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人は、“その人の生き方”で死んでいく -「賢人論。」第119回(前編)小堀鷗一郎

今回登場していただくのは、訪問診療医として400人以上の“看取り”にかかわってきた小堀鷗一郎(こぼり・おういちろう)氏。2020年7月に解剖学者の養老孟司氏との共著『死を受け入れること』(祥伝社刊)を上梓。

3千体の死体を観察してきた養老氏と小堀氏が死について語りあう内容は、図らずも、新型コロナ蔓延によって“死”を意識せざるを得ない状況に置かれた私たちにさまざまな示唆を与えてくれた。現在、日本の年間死者数は約140万人。団塊世代が80歳代後半を迎える2030年代には、年間死者数160万人を超える“超高齢多死社会”が訪れる。「望ましい死」とは何か?死と向き合い続ける小堀氏に話を聞いた。

取材・文/木村光一 撮影/荻山拓也

定年後に恩返しの思いで赴任した病院で「在宅医療」と出会う

みんなの介護 小堀先生は東京大学医学部附属病院第一外科、国立国際医療研究センターに長年勤務され、食道がん手術のスペシャリストとしてメスを執られていたわけですが、いったいどのような経緯で「在宅医療」に取り組まれるようになったのでしょうか。

小堀 僕は65歳で定年を迎えるまでの40年間、外科医として勤務していました。最後の数年は国立国際医療研究センターの院長という立場で、その後も財団の理事といった役職が待っていたわけですが、まだ現場で手術をしたかった。それで旧知の堀ノ内病院(新座市)へ赴任することにしたんです。

というのも、僕は若い頃、昼は東大病院、夜は堀ノ内病院で手術を行なって経験を積んで外科医として腕を磨かせてもらった。その意味において恩義もありましたし、当時院長だった小島武(現・理事長)君とも東京大学医学部のときの同級生という間柄でしたから、「何かしらお返しがしたい」という気持ちもあったわけです。

みんなの介護 そこで在宅医療と出会ったわけですね。

小堀 堀ノ内病院に赴任したのが2003年で、はじめの2・3年は、外来診療・手術・救急当番など、現役の若手医師とほぼ同じ仕事をこなしていました。しかし、食道がん手術を行うには7時間から8時間かかることもあってかなり体力を要するため、70歳を期に現場を退くことにしたんです。

在宅医療と出会ったのは2005年2月。手術をやめる2年前でした。急に退職することになった同僚の小児科医師から、彼が長期間にわたって個人的に担当していた寝たきりの患者2名を引き継いでほしいと頼まれたのが始まりです。

国が高齢化社会の到来に備えて、本格的に在宅医療に関する取り組みを始めたのが1980年代後半。そこから長い歳月と労力を要して、2000年に介護保険制度が創設されることとなったのです。ただ、僕個人はというと、同僚に連れられて患者さんの家を訪ね、そこで彼が畳のうえで医療を施す様子を目の当たりにするまで、そういった医療が存在することをまったく知らなかった。まさに未知の領域との出会いでした。

一人ひとりの最期にかかわる中で知った十人十色の「死」のかたち

小堀 僕はそれまで病院内における医療しか知りませんでしたから、在宅医療が行われている現場を見て、「ずいぶん大胆なことをするものだ」と驚きました。とはいえ、まだその時点では「往診」(注:小堀先生は「訪問診療」より、80歳以上の高齢者にとっては親しみやすい「往診」という言葉をあえて使っている)は、手術や外来診療の合間に行う仕事の1つという位置づけでしたので、とくに深く考えたこともなかったというのが正直なところです。

しかし、そのうち病院の近隣住民から「動けなくなった親を抱えているので、家に来て診てほしい」と頼まれるようになり、それが口コミで広がって往診依頼が増えていきました。今から考えれば、この頃すでに在宅医療の社会的需要が高まっていたんですね。また、僕自身、患者さん一人ひとりの最期にかかわることによって、「人は、“その人の生き方”で死んでいくのだ」と気づかされた。そうして在宅医療の奥深さにのめり込んでいったんです。

“救命・根治・延命”とはベクトルの異なる医療がある

みんなの介護 小堀先生は70歳頃から在宅医療に携わり、82歳を迎えた今も現役で患者と向き合われています。具体的に「訪問診療医」の仕事とはどういうものなのでしょうか。

小堀 一時期、僕は100名ほどの患者を抱え、月に130〜140回の往診を行なっていました。なにしろ、病院に来たくても来られない患者さんたちですから、僕の方から出向いて行くしかありません。今は5人のスタッフで担当を決めて往診を行なっていますが、当初は僕1人で朝も夜も関係なし。時間もまったく不規則でした。

診療内容は患者の状態によってさまざま。外科医の頃は「救命・根治・延命」といって、何がなんでも命を救って、治して、1分1秒でも患者さんを長く生かすことが仕事でした。しかし、訪問診療ではそうではない医療も考えなくてはなりません。

例えば、97歳の寝たきりのおばあちゃんがいて、調べてもどこも悪いところが見あたらなかったとします。ただ、ご飯を食べることができず、眠ってばかりいる状態です。この場合、僕らは徐々に体が衰えて死に近づいていくのを静かに見守るしかありません。食べられないからといって入院させて点滴をしたとしても体が受けつけなくなっており、かえって苦しませてしまうことになるんです。

「在宅死」か「入院死」か?正解は1つではない

みんなの介護 死期が近づいている患者にとって、点滴や手術などの積極的治療が望ましい医療行為とは限らないわけですね。しかし、家族から検査や治療を要求されることもあるのではないでしょうか。

小堀 はい。こういった事例もありました。

長男夫婦と同居していた101歳の女性が、突然、自力でベッドに上がれなくなってそのまま寝たきりになってしまった。女性は次第に食事も取れなくなり、ある日、清涼飲料水を100ミリリットル飲んで寝入ったまま、2日間目を覚ましませんでした。

当初、家族は「在宅看取り」を行うと決めていました。ところが、女性が息を吐くときに発するかすかな息遣いを耳にした長男が「苦しそうだ。母がかわいそうで耐えられない」と言い出し、急遽入院させることになったんです。そして、中心静脈栄養による栄養管理と、併発した肺炎に対する気管切開・人工呼吸器の装着が行われました。

はじめの1ヵ月は家族も頻繁に病院を訪れていたのですが、女性に意識がなかったために、家族の訪問に対する反応もなく、次第に家族の足も遠のいていきました。女性はその後10ヵ月余りを暗い集中治療室で1人で生き続けました。そして、ある日夜勤の看護師がナースステーションのモニター画面の波形が平坦になっていることに気づき、死亡が確認されたのです。

この事例の女性が本来迎えるはずだった“望ましい死”とは、小柄な体を丸めて横たわっているそばで、家族や主治医、介護関係者が見守る10ヵ月前の「老衰死」のはずです。長男を責めるつもりはありませんが、結果として彼の判断は病院における「孤独死」を招いてしまった。

それまで僕は、患者さんや家族の要請通りに対応するのが務めだと思っていましたが、このことがあってからは方針を転換し、自分の意見を伝えるようになったんです。

みんなの介護 そもそも終末期医療における延命治療は行き過ぎではないかという見方も広まっているように見受けられます。

小堀 ただ、だからといって「在宅死」ばかりが“望ましい死”とも限りません。

以前、事前の話し合いでは在宅死を望んでいた一人暮らしの末期がんの患者さんが、最後の最後に気持ちを翻し、病院のベッドでチューブにつながれて輸血を受けながら、笑顔を浮かべて幸せそうに亡くなった。人知れず1人で死を迎えるよりも、医療の恩恵にあずかって死ぬことの満足を選んだんです。

人によっては「在宅死」より「入院死」を望むケースもあります。いつ、どのタイミングで判断するかによっても結果は違ってくる。結局のところ、訪問診療医の仕事というのは「どうすれば“その人らしい死”を迎えられるか」を当人はもちろん、家族や介護関係者とも一緒になって考え続けることです。繰り返しになりますが、「人は、“その人の生き方”で死んでいく」。そこに、これだ!という正解はないんですよ。

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