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75年目の8月15日

 終戦の8月15日が、もう75年も前のことになった。この日を知らずに育った人の方が、ずっと多い時代になっているに違いない。このとき、私は12歳の国民学校6年生だった。この年は、学校の夏休みはなかった。

 というよりも、東京都内に3年生以上は居てはいけないことになって、私自身も、間もなく父の故郷である静岡の山奥へ向けて出発することが決まっていた。身の回り品を小包にしての送り出しなどは、すでに始まっていた。そんな中での「玉音放送」の告知だった。

 よく晴れた暑い日の正午だった。ラジオで最初に「君が代」が流れたような気がする。つづいて情報局総裁だかの短い紹介があって、やや聞き取りにくい高い声の「玉音」が始まった。私たちはそれまで、誰も「天皇陛下の声」なるものを聞いたことはなかった。

 折々の勅語も、すべて誰かが読み聞かせるものと決まっていたからだ。

 しかし言われていることの大よそは理解が出来た。「……かの共同宣言を受諾する旨、通告せしめたり」のところで、すでに発表されていたポツダム宣言を受けて、降伏したことを知らされたのだった。

 ただし、この前に「ポツダム宣言は黙殺する」と言明してしまったのはまずかった。原爆の投下も、ソ連の参戦も、「日本のポツダム宣言拒否」を根拠にされたからだ。本当は「ノーコメント」のつもりだったというのだが、日本的修辞法は国際的には通用しなかった。

 ここは、内外を使い分けてでも、「考慮中」と連合国側へは伝えておくべきだったのだ。

 だが、日本の当局者に、それほどの分別を期待するのは無理だったのだろう。実際に原爆を落とされたので降伏を決めた。それは「終戦の詔書」の中にも、ちゃんと書いてある通りである。広島、長崎の犠牲者は、もって瞑すべきなのかも知れない。

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