してレバ刺しを代替する食材が話題になりました。こんにゃくで作られたマンナンレバーは、そうした代替食材の一つと言えます。レバ刺しの代替食材をめぐっては、こんな記事*1まで登場し、レバ刺しに関する関心の高さがうかがえます。一方で、そういったレバー以外の食材ではなく、あくまでレバーによる代替を求める動きもあります。以前から牛と共に食されてきた鶏のレバー*2や、生食のリスクが比較的低いと考えられる馬レバーなどがそれにあたります。しかし、ある意味想定外とも言える食材まで提供されているようです。それは、豚のレバーです。

豚レバ刺しは牛レバ刺しの禁止以前から提供されていたようですが、私が存在に気がついたのは牛レバ刺し禁止直前あたりだったと思います。ブログやtwitterで「うちは豚レバ刺しだから大丈夫」と店の人に言われてレバ刺しを食べた人をみたり、食べログで豚レバ刺しを実際に提供している店を確認し、驚きました。


これら牛レバ刺しの代替食材をめぐる動きの過熱は、あいついで報道されることになりました。


こうして「明るみ」に出た以上、行政としても何らかのアクションを取らざるをえません。厚生労働省や食品安全委員会は、豚レバ刺しに対する注意喚起をいち早く行っています。

これを受けて事業者団体も加盟員に向けて情報発信を行っています。

また、日本畜産副産物協会も畜産副生物(内臓)による食中毒を防止するために、十分に加熱することを呼びかけています。(2010.06.24付けのお知らせ)

さて、豚レバ刺しを食することに関して、「豚はもともと生で食べるものではない」といった「常識」の観点から「消費者」への批判を目にします。「常識」というものの範囲をどのようにとらえるかは難しいところですが、「豚肉にはよく火を通して食べるように」と私自身教わってきました。定量的な判断は難しいのですが、少なくとも一定数あるいは一定の年代において、そのような教育が家庭内では行われてきたと判断しています。一方で、その「常識」がどこまで確かなものか?という意見もあります。

で、それはそれとして、たとえ「豚を生で食べるなどあり得ない*2」という事を強く教わってきたとしても、「豚を生で食べる」のを受け容れる場合もあると思います。たとえば、

豚の飼育条件が(安全に食べられる事が出来るようなものに)変わった。

豚肉(や内蔵)を生で食べられるような技術が開発された。

このような条件を付加する事によって、「だから豚肉を生で安全に食する事が出来るのだ」というような認知を形成する、というのが考えられる。そしてそれは、それなりに合理的な推論と認識であると言えるでしょう。

確かに、「豚を生で食べるなどあり得ない」けれども、「安全に食べることが可能な豚肉も存在する」「(お店で供される)豚レバ刺しは安全に食べることが可能」と思ってしまうような状況はあるのかもしれません。既に禁止された牛レバ刺しを例にとると、牛レバ刺しを美味しいものとして紹介するグルメ番組が多数放送されていたようですし、牛レバ刺し禁止直前のマスコミは擁護一色と言っても良いような状態でした。このような状況では一般消費者が牛レバ刺しは安全であり、禁止は行き過ぎといった印象をもったとしても無理の無いことです。

昨年のユッケによる食中毒事件の後に食の信頼向上をめざす会が行った情報交換会では、大学1年生の時点で全体の65%の学生にユッケを食べた経験があったという事例が報告されています。ここでは、コンパ等で入学後に体験した食経験ではなく、すでに家庭において焼肉店への外食と、そこでの生食が一般化していることが示唆されます。

  • 第12回メディアとの情報交換会「ユッケ問題から考える食中毒-食育の重要性-」
    http://htn.to/Cv1n9g 講演4を参照

また、畜産家の努力によって高品質の豚肉が提供されるようになった結果として、豚肉の生食が可能になったと誤解されているケースもあるかもしれません。例えば、特定の疾病を持たないSPF豚*3が「無菌豚」と誤解されているケースがあるようです。しかし、この件については日本SPF豚協会がQ&Aで見解を明らかにしています。

SPF豚に関するQ&A http://www.j-spf.com/Q&A/Q&A.htm

Q:「SPF豚はたしか無菌豚と呼ばれていましたけれど」

A: SPF豚は無菌豚ではありません。まったく無菌の豚は特殊な装置の中でしか飼育することはできません。SPF豚は自然環境下で飼育されているので、一般細菌は保持しています。清潔な環境で飼育されるSPF豚の腸内に棲息する細菌の多くは善玉菌で、悪玉菌が少ないのが特徴で、豚が健康に育っている証しです。したがって、SPF豚は「無菌豚」ではなく「健康豚」の代名詞であるといえます。SPFの適切な日本語訳が見つからないのと、一部のマスコミで「SPF」と「無菌」を混同して報道したのが誤解を生みました。5.「SPFとは何の略ですか?」も参照してください。

Q:「SPF豚肉は生で食べられるのでしょうか?」

A: 豚肉を生で食べることにどのような意味があるのでしょうか。いくら清潔な環境のSPF豚農場で飼育された豚の肉であっても、生で食べるべきではありません。古来、「豚肉は良く加熱しないと危ない」といわれてきましたが、昨今問題視されているE型肝炎などの感染から身を守るためには、SPF豚肉といえども加熱調理は必要です。SPF豚肉を安心して美味しく食べるためには加熱し過ぎに注意しつつ、正しく調理することが肝要です。SPF豚肉の芳醇な風味をお楽しみ下さい。

SPF豚は生食が可能なわけではありませんが、Q&Aの上位に生食が取り扱われていることから、誤解されている例は多いのでしょう。このように、消費者にとっては豚レバ刺しを食すことが可能であるように認識してしまうような状況は存在しているのでしょう。

さて、このような状況下で、いったい誰が第一に責を負うべきでしょうか?それは、やはり提供する事業者、飲食店であると私は考えます。食品衛生法では食品等事業者の責務について、次のように定めています。

第三条  食品等事業者(食品若しくは添加物を採取し、製造し、輸入し、加工し、調理し、貯蔵し、運搬し、若しくは販売すること若しくは器具若しくは容器包装を製造し、輸入し、若しくは販売することを営む人若しくは法人又は学校、病院その他の施設において継続的に不特定若しくは多数の者に食品を供与する人若しくは法人をいう。以下同じ。)は、その採取し、製造し、輸入し、加工し、調理し、貯蔵し、運搬し、販売し、不特定若しくは多数の者に授与し、又は営業上使用する食品、添加物、器具又は容器包装(以下「販売食品等」という。)について、自らの責任においてそれらの安全性を確保するため、販売食品等の安全性の確保に係る知識及び技術の習得、販売食品等の原材料の安全性の確保、販売食品等の自主検査の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

食品等の事業者は、営業許可を受ける際に必ず食品衛生責任者を置く必要があります。また、その資格を得るためには公衆衛生学(伝染病、疾病予防、環境衛生、労働衛生等)・衛生法規(食品衛生法、施設基準、管理運営基準、規格基準、公衆衛生法規等)・食品衛生学(食品事故、食品の取扱い、施設の衛生管理、自主管理等)について講習を受けることが必要とされています。*4

食品衛生責任者 東京都福祉保険局 http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/law/sekininsya.html

食品営業を行う場合、許可施設ごとに食品衛生責任者を置く必要があります。このページでは、食品衛生責任者の役割、資格、資格の取得方法等について説明しています。

本来は自らが取り扱う食品の持つリスクについて知りうる事業者が豚レバ刺しを牛レバ刺しの代替食材として扱わなければ、今回の騒動は発生することはなかったのでしょう。現在、豚レバ刺しを提供している事業者様におかれましては、行政や事業者団体の注意喚起に対して真摯に対応を行っていただきたいと思います。と同時に、事業者が安全な食品を提供できるように、マスコミ各社におかれましては牛レバ刺し禁止の際のような消費を煽るような報道は慎んでいただくようお願いいたします。

*1:デイリーポータルZ:レバ刺しのあの味付けに向き合う http://portal.nifty.com/2012/06/05/c/

*2:ただし、カンピロバクターのリスクが高いため禁止はされていないと言っても提供は望ましくないと考える

*3SPF豚とは? http://www.j-spf.com/system/spf_system.htm

*4:ただし、食品衛生責任者の講習は形骸化しているという話も耳にします。

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