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「一敗の輝き」がないからこその未来。

春に続いて「夏」も早々と全国大会が消滅してしまった高校野球。

現実には、多くの高校球児にとっての高校野球は、「甲子園」ではなく地方予選までだったりもするから、今、全国で無事”独自大会”が行われているのを見ると、最悪の事態を回避できただけまだよかったんじゃないかな、と思ったりもするのだが、それでも、幼い頃から本気で大舞台での頂点を目指し、過酷な練習に耐えてきたスポーツエリートたちにとっては本当に悔しい夏になってしまったはずだし、そんな世界とは無縁のところで生きてきた自分にとっても、例年なら今頃は連日流れていたはずの「全国高等学校野球選手権大会」のニュースが流れない、ということへの寂しさは当然ある*1

そんな中、今年もめぐってきたNumber誌の高校野球特集号。


Number(ナンバー)1008号[雑誌]

  • 発売日: 2020/07/30
  • メディア: Kindle版

今回は、”野球親父”たちの郷愁を年に一度呼び覚ます、という例年のコンセプトに加え、「甲子園に出たくても挑む機会すら与えられなかった」球児たちへエールを送る、というトーンも色濃く出ている企画になっていて、その辺はさすがに考えたな・・・という印象は受けたのだが、中でも強烈だったのが、冒頭に登場する、桑田真澄氏と荒木大輔氏という、春夏の甲子園を出尽くした男たちの対談企画*2

甲子園で2度頂点を極めた桑田氏と、結局一度も優勝旗には手が届かなかった荒木氏。バックグラウンドを眺めても、徹底したスパルタ式のPL学園とリベラルな早実、求道者的なストイックさと”野球を楽しむ”精神等々、大きな違いがある両者だが、1年生の夏にエースとして鮮烈なデビューを飾り、一時代を築いたという点では共通している。

そんな2人が、かれこれ40年近く前の思い出話に花を咲かせる、という実に味わい深い企画なのだが、やはり今の状況の下で刺さるのは、対談終盤の以下のようなやり取りである(強調筆者、以下同じ)。

桑田「今年の高校3年生は甲子園を目指すことさえできなかった。もし自分だったら、と問い質してみると、僕もおそらく、ある時期は落ち込んで自暴自棄になったと思います。でも、その時期が過ぎたら次の目標に向かっていたと思うんです。厳しい言い方になるかもしれませんが、落ち込むだけ落ち込んだら線を引いて、次の目標に向かってほしい。甲子園がすべてじゃないから。僕たち野球人は、人生の勝利者にならないといけない。(以下略)」

荒木「子どもたちはよく我慢していると思う。感情を爆発させてもおかしくないくらい酷いことが起こってしまったのに、本当によく我慢している。そんな彼らに掛けられる言葉はないよ、何を言っても、「オレら、甲子園には出られないし」みたいになっちゃいそうな気がして・・・。
(以上13頁)

あくまでストイックに「前へ進め!」と喝破する桑田氏と、素朴な優しさを前面に出す荒木氏の対比がそれぞれの野球人生ともラップするし、「アイツらと同じユニフォームを着て、一緒に野球がやれるなら、甲子園に5回出られないかもしれなくても、最初からやり直したい」という荒木氏の回想と、「あれ以上は頑張れない。・・・絶対にやり直したくない。」という桑田氏のそれとが最後までかみ合わない、というのも、また実に”らしい”ではないか、と思ってしまう。

自分も、楽しかった、充実していたと感じる経験に、悔しかった、力を出し切れなかったという思いが入り混じりつつも、それぞれの局面で全力を出し尽くしてきたようなところはあるから、「やり直したくなんてない。終わったら次の目標に向かうしかない。」という桑田イズムの方がしっくりハマるのだが、対談に出てくる人々が皆そういうスタンスでがんがん語っていたら、それはそれで暑苦しくて読みたくない記事になってしまっていたはずで、そんな読後感を残さなかったこの記事のバランス感覚が絶妙だった、ということは、ここで強調しておきたい。

そして、この対談の中での桑田氏の発言の中でもう一つ印象に残ったもの。

それは、上記引用箇所の前に出てくる、

野球の神様と甲子園の神様は違うと、僕は思います。甲子園に出てマイナスになる選手もいますし、甲子園に出られなかったことがプラスになる選手もいる。その選手がどう活かすかだと思うんですよね。」(13頁)

というフレーズ。

確かに、本号に限らず、毎年「甲子園特集」の企画に接し、過去の名勝負、甲子園を沸かせた選手たちの当時の姿が蘇るたびに、記事の中では触れられたり、触れられなかったりする「あ、でもその後は・・・」という残酷な現実とのギャップに切なさを感じてしまったりもするわけで、この一言に触れた後に、「甲子園一敗の輝き」のタイトルの下登場する様々な”名勝負”記事を見ると、余計に様々な感慨が湧いてくる。

今年に関していえば、「甲子園に続く道」が断たれた時点で、スーパーエリートから公式戦未勝利の学校の選手まで、全ての球児が「負け」を味わったということもできるし、逆に本当の意味での「一敗」を誰も味合わずに済んだ、という見方ももできるところ。

そのことが、今年「3年生」として夏を迎えた選手たち一人ひとりの人生にどうかかわってくるかは分からないが、ここで「壁」とか「燃え尽き感」を味合わなかった(味合うことができなかった)ことで、いつもの年より次のステージで野球を続ける人たちが増えるなら、それはこの最大の不幸の下での数少ない”果実”というべきだし、できることならそうあってほしい、と願うばかりである。

ちなみに、本号には、昨年非常にセンシティブな話題となってしまった「大船渡高校決勝戦エース登板回避」のその後を追いかける鈴木忠平氏の記事も掲載されている(鈴木忠平「佐々木朗希と大船渡ナインの未完の物語。」Number1008号41頁)。

昨年のNumber誌で取り上げられた時は比較的ポジティブな方向でまとめられていたこの話も、昨秋のドラフト会議時に流れたあれこれの噂に加え、今号で1年前のチームメイトたちが語る生々しい証言に触れてしまうと、決して単純なものではなかった、ということがどうしても伝わってきてしまうわけで・・・。
    
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

もし、新型コロナ禍が1年早く日本を襲っていたら、おそらく佐々木投手は夏の登板機会がないまま、それでも前々から彼を追いかけていたプロ野球チームにドラフト指名されて同じように入団しただろうし、それ以外の選手たちも「決勝戦にエース抜きで敗れた」という虚脱感の代わりに、「次でこそ」の思いを強く抱いたまま野球を続けた人が、もしかしたら多くなっていたかもしれない。

そう考えた時、コロナ禍に振り回された今年の球児たちを「気の毒」の一言で括ってしまうのはあまりに安直すぎるな、と改めて思うのである。

*1:いくら「第2波」の真っただ中だからといっても、一方では、今、入場制限を付しつつも観客を入れた状況でプロ野球が行われている、という状況もあるだけに、春も夏も早々と(残酷な)「中止」を決めてしまった主催者、競技団体の度胸、というか器量のなさには正直がっかりさせられるところもある。過去エントリーも参照のこと(今日のCOVID-19あれこれ~2020年3月5日版 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~)。

*2:石田雄太「悔しさを誇りに変えて」Number1008号8頁。

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