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あらゆる仕事に通じる金言集。

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ちょうど西の方の電力会社のコンプライアンス委員会が調査報告書を出した、というニュースが出ていて、そこでお名前をお見掛けしたこともあり*1、少し温めていた「この夏の一冊」を取り上げてみたい。

既に多くの方がSNS等で取り上げており、好意的な感想も目立つ中村直人弁護士の「講義録」である。

弁護士になった「その先」のこと。

弁護士になった「その先」のこと。

  • 作者:中村 直人,山田 和彦
  • 発売日: 2020/07/24
  • メディア: 単行本


この国で企業法務にかかわる者であれば、お名前を知らない者はいない、と言っても過言ではない唯一無二の存在、それでいて偉ぶられるようなところは全くなく、常にクライアント・ファーストの姿勢を貫かれ、どんな難しい問いかけにも鋭い切れ味で簡潔明瞭な解を示しつつ、受け手にとっては優しいボールを投げ返していただける*2

当然ながら法務業界には、至るところに中村弁護士のファンがいるし自分も全く例外ではない。さらに、法務の枠などとうに超え、多くの企業の経営トップから「あの先生が言うなら仕方ない」と一目も二目も置かれている。

まさに企業法務サイドの弁護士としては理想的な形を具現化しておられる、そんな中村弁護士が

「所属する中村・角田・松本法律事務所において若手弁護士のための研修を行った際の反訳」(はしがきⅰ頁、強調筆者、以下同じ。)

をベースにした書籍を出版されたというのだから、これを読まないわけにはいかないだろう。

あくまで「若手弁護士のための研修録」という体裁になっているとはいえ、後述するとおり、ここには企業弁護士、訴訟弁護士として第一線で仕事を続けていくためのノウハウが、中堅、ベテランといった世代を超えて詰め込まれていると自分は感じたし、弁護士ならずとも、これを仕事に生かさなくてどうする、と言いたくなるようなエッセンスが随所に盛り込まれている。

これだけ中身の濃い所内の「研修録」に目を付けて書籍化した㈱商事法務の編集陣の手腕はまさに天晴れ。そして、これを惜しげもなく公刊物化した中村弁護士の懐の深さにも敬服せざるを得ない。

本書に限らず、中村弁護士の書籍は一気に読み通せてしまう分、記憶力に難が出てきた(昔からか・・・)年頃の読者としては、読んだ端から抜け落ちる、ということにもなりかねないので、自分は常に名言、金言をノートに書き留めながら読むようにしているのだが、本書でも、簡潔に箇条書きでまとめているはずのトピックが、あっという間に4~5ページ分まで積み重なってしまった。

おそらく本ブログの賢明な読者の方であれば、ここまで読んだところで既にAmazonでお取り寄せモードに入っているか、書店に駆け込んで購入、エントリーの続きを読む前にかじりついて読んでおられることと思うが、一応、自分も、メモ書きの中から特に刺さったフレーズ、エッセンスを中心に、時々織り交ぜられる「企業の法務担当者を意識した視点」なども紹介しつつ、以下で書き残しておくことにしたい。

弁護士業務の基礎ーいろは編

出だしは、いかにも「新人研修用の講義録」らしく、職業人として働く上での心構えや基本的な考え方が記されているのだが、これが思いのほか汎用性が高い。

特に一押しなのが、「仕事を処理する順番はどうするか?」という項で示されている、

①簡単に処理できる目先の仕事をすべて片付ける。
②次に一番重たい仕事を始める。
 不確実性の高い仕事に手を付けて、目途を立てる必要があるから。
③内容的に難しい仕事、気が重い仕事を先にする。

という処理パターン(6~8頁)。

重たい仕事から先にやれ、ということは、既にいろんな方がおっしゃっていることではあるのだが、本書のミソは、その前にすぐ終わりそうな仕事を「片っ端から全部やっつける」というところにあると思っていて、自分も長年試行錯誤した末にたどり着いたのがこのパターンだったりもするので、ここでスタイルが合致したのは非常に嬉しかった*3

また、それとの関連で、「仕事の進捗状況は適宜報告」とか、「事務所内の連絡・共有をこまめに」等々、企業育ちの者としては当たり前のことではあるのだが、自分が見てきた限りでは、「先生」から転じて組織内に入って来た人々の多くにこの感覚が欠けているような印象もあっただけに、「弁護士向けの研修」でこういった「基礎」がきちんと語られている、ということは素晴らしいな、と思った次第である。

なお、「依頼者側の視点」で見た時に、この章の中で特筆すべきなのは、「仕事の納期に遅れない」ことの重要性を説かれているくだりであろう。

「例えば法律相談の回答とか意見書とかの納期は絶対遅れちゃダメです。」
「何故ダメかっていうと、僕らと、相談に来ている法務の人たちの、その2人の間だけではなくてですね、遅れると法務の人たちが社内で責任問題になりかねないんですね。だいたい法務は自分たちのところで問題を起こすことはなくて、営業部隊とか製造部隊とかいろんな部隊で起きた問題をやってるので、いろんな部署と連携しているわけです。で、弁護士の意見書が来たら社長に相談してとかいうふうに、段取りも組んでるので、もしこちらが『遅れました』ってことになるとですね、社内でとんでもないことになってですね、『この先生は頼んでも期限までにやってくれないかもしれないんだ』とか思ったら、怖くって怖くって二度と頼む気がしなくなっちゃいますので、これは気を付けてください、ということでございます。」(28頁)

もちろん、ここで依頼する側は、当然ながら一日二日遅れることも見越して納期を設定してスケジュールを組んでいたりもしたわけだが、ここまで慮っていただけると、お願いする側としても冥利に尽きる。

「毎日のスケジュールの決め方」の項で、

「法務部門の人は、朝に1日の予定を確認する人が多い。」(だから朝の時間帯は在席している方が依頼者の便宜)(2頁)

とまで書かれてしまうと、「いやいやそれ、別に朝予定を決めているわけじゃなくて、夕方ご連絡して捕まらなかったときに翌日まで持ち越すのが嫌なので、あえて日が変わるのを待ってご連絡しているんですよ・・・」という突っ込みもしたくはなるのだが、いずれにしてもクライアント側の日々の行動、思考まで意識していただけるのは本当にありがたい限りである。

仕事の進め方

第Ⅱ講からは、どっぷりと、「新人弁護士の心得」に踏み込んだ話になってくる。

とはいえ、随所に世代や、弁護士かどうかにかかわらない仕事のエッセンスは散りばめられているわけで、

弁護士が自分で見ながら分類、ファイルするのが一番いい。中身を覚える。」(52頁)
「今日来た法律相談(質問)に対する回答は、原則として今日か明日には返すべきだ。」(56頁)
「法務省、金融庁、関東財務局、公正取引委員会、その他に電話などで問い合わせることもいいが、弁護士なのだから自分できちんと考える。メールボーイではない。」(61頁)
『なんでもっと早く相談に来なかったんだ』『こういうことをしちゃったからダメなんだ』は禁句。まず依頼者間のせいにした上で、自分の保身を図るような弁護士は、ヘタな医者と同じ。」(63頁)
研究者の先生に無茶なお願いをしないで済む質問の立て方というのが弁護士としての知恵の出しどころ」(83頁)
「それぞれの目的に従って、適切に会議を進めることが重要。」(84頁)
「基本的には長時間会議は非効率だから止める。最大2時間が原則。」(84頁)

などなど・・・。

どれも当たり前のことではあるのだけれど、本文の解説と合わせて読むと、より強い意識付けができる気がする。

そして、「法律相談に対する回答は・・・」のくだりでは、先ほどご紹介したのと同様の解説に加え、

「ここで、早く回答してあげないと、『お前ら能無しだ』とか、『役に立たない』とか、『何でもかんでもダメだって言いやがって』みたいに他部署から評価されてしまって、法務部が会社の中での信頼を失うんですよ。そうすると彼らは動きづらくなって、その会社の中での法務の地位がどんどん低くなる。でも逆に即座に回答を返すことができると、法務ってすごく尊敬されて、他部署も何でもかんでも法務に相談しようって言ってくれるようになって、法務の地位が非常に上がるのね。だからそういう法務の立場を考えてあげると、迅速に処理してあげなきゃいけないということでございまして、まあ、これができるといいな、ということです。」(59~60頁)

と、涙なしには読めないコメントが・・・。

もちろん、そんな単純な話ではない、という突っ込みもあるだろうが、「火曜日の経営会議で唐突に出された社長からのご下問を相談して、翌日の朝までに回答をいただき、その日の午前中の取締役会の場で法務部長から答弁する」という仕事ができるのも、このご配慮があってこそ。

本書でも「圧倒的に早い」(104頁)ことが高い評価を得る秘訣、と自ら語られているが、それも決して大げさな表現ではないと自分は思っている。

なお、各種調査や訴訟弁護士としてのあれこれについては、5年前に出された『訴訟の心得』という書籍*4の中で書かれていた内容とも共通するところが多いのだが、あの時見かけて以来、自分も極力実践しようとしている

「法律時報の「文献月報」を毎月一読し、必要な文献情報をクリッピングする」

というルーティンについて、出どころが江頭憲治郎先生であったことが本書で明かされた、というのが個人的にはツボであった(70頁参照)。

営業の仕方

本書では、弁護士としての「営業」についても、随所で触れられているのだが、興味深いのは、会社の営業マンとの比較で「あそこまで営業に徹するようなことはしない方がいい」(23頁)というスタンスが一貫していることで、当然ながらこの点に関しても、共感させられるところは多かった。

そして、

「営業マン兼商品兼製造者兼経理マン」(101頁)

という本書での弁護士の仕事の定義は、実際に事務所を切り盛りしている身としては、本当によくわかる感覚なわけで、

「腕のいい弁護士になればね、勝手に営業できるようになりますから。」(101頁)

と言えるくらいには腕を上げたい、と思わずにはいられなかった*5

また、「上場会社の3分の2くらいは弁護士に満足していない」(103頁)というデータを挙げた上で、「上場会社の弁護士は、とても流動的」と指摘されているくだりや、「どういうときに会社は高い評価をしてくれるか?」のくだり、そして、「企業法務は狭い社会である」という見出しの下で書かれているあれこれに唸らされたのは言うまでもない。

これに続く「執筆、講演会のポイント」という章の記述にも、「最先端のノウハウを開示して」とか、「類書にないものをひねり出す知恵」等々、書かれていること一つ一つにうなづきつつ、耳が痛い話は多々あり、特に、

「僕ら弁護士が書いた原稿とかレジュメとか対談、講演会とかってどういう存在理由があるかって言うと、あれは生鮮食料品なんですね。生鮮食料品です。研究者が書いた文章は、あれはオブジェですね。永遠に残るオブジェです。僕らが書くやつは生鮮食料品でね、1年も経ったら捨てていいんです。もう。あんな本は。逆に言うとね、今出さなきゃ意味がないっていうのが、僕ら弁護士が書いた本なんですね。なので僕らは生鮮食料品なので、タイムリーにやるっていうのが絶対必須だということですね。」(113~114頁)

という一節を、深い反省とともに読ませていただいた、ということは、ここに書き残しておきたい。

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