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中国は日本の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」をどう見ているのか?――セキュリティ・ディレンマの観点から - 山﨑周 / 国際政治学、中国の外交・安全保障政策

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はじめに

日本政府が推進する自由で開かれた「インド太平洋(FOIP)構想」は、将来のインド太平洋の地域秩序を日本の主導によって築こうとする中長期的な試みである。FOIPは、経済成長の高まりが見込まれるアジアとアフリカ大陸の結びつきを深めるために太平洋とインド洋を1つの地域として連結し、かつ法の支配や航行の自由といった価値の定着を目指している。2013年に中国が一帯一路(BRI)構想を発表して国際的な注目を集めた一方、日本政府は2016年からFOIPを公式に強調するようになった(注1)。

日本政府がFOIPを打ち出した当初の動機は、BRIの提唱によって増した中国の存在感や影響力に対抗することであった。その後、日中関係の改善もあって、中国を刺激することを避けたい日本政府は、FOIPを「戦略」ではなく「構想」と呼び変えるようになっている(注2)。

このような背景の下、近年の日本政府は、FOIPが中国のBRIと競り合うものではないとの意思表明だけではなく、中国をFOIPに取り込む可能性を示唆している。2019年3月の参議院予算委員会において、安倍晋三首相は、「自由で開かれたインド太平洋構想は、一帯一路など他国の政策に対抗するために進めているものでありません。これ繰り返しになりますが、インド太平洋という広大な海を自由で開かれたものにしていこうと、地域や世界の繁栄のための国際公共財としていこうという考え方でありまして、この考え方に賛同してもらえるのであれば、これは中国も含めて、いずれの国とも協力をしていく考えであります」(注3)と発言している。

しかし、本稿で論じるように、中国側においては(とくに人民解放軍)、FOIPが自国に向けられた地政学的な戦略であると認識されており、FOIPを推進する日本に対する根強い不信感が存在する。FOIPには、中国が深く関連する2つの側面が含まれている。1つは、日本が米国や豪州、インドなどと共に台頭する中国に対抗することである。もう1つは、その中国をも取り込んでインド太平洋地域の安定的かつ平和的な地域秩序を形成していくことを目的としている(注4)。ただ、中国側の視点からすると、日本のFOIPは「対中取り込み構想」ではなく、あくまで前者の側面に重きを置いた「対中封じ込め戦略」として映るのだ(注5)。

以下では、セキュリティ・ディレンマ(security dilemma)という安全保障論において広く知られている概念を手掛かりとしながら、中国が日本のFOIPをどのように捉えているのかについて論じたい。

1.日中関係におけるセキュリティ・ディレンマとFOIP

セキュリティ・ディレンマは、安全保障論において古くから指摘されてきた国際関係における現象である。端的に言えば、セキュリティ・ディレンマは、ある国家が自らの安全保障を強化しようと行動すると、別の国家はそれを自国の安全保障を損ねる動きと捉えて同じような措置をとる結果、両国間で相互の安全保障を高めるための競争が起きてその関係が不安定になることを意味する。

セキュリティ・ディレンマは、古代から現代にまでかけて生じてきた国家間での争いや相互不信の根源でもあり、とくに軍拡競争のような軍事面での安全保障をめぐる大国間競争のメカニズムを説明するための概念だ(注6)。そして、現在の日中関係においても安全保障面でのセキュリティ・ディレンマは生じており、米中間での戦略的競争の熾烈化に伴ってそのディレンマはより一層顕著になっている(注7)。

セキュリティ・ディレンマは、軍事分野だけではなく、より広い対外戦略の文脈から生じることもありうる。その好例は、大国同士が経済圏を獲得しようとする競争である。外交や内政上の要請から、大国はある特定の地域において経済圏を獲得しようとするが、その経済圏は必ずしも他の大国を排除する特徴を持つようになるとは限らない。しかし、他の大国側の視点からすると、自国以外の大国による支配を受ける経済圏が誕生すれば、場合によっては自らがそこから締め出されるかもしれないと映るようになり、そのシナリオへの懸念を徐々に強めるようになる。

そこで、当該大国は、自らが特権を独占できるような経済的な勢力圏を創出しようとする。すなわち、実際に他の大国によって形成された経済圏が排他的か否かを問わず、他の大国による一存次第では相手側が独占的な地位を占める経済圏から排除されかねないという危機感から、それぞれの大国は自らの主導で作り上げた経済圏の確立を模索する傾向にある。この経済圏をめぐる大国間競争の構造は、セキュリティ・ディレンマの流れと類似している(注8)。日本のFOIPと中国のBRIの関係性は、まさにこのような経済圏をめぐる大国間競争の構図と軌を一にするといえる。

図1 重なり合うFOIPとBRI

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この日中間でのセキュリティ・ディレンマについて、日本側の観点から考える場合に分かりやすい事例は、中国のBRIをどのようにみるかということである。

習近平政権下の中国は、2013年に打ち出したBRIが野心に富んだ地政学的な戦略と他国から見られ、関係諸国から不信感や警戒心を招く恐れを意識している。したがって、外交の場において、中国はBRIが他国の支配や勢力圏を獲得するような政治的野心を秘めたものではないことを強調してきた。例えば、2019年6月に第23回サンクトペテルブルク国際経済フォーラムで行った演説の中で、習近平国家主席は、BRIは一部で指摘されているような中国の勢力圏を築くための現代版のマーシャル・プラン(注9)では絶対になく、かつ中国による植民地計画でもないと述べ、あくまでBRIは関係諸国に対して利益をもたらすと述べている(注10)。それでは、この習近平による主張を額面通り受け入れることはできるであろうか。

恐らく、一般的に日本ではBRIが純粋に経済的な目的のみを有する構想と考えられてはいないであろう。国際協力銀行(JBIC)の総裁である前田匡史は、BRIの目的に関して、「個人的見解だが、物流の確保と影響圏の拡大だ。マラッカ海峡などのチョークポイント(戦略的に重要な海上水路)を通らずにインド洋やアフリカ、アラビア半島に影響力を行使しようとしている」(注11)と論じる。このコメントが同構想には政治的な思惑もあるとの考えを示しているように、日本ではBRIに対する懐疑的な意見は依然として根強いと思われる。中国側がBRIには地政学的な狙いは含まれていないといくら主張したとしても、日本側でBRIに対する警戒論が払拭されることはないと予想される。

戦略的な地理空間および広大な経済圏の構築という2つの領域で重なり合う日本のFOIPと中国のBRIには、その両構想による相克のために日中間でのセキュリティ・ディレンマがより激しくなるダイナミズムが包摂されている。日中両国は、相手の主導によって築き上げられた勢力圏や経済圏が拡大すればそこにアクセスできないようになり、自国が除外されるのではないかという猜疑心を相互に抱いていることから、それぞれの構想を相手に先駆けて実現しようとしていると考えられる。

日本と中国は、相互に掲げるFOIPとBRIが相手側を害するものではないと主張し合っている一方、本意としては、それぞれの構想に戦略的な狙いが込められているという相互不信を抱いているのである。この両者の構想の関係性は、まさしくセキュリティ・ディレンマの図式を体現している。

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