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ウォール・ストリートの文化解剖

ひさしぶりに、読んでいて本当にゾクゾクし、疲れていてもつい次々とページをめくってしまうような研究書を読みました。数年前に出版されて読もう読もうと思いつつ積ん読になっていて、読む機会を作るために大学院の授業の課題に入れたのがこの本、Karen HoによるLiquidated: An Ethnography of Wall Street画像を見る

副題から明らかなように、文化人類学者がウォール・ストリートの文化や価値観を描写・分析したものです。その副題を見るだけで、私なぞは「ひょえ〜!すご〜い!」と思ってしまうのですが、実際に読んでみると、これがほんとにすごい。

スタンフォード大学を卒業し、プリンストン大学で人類学の博士課程に在籍していた著者は、企業の株価の上昇がしばしば企業の大幅な解雇と重なることに素朴な疑問をもち、また、現代のアメリカそして世界経済のもっとも中核的な位置づけにあると考えられている投資銀行の世界で働く人々の価値観や生活に興味をもち、大学院を休学して大手の投資銀行に自ら職を得る。

そこでウォール・ストリートの仕事の内容はもちろん、投資銀行という職場の物理的環境や人間関係、そこで働く人々の日常生活や人生目標などを、鋭く冷静に観察する。もちろん、ウォール・ストリートで働く他のエリート銀行員と同様に、とてつもない長時間労働をして、自分に与えられた仕事をこなす。

しかしまもなく、彼女の部署が解体となり、彼女自身も解雇の目に遭う。しかしそれも、ウォール・ストリートの世界ではごくごく日常的なこと。解雇された後は本格的なフィールドワークとして数多くのウォール・ストリートのエリートたちをインタビューし、解雇されてはまた次の職につき、臨機応変にさまざまな職を転々としながら自分の銀行員としての価値を上げていく人たちのメンタリティを著者は分析する。

ウォール・ストリートのエリート投資銀行が、ごくごく特定少数の名門大学のみから新入社員をリクルートし、そうやって選ばれた若者がウォール・ストリートの文化や発想や行動様式を身につけエリート意識を育み、ウォール・ストリートの世界では至上かつ自明とされていながらもその外の人間からみればきわめて特殊な価値観にのっとって、企業の買収などの大型ディールに取り組み、これまた外の人間から見れば驚異的な報酬を手に入れる。

投資銀行という職場の空間的設定(職種のヒエラルキーと職場のフロアが一致していて、使うエレベーターも別になっているとか、クライアントとのミーティングは外の豪勢なレストランやホテルなどで行われるので、銀行員のオフィスは驚くほど質素だとか)から、銀行員の食生活、服装、通勤様式など、その世界にいる人にとってはごく当たり前で特別な意味を見いださないようなことでも、実際は非常に多くのことを物語っている、というような要素を、著者は見事な鮮明さで描き出す。

そうしたエスノグラフィーも読んでいてワクワクするけれども、さらに著者は、shareholder valueを上げることを至上の使命とする現代の金融のありかたは、アメリカの経済史においてもごく最近の現象で、株主の利益と経営者や従業員の利益が一致しない企業のありかたは、20世紀アメリカにおいてもきわめて特殊な状況であるという歴史的文脈を、私のように経済音痴な読者にもわかりやすく説明してくれます。

そして、ハイリスク・ハイリターンの原理のもと、短期の収益を上げることで株主にとっての利益をひたすら追求するウォール・ストリートの論理が、ウォール・ストリート以外の経済全体を支配するようになることがもたらす危機を、オソロしいまでの説得力をもって示しています。

そういう大きな流れについては、もちろん多くの経済学者や業界内の人々がすでにたくさん示してきているのでしょうが、そうした流れを、銀行家たちの日常のディテールからエスノグラフィックに浮かび上がらせ、金融の世界の根底にある価値観や「マーケット」という概念は、けっして抽象的・客観的なものではなく、銀行員たちがさまざまな行為を通じて作り上げている産物なのだ、ということを描いているところがすごい。

研究としてすごいな〜と感心すると同時に、読んでいてその内容にイヤ〜な気持ちになることも確か。私はバブル末期に大学を卒業したので、大学時代の友達の多くも金融業界に就職し、アメリカの投資銀行で仕事をしている友達も、実際にウォール・ストリートで働いている人たちもいます。そうした人たちの一部と話しているときに、なにか根本的に私と思考パターンが違うと感じながらも、なにがどう違うのかよくわからない、ということがあったのですが、この本を読んで、そのあたりがすごくよくわかるようになった、というメリットも。とにかくすごい本ですので、おすすめです。

今晩のオバマ大統領とロムニー候補との討論を聞くにあたって、この本で学んだことも参考になるような気がします。

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