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レイプで妊娠 中絶手術に「加害者の同意」を求める医師側の知られざる事情 - らめーん

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 今年の6月、弁護士団体「犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)」が日本医師会に提出した要望書が大きな話題を呼んだ。

【画像】中絶手術の同意書のモデル

 弁護士らの調査で、レイプ被害者が中絶手術を望んだ際、医師がレイプ加害者による中絶手術の同意を求めるケースが次々と報告されたので、改めるよう要望したのだ。 

 なぜ、中絶手術の現場で、このような驚くべきことが行われていたのか。性犯罪の被害者側弁護士として活動する筆者が解説する。 


©iStock.com

中絶手術の2つの法的根拠

 中絶手術の法的根拠とはなにか。妊娠中絶手術について、2つの例を検討してみよう。 

 まず、結婚している女性が妊娠したが病気になり、このまま妊娠を継続するとお母さんの命に関わるケース。このような場合、病院は、次の同意書に、妊婦本人と配偶者の署名をもらって、中絶手術をする。 

 法的根拠を説明すると、母体保護法14条1項1号「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」に当たるから、「本人及び配偶者の同意」を得て、妊娠中絶手術をすることができるのである。

 では、道を歩いていたら見知らぬ人にレイプされた場合はどうか。母体保護法14条1項2号「暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」なので、やはり妊娠中絶手術をすることができる。 

 この場合も、母体保護法14条1項の文言だけを見れば、配偶者の同意が必要なのだが、厚生労働省に確認したところ、配偶者の同意は不要という運用をしているとのことだ。レイプによる妊娠なのだから当然であろう。厚生労働省の解釈は正しい。 

では、現場の運用は? 

 では、実際に産婦人科では厚生労働省の解釈どおりに運用されているのだろうか。 

 答えは「NO」である。 

 レイプの場合であっても「加害者の同意を得よ」と要求する医師は、実際には、非常に多く、ほとんどと言ってよい。警察官が付き添ってもダメ、ワンストップ支援センターの支援員が付き添ってもダメと、あくまで同意書を要求する医師も少なくない。 

 妊娠中絶手術を行う資格のある医師を「指定医」というのだが、ある地方では、医師会が指定医に対して行った講習会で、弁護士が「レイプによる妊娠か否か」を起訴状や判決文で確認するようにと発言していた。 

 指定医に「起訴状か判決文を持ってきたら、加害者の同意なしで手術に応じる」と言われたら、被害者にとっては、事実上、加害者の同意なしでは手術に応じないと言われたのと同じなのである。 

 なぜ、事実上、中絶手術をすることができなくなるのか。 

 起訴状は、被害者に交付されないのがほとんどであり、被害者複数の連続強制性交事件では絶対に交付されないと言ってよい。 

 判決文も、黙って待っていれば、もらえるものではない。判決後に、検察庁か裁判所に頼んで、謄写させてもらう必要がある。 

 そもそも刑事手続は、ある人間に刑罰を科すことが適切か、またどの程度の量刑が適切であるかを判断する手続である。その人が犯人であるか、その行為がレイプなのか等の事実について、客観的な証拠を集めなければならない。捜査にある程度の時間がかかることは当然である。被告人にも防御の機会が十分に必要だ。

「中絶手術に判決文が必要だから、急いで判決を出すように」という要請はできない。刑事手続は、母体保護法の要件を判断するためにあるのではないのだ。 

 しかし、刑事手続のスピードに合わせたら、中絶手術をすることができる期間を過ぎてしまう。 

医師が 「同意書」の署名を求める知られざる事情

 医師が「同意書」の署名を、厳格に求める理由はなにか。これは、母体保護法が、医師に、法的問題の判断を無理強いしている箇所が2カ所あるのが原因である。 

 母体保護法は、平成8年に制定・公付された法律だが、昭和23年(1948年)に制定された優生保護法が前身である。平成8年に優生保護法から優生思想に基づく条文を削除し、法律自体の名称も変えたが、優生保護法時代に考えられた立法事実に基づいている部分が、多々見られる。 

 つまり、母体保護法自体が時代遅れなのだが、指定医がその法律の解釈・適用を間違えて、同意を取るべき場合に取らなければ、堕胎罪に問われたり、本人や配偶者に損害賠償を請求されるリスクがあるのである。

 では、レイプ被害者が、母体保護法14条1項2号による中絶を求めた場合、指定医は、どのような法的問題を判断しなければならないのだろうか。  

 まず、指定医は、母体保護法14条1項2号「暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」に当たるかどうかの判断をしなければならないことになる。 

医師に、検察官や裁判官のような判断を求めている

 法律の解釈の指針となるのは通達である。母体保護法14条1項2号に関する通達は、次のことを「配慮されたい。」と書いてある。 

「法第一四条第一項第二号の『暴行若しくは脅迫』とは、必ずしも有形的な暴力行為による場合だけをいうものではないこと。ただし、この認定は相当厳格に行う必要があり、いやしくもいわゆる和姦によって妊娠した者が、この規定に便乗して人工妊娠中絶を行うことがないよう十分指導されたいこと。」 

 この通達には、「なお、本号と刑法の強姦罪の構成要件は、おおむねその範囲を同じくする。」とまである。指定医に、検察官や裁判官のような判断を求めることは理不尽である。刑事手続は、母体保護法の要件の立証のためにあるのではない。母体保護法14条1項2号に関し、通達の求める基準を満たすことは、およそ不可能となってしまう。 

代わりに母体保護法14条1項1号を当てはめようとすると……

 そこで、母体保護法14条1項1号「母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」として手術をする場合、何が必要か。本人と配偶者の同意が必要となる。 

 しかし、指定医が、母体保護法14条1項1号「母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」として手術をする場合、指定医は、もう一つ法律問題の判断をしなければならない。 

 実は、母体保護法上の「配偶者」の概念は、「婚姻届を提出した者」ではないのだ。母体保護法上の「配偶者」は、同法3条1項により「配偶者」には、「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様な事情にある者」を含む。 

 しかし、母体保護法に関する通達には、具体的にどのような生活実態があれば、「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様な事情にある者」となるかを示したものはない。 

 そこで、文献を確認すると、末広敏昭著「優生保護法 基礎理論と解説」には、「配偶者とは、父となるべき男性です。本人と配偶者との関係は法律上の夫婦に限ることなく、いわゆる内縁関係等、実質的な夫婦共同体、または性的結合のあった男女も含み、広く考えていくことが大切でしょう」とある。 

 優生保護法のできた昭和23年なら、性的結合のあった男女は、配偶者も同然と考えるのもあり得たのかもしれないが、現代でこのように考えるのは、むしろ非常識と言ってよい。 

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