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JR各社が検討する「ラッシュ時の運賃値上げ」は本当に実現可能なのか

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負担を背負うのは割安で乗っている定期利用者か

では誰に負担増を求めるかが問題となる。JR東日本の輸送量(旅客数と乗車キロを掛け合わせた数値)は定期利用者760億人キロに対し、定期外利用者は615億人キロと定期利用者が上回っている。一方、旅客運輸収入は定期利用者の5063億円に対して定期外は1兆3503億円と大きな開きがある。定期外というのは、新幹線や在来線特急の特急料金なども含まれる。

これに対し、定期利用者の運輸収入は輸送量のわりにかなり安い。というのも、JR東日本の通勤定期券の割引率は1カ月定期券で約50%、6カ月定期券では約60%にも達するからだ。1カ月定期券では1カ月当たり15日、6カ月定期券では1カ月当たり12日利用すれば元が取れる計算になる。

通勤定期券の歴史は古く、およそ100年前に誕生した。1920年に行われた運賃改定で、普通運賃が大幅に値上げされたのに対し、定期運賃は国民生活の負担軽減を名目に据え置きとなったため、定期券の割引率が高くなり、通勤利用者は定期券を使うようになっていった。職住近接から職住分離の「通い」のスタイルへと転換が進んだことと、東京圏の鉄道整備に伴い東京の郊外化が進展したことが、両輪のように影響している。

合わせて、高度成長期に企業が通勤費を負担する慣習が広まったこともあり、本来であれば運賃は都心から離れるほど高くなるのが、高い割引率によって遠方からの通勤を可能にした。良くも悪くも定期券と通勤手当がこれまでの「満員電車文化」を作ったといっても過言ではない。

もう一つの理由は「通勤ラッシュの緩和」

これまで鉄道事業者の経営は好調だったため、遠距離なのに運賃が安い定期券の「矛盾」を解消するための値上げは利用者に受け入れられず、議論が進んでこなかった。

しかし、新型コロナウイルスの影響でテレワークが急速に普及。週5日間オフィスに出社する勤務スタイルは過去のものになろうとしている。利用客が激減し、鉄道事業者の経営の先行きが不透明になったことで、ようやく運賃制度を根底から見直そうという機運が盛り上がってきたのである。

JR東が変動運賃制を検討する理由はもう一つ、通勤ラッシュの緩和だ。実は鉄道会社にとっても通勤ラッシュの存在は非常に負担が大きい。というのも、鉄道の設備は運行のピークに合わせて設計しなければならないが、これら設備はラッシュ時間帯以外は遊休設備になるため、経営効率を下げることにつながってしまうからだ。

朝ラッシュ時間帯2分30秒間隔、日中5分間隔で走っている路線を例にとれば、ラッシュ時間帯の混雑を分散することで、終日5分間隔の運行が可能になれば、車両や人員はラッシュ時の半分で済むことになる。車庫用地も、信号設備や変電所の容量なども半分になる。鉄道会社にとってもラッシュを無くし、混雑を平準化するのは望ましいことなのである。

国の認可は? 私鉄や地下鉄はどうなる?

ただし、運賃の見直しは国の認可が必要なので時間がかかる。現在の鉄道の運賃制度は、上限金額を国が認可し、鉄道会社はその範囲内で運賃を設定することになっている。変動運賃制は割引だけではなく、値上げする時間帯も生じるため、運賃制度自体を見直さなくてはならない。こうした大規模な運賃制度の見直しは、通常であれば10年単位の時間を要する。

JR東日本の深澤社長は8月2日付東洋経済オンラインのインタビューで、検討期間は「1~2年というスパンで考えている」と答えているが、東京メトロや相模鉄道など相互直通運転を行っている路線にも影響するほか、東海道線・京浜東北線と並行する京急線や、中央線と並行する京王線など競合路線との兼ね合い、またSuicaやPASMOなどIC乗車券の技術的な対応等もあるため、一朝一夕にはいかない可能性がある。

当然、JR東日本以外にもこうした新たな運賃制度を導入しようという動きがあがるだろうから、各社一斉にタイミングを合わせて新制度に切り替えるべきという声も出てくるはずだ。かといって新制度の導入が遅れれば出血は続くことになる。広範にわたる議論を、短期間で取りまとめることができるのかが問われることになる。

コロナ禍で「定期券離れ」が始まるのか

新型コロナウイルスの影響で、100年間続いた高割引率の通勤定期券を背景にした大量輸送=満員電車文化は、その歴史的役割を終えようとしている。

JR東は、混雑率(需要)に応じて値段が変動する運賃制度を採用した場合の具体的な値上げ幅について明かしていないが、今後もラッシュ時間帯の通勤を続ければ、手持ちの定期券が値上がりするのは間違いない。一方で、ラッシュを過ぎて乗れば現状よりも安い運賃になる可能性もある。定時出社の概念が崩れつつある今、これまで当たり前のように通勤手当を支給していた企業側も見直しを迫られることになるだろう。

実際、富士通は7月から通勤手当を廃止し、月5000円の「スマートワーキング手当」を開始。カルビーも7月から通勤定期代に代わり、オフィス出社時の交通費を実費で支給すると発表した。通勤定期を実質廃止する大企業のこうした動きは鉄道事業者にとっては痛手だが、新たな運賃制度が実現すれば会社員の「定期券離れ」はさらに進んでいくだろう。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)

鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家

1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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