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特集
エンタメ進化論
新型コロナウイルスによって大きな打撃を受けた日本のエンターテインメント業界。この状況をいかに切り抜けるか、業界のリーダー達は知恵を絞っている。一方で、人が集まれないというハンディを背負いながらも、ピンチをチャンスに変えるための様々な取り組みも始まった。進化するエンタメビジネスの「今」を切り取る。

笑い声が減っても前へ進むお笑いライブ コロナ禍経て「一大ムーブメントも」

  • 2020年08月17日 07:01
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「3月はダメでも4,5月で取り返そう」

お笑いライブ制作会社K-PRO代表の児島気奈さんは、2月末にライブ休止を決めたとき数週間後には再開できると考えた。

2月時点の日本はまだ感染拡大を抑え込む期待もあったが、この見通しは甘かった。

2月27日から始まったK-PROのライブ休止は6月27日まで約4カ月にも及び、中止となったライブは200本近くにのぼる。すべて開催されていれば、延べ4000組もの芸人が出演していたはずだ。

「売上見込みは4000万円ほどだったので、赤字でいうと1000万円くらいです」

パンデミックの長期化、大阪のライブハウスでクラスター発生…

K-PRO代表・児島気奈さん

都内を中心にお笑いライブやイベントを主催するK-PRO。社員は5名と決して多くないが、2019年には年間1051本のライブを開催・制作している。

2月の時点では休止期間を2週間とし、毎年5月に恒例となっている会社最大規模のライブなどを見据えて準備を始めていた。しかし3月に入ると大阪のライブハウスなどで感染者が発生し、「クラスター」という耳慣れない言葉とともにライブハウスや劇場は名指しで敵視されるようになる。

長期化しそうな空気が感じ取れるようになると、児島さんは配信ライブを始めるために機材から購入し始めた。

「生が一番面白いでしょ」敬遠していた配信ライブに挑戦

「ナマモノと映像はまったく違うので、それまで配信ライブに対してはむしろ敬遠していたくらいの距離感がありました」

そもそも児島さんとお笑いライブの出会いは学生時代に遡る。客として通い始めてその世界にハマると、最初はアルバイトとして運営にも関わるようになった。そして21歳でK-PROを立ち上げからは、当初は特にネタを披露する場の少なかった若手芸人が活躍する場として小劇場でのライブを数多く開催し続けて今に至る。

そのため「ライブ」へのこだわりは人一倍で、「画面を通すよりも生が一番面白いでしょ」というのが本音だったと明かす。また配信ライブに馴染めなかったのは児島さんだけではなく、芸人たちはむしろそれ以上だった。

K-PROの配信ライブは、無観客の舞台で芸人が通常通りネタを行いその様子を配信で流す形式からスタートした。

「本当にウケているのか、自分たちのネタは面白いのか、芸人さんたちは自問自答するしかない状態のようでした」

ネタはネタ合わせ通りできた。飛ばしてない。噛んでない。それでもやはり客の笑い声がないと芸人は、本当にウケたのか、面白かったのか、と首をかしげて舞台袖に戻ってきた。仕事した気にならない、そう口にする芸人が多かったという。芸人にとっての仕事はネタをやること自体ではなく、笑いをとるところまであってようやく完結するのだということを思い知った。

緊急事態宣言で芸人が自宅から出演 Zoomライブが転機に

Photo by Neranjana Manoharan on Unsplash

しばらくすると劇場を利用できなくなり、緊急事態宣言で芸人の外出自体難しくなったため内容の変更を余儀なくされた。これによりライブは、各芸人が自宅からZoomで出演するトークを中心としたものに替わった。

トークライブの中で、過去のライブ映像を見ながら語り合うなどZoomの機能を活かした「見せ方」があることが分かってきたといい、ここから気持ちを切り替えてできることを積極的にやっていこうと思えたと振り返る。

配信を敬遠していた頃とは打って変わって「ライブより面白い配信」にすると公言。SNSなどで視聴者の反応を見るとそれぞれの楽しみ方があることが分かり、会場の空気や笑い声の量だけでは測れなかった満足度の指標に新鮮な面白さを感じているようだ。

芸人たちも同様だ。最初は客からのリアクションが返ってこない配信ライブは「まったく手応えがない嫌なオーディション」のようだと例える声もあったが、次第にSNSで反響を確認しながら芸に還元し、振り切ってパフォーマンスするのが当たり前になってきた。芸人たちにとっても、思っても見なかった引き出しが増えることになるのかもしれない。

「こんなことでもないと変わらなかった」大手事務所が重い腰を上げた

児島さん自身はライブにこだわりながらも、芸人がネット配信を使う機会をもっと増やすなどお笑い界は変わった方がいいと感じる部分はあったという。しかし今回のような事態に陥るまでは、ネット配信の話が出ても大手事務所は「ネタの消費が早くなる」「新鮮さがなくなる」などを理由に取り合ってくれないことが多かった。

児島さんは「悪く言えば“古い体質”が残っている」というお笑い界だが、コロナ禍でライブやテレビ収録の中止が相次ぎ、大手事務所も必要に迫られてついにネット配信へ重い腰を上げた。

「こんなことでもないと変わらなかったのではないかと思いますが、配信に手応えを感じて業界が前に進んだ感覚はあります」

児島さんのような当事者のライブへのこだわりだけでなく、目先の利益で渋っていた大手事務所の存在もあり遅れていた「お笑い界のデジタル化」。
しかし、スマホネイティブの若者以外にも、地方在住のファンや子育て世代などなかなかライブに足を運ぶ機会のなかった層に大きな需要があった。

人がスマホで観るものすべてライバル

「今後は、配信ではスマホで見るすべてがライバルになる。これまでは舞台まで足を運ばせたらこっちのものだという気持ちがありましたが、スマホの用途すべてとの競争だと思うとライバルが多いなと感じています」

一方、ライブハウスで空気を共有するお笑いと違い「画面を見るだけのお笑い」はむしろテレビのバラエティ番組に近い。いかにしてお金を払ってまで観てもらうのか、そこに価値を生めるかが課題だ。

K-PRO提供

K-PROは6月27日、「感謝のK-PRO復帰ライブ『ALL RE: START』~皆様のおかげでライブができます!~」と題した公演を皮切りに、会場に客を入れたライブを再開した。

半分程度に間引いた客席ですら埋まらない日もあり、配信ライブのチケットは500枚近く売れる日があれば10枚程度にとどまる公演もある。児島さんは、嬉しさの半面、日常が戻るまでには時間がかかるのだという現実も突きつけられたと胸の内を明かす。

会場での感染対策は、検温、手指消毒、マスク着用などの基本的なものから、芸人に対して「ネタ終わりで帰る」「ネタきっかけを統一」を求めるなどお笑いライブ特有のものもある。芸人同士、芸人とスタッフの接触を減らすのが狙いだ。

2列目まで入れていいとされていた客席の先頭を3列目までに下げたり、フェイスシールドを配ったりするなど、試行錯誤しながら対策は念には念を入れている。

実際に観覧した客からは「安心できる」「両隣が空いていて快適に楽しめる」などの声が聞かれた。一方で、どんなに劇場の安全対策を整えても家から会場までの移動への不安から、常連客でも足を運ばなくなった人が少なくないのが現状だ。

「不要不急は一人一人が決めるもの」救われる人が必ずいるエンタメ

K-PRO提供

満席まで客を入れていた頃と比べると収入は4割減。依然として感染拡大は続き、7月には舞台でクラスターが発生するなど事態は厳しさを増す。

K-PROでは、ファンが喜びそうな過去のライブ映像も活用しながら、緊急事態宣言以降から好評を博している配信ライブに引き続き力を入れる。しかし、可能な範囲で客を入れたライブも継続する方針だ。

エンタメ業界に対して「不要不急ではないか」と指摘する厳しい声もある。しかし児島さんは「不要不急は一人一人が決めるものだと思っています」と語る。

「私自身がお笑いファンだった頃、辛いときや悲しいときに救いになっていたのが若手お笑い番組であり、芸人さんが出演するお笑いライブでした。

そんなライブがピンチな今、自分から降りるなんてことはできません。芸人さんには舞台が必要だし、当時の私みたいな人も必ずいます」

このパンデミックの前後で社会は大きく変わることになる。それでもお笑いライブには、笑って嫌なことを忘れ、心のリフレッシュができるパワーがあることは変わらないと児島さんはいう。感染対策さえ十分にできていれば、お笑いの力は今こそ必要ともいえるのかもしれない。

「第七世代ブームもあり、かつてないぐらいライブシーンが盛り上がっていただけに、コロナは本当に迷惑です。でも今を耐えれば一大ムーブメントが起こる可能性が大いにあると思っています」

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