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コロナで変わるサラリーマンの働き方 「転勤」をめぐる物語も変化するか - 真実一郎

サラリーマンにとって転勤とは「忠誠心のリトマス試験紙」

新型コロナウイルスが、サラリーマンの働き方を大きく変えようとしている。

在宅勤務の長期化、ビデオ会議の浸透、コワーキングスペースの併用、フレックス制の導入。決まった時間に決まった場所で働く、という従来の管理型から、自由な時間に自由な場所で働くActivity Based Workingへ。感染を防ぐ「新しい生活様式」に対応する形で、リモートワークへの急激なシフトが進んでいる。

政府が経済界に対して在宅勤務7割を要請するなど、今後も都市部および大企業のホワイトカラーを中心に、この流れは加速化するだろう。

こうした中で注目したいのが、富士通やカルビーが表明した、単身赴任の削減・解除の動きだ。リモートワークを勤務形態の基本とすることで、オフィスに縛られることが無くなれば、居住地を移してまで働く必要は薄れていく。「転勤」の二文字からサラリーマンが解放される可能性が急浮上しているのだ。

単身赴任や転勤は、サラリーマンを縛り続けてきた「不自由さ」の象徴だ。それを象徴するエピソードがある。『課長島耕作』(弘兼憲史)第1巻の第7話で、島耕作はニューヨーク支店への転勤を命じられる。海外勤務経験は出世への必須条件だ。しかし妻子に猛反対されてしまい、単身赴任することを決断する。

そのときに島の上司たちが交わす会話の内容は衝撃的だった。

常務「あの男もよく単身で行くことを承諾したな」
部長「彼はなかなか見どころがあります。非常に忠誠心を持った男ですし」
常務「うちも大手スーパーのD社をみならって転勤に関する考査を三段階に分けたらしい。つまり転勤の辞令が出た時に無条件に従う奴をA、条件付きで従う奴をB、転勤を拒否する人間にはCというふうにランク分けして、給与に格差をつけるというやり方だ」
部長「なるほど、それはいい考え方ですな! 近頃の若い奴は家庭を会社より大切にする傾向がありますから」
常務「島君はAだな」

『課長 島耕作』第1巻

この話が描かれたのは1985年。当時の大手企業で実際に採用されていたといわれる評価制度が引き合いに出されていて、ここに日本企業の本音が垣間見える。転勤という制度には、社員を会社に縛りつける忠誠心を試すリトマス試験紙、という側面があったのだ。

昭和・平成のサラリーマン漫画に描かれてきた転勤模様

転勤の辞令を受け入れたのは、島耕作だけではなかった。

『釣りバカ日誌』(作・やまさき十三、画・北見けんいち)の主人公で愛妻家の浜崎伝助は、1983年に四国支社転勤を言い渡され、単身赴任を決断した。『サラリーマン金太郎』(本宮ひろ志)の矢島金太郎も、妻子を残して1995年に東北支社に転勤。『だから笑介』(聖日出夫)の大原笑介は1996年にアメリカに赴任。同じく1996年、『総務部総務課山口六平太』の六平太は、松山への突然の転勤辞令に淡々と従っている。

代表的なサラリーマン漫画の登場人物たちは、働き盛り真っ最中に転勤を承諾し、会社への忠誠心を示すことで、上層部からの評価を高めていった。逆に転勤を断れば、出世の道は断たれてしまう。

2000年に描かれた『クッキングパパ』第66巻の第645話では、大平課長という有能で人望もある登場人物が、なぜ課長のまま定年を迎えるのか、その理由が明かされる。博多本社で同期トップと評価されていた大平には、かつて東京支社転勤と部長昇進を断り、地元で妻子と過ごすことを優先させた過去があった。その後も転勤を断り続けたため、部長への道は閉ざされてしまったのだ。

一方で、転勤は「左遷」という懲罰人事の意味合いを持つこともある。島耕作は『課長島耕作』第4巻で、副社長の愛人を寝取ったことで恨みを買い、京都の工場に転勤となった。部長になってからも、些細な失敗が原因で派閥抗争の巻き添えとなり、『部長島耕作』第10巻で福岡の販売センターに飛ばされている。

この8月にテレビドラマ化される、新聞社を舞台とした漫画『働かざる者たち』(サレンダー橋本)では、スクープを焦るあまり誤報を流して田舎の通信局に飛ばされ、15年近くもほとんど記事を書いていない老新聞記者が登場する。転勤という名の左遷は片道切符ともいわれ、サラリーマンの気力を奪ってしまう。

昨年、SNSで転勤をめぐる炎上騒動があったことも記憶に新しい。育児休暇を取得し新居に引っ越した男性社員が、育休明け直後に転勤を命じられてしまい、最終的に退社したというケースだった。栄転にせよ左遷にせよ、転勤に異を唱えれば社内に居場所が無くなってしまう状況は、今も根強く残っている。

ウィズコロナ時代のサラリーマンは「自由」か

つまるところサラリーマンとは、「安定」を手に入れるかわりに「自由」を手放す生き方だった。

生涯にわたる忠誠心を会社に捧げることで、終身雇用と年功序列によって守られ、不安のない余生を保証される。そのかわり、毎日スーツとネクタイを装着し、満員電車に揺られて定時に出社し、残業を課せられ、夜も週末も仕事や付き合いで滅私奉仕する。

だからサラリーマンを描くコンテンツは、常に「安定」と「自由」の間で引き裂かれる葛藤が通底していた。近年は正社員比率の低下や成果主義の浸透など、安定の土台が揺らいでいるため、手に入れた安定を手放さないよう、これまで以上に自由を犠牲にする傾向が強くなり、社畜やブラック企業を描く作品が増えてきていた。

Agefis on Unsplash

しかしコロナの長期化は、思いがけない自由をサラリーマンに与え始めている。在宅勤務が浸透することで、満員電車や接待といった苦行から解放され、ネクタイを締める必要も無くなった。うるさい上司もそばにいない。オフィスという場所に縛られなくても仕事は出来てしまう、ということに多くのホワイトカラーが気づいてしまった。

企業の側も、リモートワークを前提とすればオフィスの家賃や設備のコストカットにつながり、遠方の優秀な人材や育児中の人材も確保しやすくなる。オフィスとはそもそも何のためにあるのか再考され、転勤という人事制度の非合理性も浮き彫りになるだろう。

将来的にオフィスという場所から自由になり、転勤や単身赴任の辞令から解放されたとき、サラリーマンを巡る物語は今とはかなり異なるものになるはずだ。

例えば島耕作は、ニューヨーク単身赴任時に手掛けたネオン広告掲出やポスター制作は、今なら現地デザイナーとオンライン会議をして指示すれば済んでしまう業務内容だ。京都転勤時は現地で作った愛人を友禅染の巨匠に抱かせることで大きな仕事を成功させたけれど、リモートであればそもそも遠隔地に愛人など作れず、こんな手口で成果を出すことなどできなかった。

在宅勤務が標準の時代であれば、島耕作は女性関係も広がらずに寝技が使えず、料亭での飲みにケーションも出来ずに、会社への忠誠心が空回りして課長止まりだった可能性が高い。一方で『クッキングパパ』の荒岩一味は、もともと料理と育児で在宅時間を充実させることを優先させてきた先駆者として、在宅勤務に順応し、もっと出世していた可能性がある。

ウィズコロナ、アフターコロナの時代に、サラリーマンはオフィスの拘束から解かれ、場所と時間の「自由」を手に入れ始めるだろう。しかしそれは、生産性と成果で純粋に個人が比較評価されるシビアな世界でもある。「自由」の味は甘いか苦いか。もっとも、コロナ不況でそもそもの「安定」が脅かされると、サラリーマンという存在そのものが揺らいでしまうのだけれど……。

プロフィール

真実一郎
サラリーマンとして働く傍らライターとしても活動し、幅広いメディアに寄稿を行う。サラリーマンの働き方を専門とし、著書に『サラリーマン漫画の戦後史』(洋泉社新書y)がある。

サラリーマン漫画の戦後史(改訂版): 昭和・平成を越えていけ

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