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  • WEDGE Infinity
  • 2020年08月09日 16:19 (配信日時 08月08日 17:53)

李登輝葬儀、政府代表なぜ派遣せぬ、日本版「旅行法」で非難排せ - 樫山幸夫(元産經新聞論説委員長)

台湾の李登輝元総統の死去に対する日本政府の反応は、やや冷淡に映った。

葬儀への特使派遣の考えはさらさらなく、安倍首相のお悔やみのコメントも紋切り型の内容だった。中国への配慮が必要というのは理解できるが、李登輝氏が日台関係に残した足跡の大きさ、台湾の存在の重要性を考えると残念と感じる向きもあろう。

中国の顔色をうかがうことにうんざりし続けている国民は少なくない。この機会に、米国の「台湾旅行法」にならって法を整備、政府高官の往来を自由にするのも一法ではないか。台湾への〝不義理〟も解消され、双方の関係はいっそう拡大、東アジアの安全保障にも寄与するだろう。

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深みに欠ける弔辞

李登輝総統死去翌日の7月31日、安倍首相は官邸で記者団の質問に答え、お悔やみの言葉を述べた。

「日台の友好増進に多大な貢献、日本に特別な思いで接してこられた」「台湾に自由と民主主義、人権、普遍的な価値を(もたらした)」など故総統の功績に言及、「多くの日本国民が格別な親しみを持っていた」とその死を悼んだ。

それなりに慇懃ではあるが、型通りの印象はぬぐえない。「22歳まで日本人だった」が口癖の親日家、靖国神社にも詣でた東アジアの大政治家の死を悼むなら、もう少しものの言いようもあったろう。個人的な思い出、故総統に関する知られざるエピソードなど、さすが日本国総理大臣と、聞く人をホロリとさせ、また厳粛な気分にさせる深みのある言葉を聞きたかった国民は少なくあるまい。

同じ日の定例会見で、野党時代に訪台した際に故総統と会談した印象を語った菅官房長官のほうがまだしも血が通っていたといえよう。

しかし、その官房長官にしてから、葬儀への対応については「政府関係者の派遣は予定しておりません」とにべもないのだから失望したむきもあるだろう。葬儀の日程すら決まっていないにもかかわらず、早々と対応を決めてしまっているというのはどういうことだろう。「まだ何とも・・」と言葉を濁すなり、これまた返答のしようがあったのではないか。

一貫して高官交流控える

中国に配慮した日本政府の対応は、もちろん理解できないわけではない。

日本は1972年の日中国交正常化の際、台湾と外交関係を断ち、「中国の不可分の領土の一部」という中国の主張を「理解し尊重する」(1972年、日中国交正常化の共同声明)という立場を貫いてきた。

それ以後、中央省庁の局長以上の高官の訪台は一切控え、台湾側に対しても、総統、行政院長(首相)、外相、国防相らの訪日はやはり原則として受け入れを拒否してきた。1994年の広島アジア大会に当時の徐立徳行政院副院長(副首相)が来日したことがあったが、これらは例外だった。

双方に懸案事項が出来した際は、日本側は「日本台湾交流協会」、台湾側は「台湾日本関係協会」といういずれも民間団体の間で協議、処理している。

この原則に反した場合や、台湾を独立国として扱ったりするとき、中国は必ず強く抗議。処理を誤ると日中関係の悪化を招く。台湾問題は、中国にとって、チベット問題などと並んで、ぜったいに譲歩できない「核心的利益」と位置づけられているからだ。

もちろん、「一つの中国」の原則は世界各国に適用され、冷戦終了後の唯一の超大国であり、中国と激しい対立関係にある米国も例外ではない。

ただ、米国の場合は日本とはやや状況が異なる。1979年1月、中国と国交正常化した際、「台湾関係法」を成立させた。外交関係こそ絶たれたものの、同法によって、米国からの武器供与は継続され安全保障面での強い関係は維持された。

しかし、米国も1972年のニクソン訪中時に発表された共同声明(上海コミュニケ)に盛り込まれた「一つの中国」「台湾は中国の一部」を順守、閣僚ら高官の往来は表向き控えてきた。

「台湾は独立した主権国家」

長く続いたこうした図式に大きな変革をもたらしたのが、ほかならぬ李登輝総統だ。

中国共産党同様、「中国は一つ」を夢想する中国国民党の総統ながら、戦前に台湾で生まれ育った「本省人」として、そのアイデンティティには強い愛着をもっていた。退任直前の1999年、「中国と台湾は特殊な国と国の関係」と言い切り、その後も「台湾は独立した主権国家」と持論を展開し続けた。当然、中国からは蛇蝎のごとく憎悪された。

この間、台湾内外の環境にも時代の波が押し寄せた。台湾内部においては「天然独」(生まれながらの独立派)という若い世代が台頭、国際的には、中国の軍拡による脅威増大にともなって、台湾の戦略的な重要性が高まってきた。

「旅行法」大統領の訪台も可能に

米国の「台湾旅行法」はこうした時代のうねりを背景に生まれた。

2018年3月に制定された同法は、米国と台湾の高官交流が不十分であることを解消するため、「あらゆるレベルの米国当局者」の台湾訪問、先方高官の米国訪問を認めるーという内容。「あらゆるレベル」というからには大統領でも訪台が可能ということになる。

18年8月、蔡英文現総統がパラグアイなど歴訪の途中、ロサンゼルスに立ち寄り、華僑関係の機関を訪問、1200人が出席した華僑団体のレセプションに出席したのは、この法律が初めて適用されたケースだった。

米国からはアザー厚生長官が、閣僚としては6年ぶりに訪台すると2020年8月4日に発表された。

非難封じの秘策は「議員立法」

東日本大震災被災地に、世界最多の250億円もの義援金を寄せてくれた台湾、自身も大の親日家である、その総統の葬儀に、しかるべき政府関係者を派遣できないというのは、日本政府も本心ではつらいものがあるだろう。「日本版旅行法」制定は総理大臣の台湾訪問をも可能にし、そうした苦悩から解放してくれる。

しかし、日本にはやや複雑な事情があるのも否定できない。

議院内閣制を採るわが国の場合、議員が閣僚ポストに就くなど、国会と政府の関係が近い。法律制定もほとんど政府提出(閣法)による。中国の顔色をうかがう日本政府が、そんな法律を制定するとはとうてい思えない。

そうなると、ほかの方法に頼るしかない。議員立法である。超党派の議員が提案、賛成して制定された法律であれば、政府も「議会が決めたことだ」と非難をかわすことができよう。

米国の「旅行法」が制定された際も中国は反発、「台湾独立をめざす勢力に間違ったシグナルを発した」(外務省報道局長)などと非難したが、それ以上強い措置に出ることはなかった。大統領制の米国では、行政府と議会が分離、議会の力が強いことを知っているからだろう。

もっとも、日本に対して中国が言いがかりをつけてきた場合でも、そもそも議会のせいにするのではなく、政府が中国の顔色をうかがうことをせず、堂々と法案を提出をする勇気を持てば済む話だが。

故総統の葬儀で〝折膝外交〟と決別を

故総統の葬儀は国葬になる方向だが、日程は未定だ。9月にずれ込むという観測もある。時間はまだある。参列者の人選を含めて政府はじっくり考えるべきだろう。

故総統が退任後の2001年に初訪日する際、日本政府は中国の反発に恐れをなしてビザ発給をしぶった。李登輝氏は台湾のメディアに「日本政府の肝っ玉はシラミの心臓より小さい」と嘆いたと伝えられている。

故総統の葬儀を、長年の〝折膝外交〟に決別すると機会することができれば、泉下の李登輝氏への何よりの供養になろう。

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