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病との闘いだった渡哲也さんの役者人生

「大都会」や「西部警察」など数々の人気アクションドラマや映画で存在感を発揮してきた俳優の渡哲也さんが10日、肺炎のため入院先の都内病院で親族に看取られ静かに息を引き取ったことが14日わかった。78歳だった。

石原裕次郎さんとの約束を果たして…

Getty Images

今年6月、石原プロモーションの創業者でもある俳優、石原裕次郎さんの生前の映像と共演した宝酒造のCM「よろこびをお伝えして50年~幻の共演~」のナレーション録りが最後の仕事となった。

CM完成後に書面で「最後のコマーシャルを裕次郎さんとの共演で終わらせていただきますのは感慨深いものがあります」とコメントを寄せていた。

一方、渡さんが2代目社長(現相談役)を務めた「石原プロモーション」も来年1月に解散することを発表していた。石原プロは、裕次郎さんが設立した個性豊かな役者揃いのプロダクションで「石原軍団」とも言われてきた。裕次郎さんが亡くなる直前、渡さんは「石原プロを畳んでくれ」という遺言を託されたとされる。その約束を果たして天国へ旅立った。

渡さんは、5年前の2015年6月10日に心筋梗塞の手術を受けた。当時を知る関係者は「胸の痛みを訴えたので病院で心電図を調べたところ、心筋梗塞と判明したので緊急オペになった」と状況を語った上で「下手したら死に至る状況だった」と険しい表情で振り返った。

入院は1ヶ月にも及び、その後は自宅でのリハビリとなった。

一時「宝酒造」のCMで現場復帰したものの、テレビドラマとしては13年9月の「十津川警部シリーズ」(TBS)、映画に至っては2005年の佐藤純彌監督「男たちの大和/YAMATO」以来、全く出演していなかった。

「入退院を繰り返し、ここ数年は呼吸器疾患などで自宅療養を続けてきた」(関係者)

そんな中、3年前の2017年3月14日に弟の渡瀬恒彦さん(享年72歳)を亡くした。それから2週間後の4月1日には石原プロの「相談取締役」に就任し経営陣に復帰したものの、体調は思わしくなかったと言われる。

病と闘い続けた役者人生

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それにしても、渡さんの役者人生は病との闘いでもあった。

まず1974年に「胸膜炎」を患い、当時、主演を射止めていたNHK大河ドラマ「勝海舟」を途中降板した。さらに1988年にもダウン。以来、「健康には日常から気を使っていた」(放送関係者)そうで、「100メートルを全力で走れないため、走るようなアクションは省いていた」とも。

最も記憶に残るのは「直腸がん」の公表だった。

1991年6月12日。渡さんは東京・港区の虎ノ門病院に緊急入院した。49歳の時だった。

渡さんの「直腸がん」は俳優生活が危ぶまれるもので、渡さんが裕次郎さんから引き継いで社長を務めていた「石原プロ」にとっても大きな衝撃だったことは言うまでもない。

それだけに渡さんの入院の情報は瞬く間に業界を駆け巡り、虎ノ門病院には報道陣が殺到した。このため、石原プロの小林正彦専務(2016年10月30日死去=享年80歳)は、一部のマスコミだけを集めて事情説明した。しかし、小林専務の発表の仕方が、逆に「重病説」に拍車をかける結果となった。

「かつて、裕次郎さんが亡くなった時は、小林専務が率先して会見を行ったんです。それが、渡さんの病状に関しては、一部のマスコミに限定して事情説明を行っただけだった。このことが、逆に『よほど悪いのでは』と思われる結果となったのです。やはり、こういった事情説明はオープンな場でやるべきだった」(当時を知る芸能記者)

「直腸がん」だったことに関しては、渡さん本人もショックだったと言うが、見舞いに訪れた舘ひろしは「僕は、撮影が入っていて手術には立ち会えないが」と前置きした上で「社長(渡さん)は、『病院にこんなに人が集まったってことは、俺は死ななきゃならないのかな?』なんて冗談を飛ばすほどで、『手術前日に銀座で飲んでいたら粋だろうな』とも言って笑っていた。最後には『お前、仕事を頑張れよ!』って逆に激励されちゃいましたよ」

また、入院直後には、渡さんが主演したドラマ「代表取締役刑事」(テレビ朝日)で、渡さんの娘役で出演していた酒井法子もいち早く見舞いに駆けつけていた。酒井は「心配していましたが、元気そうだったので安心しました。逆に頑張れよって励まされました」と安堵の表情だった。

しかし、渡さん本人とは別に俊子夫人は、かなり深刻な表情だったそうで、舘も「奥さんは、だいぶ疲れているようだった」と説明していた。

事実、手術は想像以上に過酷なものだった。当時を知る芸能記者は、

「手術は直腸を25センチも切除したと言います。当初、担当医は『がんは初期のもの』としていたようですが、実際には違っていた。手術を前に、渡さんは医師団に『人工肛門は避けて欲しい』と要望を出していたそうです。ところが開腹したところ人工肛門をつけざるを得ない状態だった。つまり、がんは拡大して、進行していたことになります」

記者が専門医を取材したところ、

「25センチ切除ということは、がんの中心から上下12.5センチに広がっていたことになります。つまり、中心から12.5センチ切らなければ安全圏ではなかったということです。専門医の意見では、通常、直腸は20~30センチだと言われているだけに、25センチも切除するというのは、直腸そのものがなくなってしまうことになります」

もっとも、渡さんの担当医で手術を執刀した秋山洋副院長は、

「早期の中でもやや進んでいたが、がんの部分以外には異常はなく、がんは広がってはいない」とし、退院後は「日常の仕事は可能だし、仕事にも復帰は出来る」と明言していた。

ちなみに、渡さんの壮絶な闘病生活は、柏木純一の著書『渡哲也 俺』に描かれており、渡の人工肛門が一つの要因になって、その後、主な公共施設に専用トイレや設備が普及する大きなキッカケとなったとも言われている。

写真AC

その他にも、1973年には歌手として「くちなしの花」を発売。150万枚以上を売り上げる大ヒット曲となり、74年には「NHK紅白歌合戦」にも出場した。

渡さんの葬儀は「家族葬」として近親者のみで営まれた。また、故人の遺志で「お別れ会」や「偲ぶ会」などは行わないと言う。

昨年の梅宮辰夫さんに続いて、また一人、昭和の大スターが息を引き取った。

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