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コロナ制圧のために中国共産党が「封鎖都市・武漢」でやっていたこと

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新型コロナウイルスの感染が最初に拡大した中国・武漢は、2020年1月から2カ月半にわたり封鎖された。この間、「封鎖都市」では一体なにが行われていたのか。現地を取材した共同通信中国総局の早川真記者がリポートする――。

※本稿は、早川真『ドキュメント武漢 封鎖都市で何が起きていたか』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

中国で新型ウイルス肺炎拡大 武漢市の病院=2020年1月25日 - 写真=AFP/アフロ


発熱外来には100メートルの行列が

武漢市が封鎖された1月23日に話を戻そう。このころ武漢市内では既に医療崩壊が始まりつつあった。湖北省の公式発表を見ると、23日までの武漢市の発症者は計約500人で、前日より70人増えた。死者は武漢を含む湖北省内で計24人だ。数字だけでは混乱ぶりがよく分からないが、市内の病院には発熱した患者などが殺到し、既に対応し切れない状態になっていた。

中国メディアによると、中心部にある「武漢市第七医院」には午前10時、つまり武漢が封鎖された時刻には、発熱外来に100メートルほどの行列ができていた。寒いのでコートを着て路上に並ぶ人たち。かたわらを担架で重症患者が運ばれていく。救急車以外にも、自家用車やタクシーで次々に患者が集まってきた。

中国では平時でも、救急車が来てくれないことは珍しくない。首都の北京ですらそうだ。私もけがをした友人のために救急車を呼んだものの、なかなか来ないのでタクシーで病院に運んだ経験がある。病人やけが人が出たら周囲の人と助け合って自分たちで運ぶのは普通のことだ。

都市が封鎖されたことも異常事態だが、インターネット上には「医者も看護師も物資もみんな足りない」「感染していない人も並んで感染するのではないか。危ない」といった武漢からの書き込みが既に相次いでいた。市内の各病院は軒並み行列が発生。待合室は人であふれ、床に座りこむ人も多かった。診察を待つ患者たちをかき分けるようにして防護服姿の医療従事者が行き交っていた。

「初期の感染者は、ほとんど院内感染ではないか」

「自分も感染しているのではないか」。都市封鎖によって、それまで事態を楽観していた市民の不安感も一気に高まり、念のため病院に行こうという人も増えていた。しかし病院内は密集状態で、いつ感染してもおかしくない状態だ。感染を防ごうとマスクを何枚も重ね、コートの襟を立ててうつむく人たち。「もし感染していなくても、逆に病院で感染してしまう」。ベッドが足りないので、廊下や待合室も点滴を受ける人たちであふれた。深夜になっても行列は解消せず、むしろ増えるばかりだった。

武漢中心部に住む市民は後に、「初期の感染者は、ほとんど院内感染だったんじゃないか」と証言している。「武漢の冬は寒い。北京などの北国は住宅や公共施設の暖房がしっかりしているが、武漢にはそんな暖房はない。部屋という部屋は扉や窓を閉め、なるべく密閉して外気が入らないようにする。病院もそうだった。待合室、診察室、検査室、病室。みんな密閉状態だったし、そこに患者や付き添いの人、医師や看護師などが入り乱れていた。感染を防ぐために動線を分けることもなかった」と当時の様子を振り返った。

「武漢市内にとどめよう」という当局の強い意志

高熱の患者とそうでない患者が接触する状況を一刻も早く解消する必要があった。「熱が37度3分以上の患者は市内の指定の病院で集中して受け入れよ」。武漢市当局の指示を受け、指定病院では高熱の患者の動線を分けるための急ごしらえの工事が始まった。ヘルメットをかぶった作業員たちが板と材木で即席の仕切りを作りはじめた。

武漢市で新型ウイルス対策の陣頭指揮を執る「新型肺炎防止コントロール指揮部」は24日に通知を出し、まずそれぞれの社区で発熱患者の分類をして、診察が必要な人がいれば車を手配して指定の病院に送り届けるよう求めた。「指定された発熱外来はいかなる理由があっても病人の受け入れを拒否してはならない」としている。同日の武漢市の会議では「感染の疑いがある患者は無条件に受け入れるようにする」と確認した。つまり、それだけ病人が診察を受けられない状況が拡大していたということだ。

この会議では「医薬品や医療機器の生産の保証に全力を尽くす」ことも申し合わせている。市内では薬や治療機器が足りなくなっていたのだ。また、「高速道路の出入り口から小さい道まで、武漢を離れるルートをしっかり規制し、断固として感染が外に拡大しないよう阻止しなければならない」と強調しており、とにかく新型ウイルスを武漢市内にとどめておこうという当局の強い意志がうかがわれた。

65歳の母親は死ぬ間際に「喉が渇いた」とつぶやいた

そうしている間にも、まともな治療が受けられずに死亡する患者が増えていった。華南海鮮卸売市場の近くに住むタクシー運転手は、1月20日に65歳の母親が発熱した。共同通信に対する運転手の証言によると、病院に行くと1000人以上の患者が行列を作っていた。連日、母親に付き添って10時間以上並んだが、注射すら打ってもらえない。隣町の病院を目指したものの、警察官が交通規制を理由に阻止した。思わず「人殺し」と叫んだ。何カ所もの病院に受け入れを拒まれ、2月8日に死亡。死ぬ間際に「喉が渇いた」とつぶやいたという。

武漢市の男性の69歳の母親は2月1日に発熱。肺炎症状があり入院が必要だと診断されたが、医師からは「病床がない」と告げられた。救急車を呼ぶと「忙しい」と言われ、警察には「所管外」と突き放された。別の病院に行くと、多くの横たわる患者で床が埋め尽くされていた。母親はその日のうちに急死したという。

このように診察が受けられずに死亡した人は、新型ウイルスに感染していたかどうかも分からないので、死者の統計には含まれていない。市民らの証言によると、流行初期の混乱の中で、こうした統計外の患者や死者が多数いたとみられる。

また別の市民の証言によると、市内の病院は新型ウイルス患者の治療だけで手がいっぱいになり、他の病気やけがの診察がほとんどできない状態に陥った。外来受付が軒並み閉鎖されていたという。「私の周りでも、心疾患の治療が受けられずに親族を亡くした人がいた。同じような人がたくさんいる。こういった死者も新型ウイルスの犠牲者だ」と話した。

患者や家族が医師や看護師を殴ったりする例が急増

患者だけでなく医療従事者も追い詰められていた。「もう耐えられない」。インターネット上では1月下旬ごろ、武漢市の病院で泣き叫ぶ女性看護師の動画が拡散された。医師や看護師が足りず、多くの医療従事者が不眠不休に近い状態だった。防護服やマスクなどの医療物資も不足し、感染する人も続出。中国政府の発表によると、2月下旬までに中国で約3000人の医療従事者の感染が確認されている。

湖北省の王暁東省長は1月26日、「3日以内に防護服やマスクの生産を拡大させる。3日後には省内の防護服の1日当たりの生産能力を1万2000件に、10日後には3万件に拡大する」と約束した。湖北省政府は30日の会見でも、省内の企業を動員して医療物資を増産し、中央政府や他省に援助を求めて不足を補うと再度強調している。高機能マスクや防護服が多数寄付されているとも説明した。だが当局が寄付を医療現場に公平に分配していないとの疑念も噴出し、省幹部は「批判を誠心誠意聞き入れる」と異例の釈明に追い込まれた。

医療従事者たちに対する暴力も問題になっていた。満足な治療が受けられない中、感情的になった患者や家族が医師や看護師を殴ったりする例が増えたのだ。湖北省当局は29日、人につばを吐きかけた感染者は刑事責任を追及すると通知した。30日には武漢の病院で死亡した患者の家族が医師を殴り、マスクと防護服を引きちぎったとして拘束された。あまりに過酷な環境に、現場の医師の不満は募る。当局は医療従事者を対象に、休日の付与や食事券の支給、子どもの進学や入試面での優遇措置を打ち出した。

紙おむつで奮闘する医療隊を「最前線の模範」と称揚

一方、中国共産党は、人民解放軍の医療隊を武漢に派遣することを決めた。医療崩壊で死者が続出している武漢は、もはや「戦時状態」の位置付けとなった。

24日、迷彩服を着た軍の医療隊員らが乗り込んだ軍用機が、上海、重慶、陝西省西安から武漢へと飛び立った。同日深夜までに計450人の医療隊が武漢の空港に到着した。陸海空軍の軍医大学から選ばれた隊員たちだ。重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した際に出動した経験のある隊員も含まれる。重症者の多い市内三つの病院に分かれて配置された。

中国では、軍は国ではなく共産党の指導下にある。軍を指導する中央軍事委員会の主席は、習近平国家主席が兼務している。国内で地震や洪水など大規模災害が起きたときには軍が出動することが多い。国営メディアなどは、そのたびに軍による救援活動をたたえる報道を展開する。

武漢に入った医療隊についても、「私は共産党員です。行かせてください」「子どももいないので後顧の憂いはありません」などと志願した隊員らが「出征」したと報じた。また、「現場では6~8時間はトイレに行けない」として紙おむつを穿いて医療活動に携わった隊員のインタビューを放映し、「最前線の模範だ」などと報じた。

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