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川口市不登校訴訟 教師の体罰を認めて処分していた市教委が、なぜか前言を翻した 元生徒側は「裁判に誠実に向き合っているとは感じられません」 - 渋井 哲也

 埼玉県川口市の市立中学校で元生徒・加藤健太さん(仮名・17)が在学中に不登校になったのは、同級生からのいじめや部活動顧問からの体罰をめぐる学校や市教委の対応が不適切だったためとして、損害賠償を求めている裁判の口頭弁論がさいたま地裁(岡部純子裁判長)で7月29日に開かれた。

 市側は、顧問教諭の体罰を否定する主張をした。市教委はこれまでに顧問教諭の体罰を認めて、訓告処分にしている。加藤さんの弁護士は「市側は、裁判に誠実に向き合っているとは感じられません」と話している。


さいたま地裁 ©渋井哲也

 この日の主なやりとりは口頭弁論後に開かれた進行協議(非公開)で行われた。加藤さん側が会見で明かした内容によると、市側は、顧問教諭による体罰を否定したという。準備書面にもあるように、「身体的接触による励まし」と説明。その上で、「(加藤さんは)喜んで登校を継続していた」とも主張した。つまりは、市側の主張では、コミュニケーションであり、加藤さんも喜んでいたというもので、苦痛を味あわせていないために、体罰ではないという。

 しかし、会見に出席した加藤さんの母親は、「(体罰の後に)笑っていたのは理由があります。“体罰を避けると、何発もやられてしまう。嫌でもニコニコするしかない”と息子は言っていました」と、体罰を受けたときの加藤さんの心情を明らかにした。

体罰は認められ訓告処分となっていた

 サッカー部の顧問教諭はこれまでに提出している陳述書で、こう述べている。

「加藤さんの頭や肩をコンコンと軽く叩いたり、頭を撫でたり、耳を指で挟んで軽く引っ張ることをもしました。私としては、息子のように加藤さんとのコミュニケーションとして加藤さんに触れていたのであり、(家庭学習ノートに)記載が少ないことに対する罰として叩いたり、引っ張ったのではありません」

「本件母もノートに書かれた加藤さんと私のコメントを点検していたと思いますし、本件母が、加藤さんから学校での出来事を聞いていたはずなので、私はコンコンと頭や肩を叩いたり、耳を引っ張ったことを知らなかったということはないはずです」

 しかし、顧問教諭が体罰をしたことについて、市教委が、2017年2月24日付で埼玉県教委にも報告している。その後、同年3月21日付で、訓告処分にした。

「顧問教諭の認識の甘さと加藤さんの心情に対する配慮の欠如」

 市教委が県教委にあてた報告は、顧問教諭による2回の体罰を認定している。1回目は2016年7月15日、2回目は同年9月5日。いずれも、家庭学習ノートに空白部分が多く不十分であったため、顧問教諭が右手こぶしの指側で加藤さんの頭頂部やや左側を叩いた。さらに、左手の親指と人差し指で加藤さんの右の耳をつまんでひっぱった。体罰に至る「主たる原因」としては、「コミュニケーションの範囲内であるという顧問教諭の認識の甘さと加藤さんの心情に対する配慮の欠如」としている。

 さらに「所見」として、「頭をたたく行為や耳を引っ張る行為は体罰であるとの疑念や非難を受けても容易に否定できるものではない。よって、市教委としては、顧問教諭と学校長に対し厳重に注意するとともに、引き続き関係機関との連携を図り、加藤さんに対しての支援を行なっていくよう指導していく」などと書かれている。

 つまりは、市教委は、顧問教諭による加藤さんへの体罰を認定し、背景となった顧問教諭の甘さを指摘していた。裁判での市側の主張と矛盾する。

「市教委が作成した訓告処分の文書があるのに否定するのか」

 加藤さん側の石川賢治弁護士は「体罰の件はすでに新聞報道もされています。しかし、市側は、誤報との指摘もしませんでした。それに、市の文書としても残っています。市側の主張のミスなのか、体罰を否認するのかを聞きましたが、市側は“ミスではなく、体罰を否認する”と説明しました。ゲンコツは軽くされたのではありません。タンコブができるほどの程度でした。市教委が作成した訓告処分の文書があるのに、ここを否定するのかと思いました」と述べた。

 裁判所もこの点を市側に改めて質問したという。市教委は「行為態様としては、ゲンコツで叩いた程度であり、手拳ではない。殴打でもない。したがって、体罰ではない」と説明したという。

 学校教育法11条によれば、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」としている。もちろん、有形力を行使したからといって、教員等が防衛のために行った場合は、体罰に該当しないとの通知や判例は出ている。しかし、加藤さんは顧問教諭に対して暴力を振るっていない。

訓告処分の内容を否定するのかと問うと「はい」

 また、文科省は2007年2月、「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」という通知を出している。それには以下のように記されている。

〈教員等は、児童生徒への指導に当たり、いかなる場合においても、身体に対する侵害(殴る、蹴る等)、肉体的苦痛を与える懲戒(正座・直立等特定の姿勢を長時間保持させる等)である体罰を行ってはならない。体罰による指導により正常な倫理観を養うことはできず、むしろ児童生徒に力による解決への志向を助長させ、いじめや暴力行為などの土壌を生む恐れがあるからである〉

 市側の主張や顧問教諭の陳述書は、市教委が認定し、県教委に対して報告した内容や、それによる訓告処分、文科省の通知と反している。

 母親は「川口市は、訓告処分の文書を作成しています。進行協議で、“その内容を否定しているのですか?”と聞きました。すると、市側の主任弁護士は“はい”と答えました。どう理解していいのかわかりませんでした。もう言葉が見つかりません」と呆れた様子で話した。

 また川口市教委では、加藤さんへのいじめについて、重大事態として位置付け、「いじめ問題調査委員会」を設置した。調査委の報告書では、検討した8項目のうち、7項目をいじめと認定。「法律上のいじめと認定できる行為があり、その行為が不登校の主たる要因と考えられる」としていた。

 この件についても、市側は「調査委がいじめを認定したことは認める」と曖昧な主張を繰り返してきた。この日の進行協議では、裁判所に促されて、市側は初めて、いじめがあったことは認めた。しかし、調査委が認定したいじめの態様と、市側のいじめの認識が違っていることを明らかにした。

 石川弁護士は「いじめ内容の事実と評価が違ってきますと、再発防止策も変わってきます。市側がいじめを認めているからといって、簡単に認めることもできません」と慎重な姿勢を示した。

「川口市は事実から逃げることばかりされています」

 川口市はこの訴訟で、いじめ防止対策推進法を「欠陥がある」などと言い、次のように指摘していた。

「法は、未熟な児童・生徒らの衝突や軋轢の全てに配慮し、いじめへ発展する芽を摘むとの趣旨を規定しつつも、同時に、その定義に該当する行為の全てを加害行為と評価して、行為者を非難し排除するべきだと誤解又は曲解することをも可能とする、大きな自己矛盾を内包するものである。……(中略)……法律としての整合性を欠き、教育現場に与える弊害を看過しがたい欠陥がある」

 もちろん、このような指摘をする声は、政治家や研究者の中にはあるだろう。しかし、行政が裁判において、法が規定する解釈をめぐってではなく、法律そのものを批判するのは稀なケースといえる。しかも、今回は、顧問教諭を訓告処分した前提事実を自ら否定することになった。これは前代未聞だ。

 母親は「事実をもとに争うのが裁判だと思ってきました。しかし、川口市は事実から逃げることばかりしています。裁判をしている感覚になりません」と述べた。

(渋井 哲也)

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