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韓国映画『殺人の追憶』実在事件34年ぶり「解決」で残る負の「追憶」(下)- 平井久志

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「華城連続殺人事件」の犯行を自供した李春在(イ・チュンジェ)受刑者(別の殺人事件で釜山教導所=刑務所=に服役中)は1963年1月に京畿道華城市で生まれ、地元の高校を卒業した。さる7月2日に発表された捜査本部の最終捜査結果の発表によれば、李受刑者はとても家父長的な家庭環境の中で育ったという。

 プロファイラー(犯罪心理分析官)との面談では、弟が小学校の時に溺れて死亡したことが、幼い李受刑者に大きな影響を与えたようだという。自身の感情や思いを自然に外に出すのが難しいような雰囲気の中で育った。

生き生きと軍隊生活を語る

 しかし、そうした李受刑者の環境を変えたのが軍隊だった。

 李受刑者は取り調べに対して感情を示すことなく話したが、軍隊生活については生き生きと話した。機甲部隊に属し、戦車に乗って先頭を切る自分に後続部隊が付き従うという話をする時は興奮した表情で、大きな優越感を感じたようだという。警察は、少年時代に主導的な役割を果たせなかったが、軍に入り初めて心の中の「止め金」を外したのではないかと分析した。

 1986年1月23日に除隊したが、それから1カ月も経たない同年2月18日に最初の性暴行事件を起こした。そして同9月15日に性的な暴行を加えようとして抵抗され、最初の殺人事件を犯した。捜査本部は、

「最初から殺人を目的にやったというよりは、性欲を解消するために犯行に及び、被害者が抵抗して最初の殺人を犯したとみている」

 とした。警察は、それからさらに加虐的な性欲を満たすための犯行を続けるようになったのでは、とみている。さらに、

「軍を除隊してからやることがなく、単調な生活にストレスを感じ、欲求解消と内在的な欲求を表出するために加虐的な犯行をしたのでは」

 と分析した。

自己中心的で、被害者への罪悪感なし

 警察当局は、

「性的欲求を満足させるために女性を無差別に物色し、残忍な犯行に及んだ」

 としたが、李受刑者は最後まで犯行の動機については口をつぐんだ。取り調べが終わるころに警察側が判断した犯行動機を語ると、

「そんなようだ」

 と語る程度だった。

 李受刑者は極めて自己中心的で、責任は自分の前に現れた被害者の側にあるとした。捜査本部は、李受刑者から罪悪感を感じ取ることはできず、

「相手側に対する共感能力や、被害者の痛みに対する罪悪感がまったくない。責任を被害者に転嫁しているが、その部分に対する供述はあまりにも刺激的で明らかにできない」

 とした。さらに、

「口では反省というが、形式的で、その態度からは、被害者に対して申し訳ないとか、反省、共感がない」

 と分析している。

 李受刑者は、捜査に当たった女性のプロファイラーに対して、

「手がきれいですね。手を触ってもいいですか」

 と語るなどしたという。女性プロファイラーは、

「調査が終われば握手でもしましょう」

 とやり過ごしたが、14人もの殺人と34件もの強姦などを自供しながら、女性心理分析官の手をきれいだとし、触ってもよいかと聞くのは、李受刑者の特異さを示唆するエピソードである。

「警察が困るんじゃないのか」

 8番目の事件で服役した男性の再審に関わっている朴俊映(パク・チュンヨン)弁護士は2019年12月29日、自身の「フェイスブック」に、李受刑者がプロファイラーに対して8番目の事件も自分がやったと自供した時の様子を明らかにした。

「プロファイラーの説得が功を奏した。李春在はDNAが出た3件だけ認めればよいのだが、全部を明らかにしようと決心をするに至った。紙とペンを持って来てくれと言い、『殺人12+2、強姦19、未遂15』と書いて、プロファイラーに渡した。みんな驚いた様子だった。(華城連続殺人事件の)10件中、9件だけを認めなければならないのに……、その瞬間、みんな困ったはずだ。

 李春在は、『すべて自分がやったことだと明らかにすれば、警察とかが困るんじゃないのか』と言いながら、『困るんだったら、話さなくてもいいんだけど』と言った。それに対して、プロファイラーのチーム長はこう言った。『そんなことは関係なく、真実を話すことが重要だ。李春在氏がやったことが合っているなら、それを話すことが道理だ』。これが、検事が作成した李春在調書に記載された、チーム長が話したそのままの言葉だ。素晴らしい。チーム長は2009年に検挙された連続殺人犯から自供を引き出したプロファイラーだ」

 こうして、李受刑者は8番目の事件を含む華城連続殺人事件の10件すべてが自分の犯行であることを認め、さらに4件の殺人事件、19件の強姦事件、15件の強姦未遂事件について全面自供した。

 だがもし、警察組織に所属するプロファイラーが警察の立場を忖度し、8番目の事件については認めないことで密室の合意が成されていれば、8番目の事件で逮捕されて刑務所で20年間を送った男性の無実は、闇に葬り去られるところだった。韓国が民主化されていなければそうなったであろう。こういうところに、民主化の真の意味があるのであろう。

 朴俊映弁護士は、プロファイラーのチーム長(女性)が語った「そんなことは関係なく」という言葉を高く評価した。

8番目の事件のでたらめ捜査

 捜査本部は、すでに犯人を逮捕している8番目の事件まで自分の犯行だと李受刑者が認めたことで、この事件の再捜査に取りかかるしかなかった。李受刑者が警察を貶めるために自分がやったと言っている可能性があったからだ。

 8番目の事件とは、1988年9月16日に起きた13歳の少女の殺人事件だ。

 少女は自宅で家族とテレビを見ていて、自分の部屋へ行って眠った。母親が翌日朝、学校へ行く時間なので起こしに行くと、娘が死んでいた。首に絞められた跡があった。警察は、帰宅途中の女性を田畑や山野で襲うというそれまでの犯行とは異なっていたために、華城連続殺人事件を模倣した事件と判断した。

 だが再捜査をすると、犯人しか知り得ない情報を知っており、李受刑者の犯行と断定せざるを得なかった。事件の現場となった家の間取り、部屋の中のベッドや机の位置などの正確な図を描き、侵入経路などを自供したのである。

『聯合ニュース』によると、李受刑者は近所で酒を飲んだ後自宅に帰ろうとしたが、門が開いた家が見えたのでのぞいてみると女の子が寝ていたので、中に入ったと自供したという。李受刑者はその他にも、被害者の下着の状態など犯人でなければ知り得ないことを知っていた。

 捜査本部は最終的に、李受刑者の8番目の事件の供述に「意味のある部分がある」と認め、事実上、この事件も李受刑者の犯行であることを認めた。

 事件発生当時、布団に犯人が残したとみられる陰毛があった。これを分析した結果、通常の人よりはるかに多い重金属成分が検出されたという。

 警察はこの分析結果をもとに、修理工などの工員を対象に捜査を行い、当時、耕運機修理センターで働いていた22歳の男性を逮捕した。当時は「科学捜査の成果」と評価され、捜査チームの刑事たちは1階級特進した。

 そして水原地方裁判所は1989年10月、この男性に無期懲役を宣告した。その理由として、犯人が自白していることと、現場に残された陰毛と男性の陰毛から同じ重金属が出たということを挙げた。

 しかし、体毛から同じ重金属成分が出たということは、指紋やDNA鑑定のように同一人物であることを立証するものではない。後に、さらにずさんな鑑定であったことが明らかになる。

 男性は1審判決後、一転して犯行の否認に転じていた。任意同行で連行され75時間眠ることができず、殴るなどの暴行を受けて虚偽の自白をしたと主張したのである。

 男性の弁護団は、男性は小児マヒで足が不自由な障害者であり、小学校3年で学校を辞め、文章もあまり書けないので、刑事が供述書の文面を書き、それを見せながら供述書を書かせたと主張した。

 男性は、2003年5月に時事週刊誌『時事ジャーナル』との獄中インタビューで、「自分は犯人ではない」と無罪を訴え、

「職業が農機具溶接工だっただけだ。私のように金もなく、ツテもない人間はどこに訴えればよいのか。私は国選弁護人を頼むしかなかった」

 と語った。被害者の少女の兄とは友達だったが、妹に会ったことはないとした。

 2審も、大法院(最高裁)も同じ判決だった。その後、懲役20年に減刑され、20年間服役して2009年8月に仮釈放された。

 国選弁護士は、男性が無罪だと主張しているにもかかわらず無罪を主張せず、有罪を前提に量刑を下げる主張だけを行った。結審の場に姿を見せないこともあったという。韓国には「有銭無罪、無銭有罪」という言葉があるが、この男性は「無銭」が故に「有罪」となったといえる。 

 男性は2019年11月13日、水原地裁に再審を請求した。これを受けて検察当局は12月23日、裁判所に対し、再審開始をすべきであるという意見書を提出した。

 検察は、当時、国立科学捜査研究院が事件現場にあった陰毛の分析結果とした数値は実際の陰毛の数値ではなく、標準試料にあった分析結果を任意で記載したものだったことが明らかになった、とした。また、男性の陰毛の分析結果も、この男性でない第3者のものだったという。つまり、どちらの分析結果もまったくのでたらめであったとし、再審請求が妥当とした。

 一方警察側は、検察が「でっち上げ」としたことに対して、「でっち上げではなく誤り」であったと驚くべき反論をした。意図的なでっち上げかミスかはともかく、あってはならないでたらめな鑑定が30年以上の歳月を経て明らかになったわけである。

 国立科学捜査研究院のDNA鑑定が今回の李受刑者の犯行を立証したが、それが同時に、同研究院の30年以上前のずさんな鑑定結果を暴き出すという皮肉な結果となった。

 水原地裁は今年1月14日、男性の再審請求を認め、再審を開始することを決定した。

 男性は、

「自白をしてくれた李春在に感謝したい。自白がなければ私の事件もそのままだっただろう」

 と語った。現在、この男性の再審が進行中だ。おそらくこの世の中で、李受刑者に感謝している唯一の人物がこの男性だろう。

 だが一方で男性は、

「特別法でもつくり、罪を償ってほしい」

とも述べている。

発見した被害者の遺骨も隠蔽

 李受刑者は、華城連続殺人事件とされる10件以外にも4件の殺人を自供した。

 まず、6番目と7番目の事件の間にあたる1987年12月24日、京畿道の水原市で18歳の女性を殺害。8番目と9番目の間の1989年7月7日に、華城市台安邑の野山で7歳の小学生女児を殺害した。また、9番目と10番目の間の1991年1月と3月に、清州市で15歳の少女と27歳の女性をそれぞれ殺害した。李受刑者の犯行は華城市内だけでなく、周辺地域にも広がっていたわけである。

 警察の捜査のあり方が相次いで問題になったが、特に1989年の小学生女児の事件では警察のずさんさが問題になった。

 小学2年の女児は学校からの帰り道で李受刑者と山の中で偶然に会い、犠牲になった。父親は警察に捜査を依頼したが、警察は単純な行方不明事件として処理していた。家族は女児がどこかで生きているのではと苦しみながら暮らしてきた。

 李受刑者は、

「生きているのが嫌になり、自殺しようかと思って山の中へ行ったが、子供と会った。少し会話を交わし、殺してしまった」

 と自供した。そして、縄跳びの紐で両手を縛ったと供述した。

 捜査本部は再捜査の中で地域住民から、

「1989年の初冬に刑事係長と野山を捜索中に縄跳びの紐で縛られた両手の骨を発見した」

 という証言を確保した。

 警察は当時、少女の父らから少女が縄跳びを持っていたかどうかを聞いていたにもかかわらず、その際にも骨が発見されたことは家族に伝えていなかった。

 捜査本部は、刑事係長らが単に安易な捜査をしたのではなく、意図的に証拠品の隠滅まで行っていたと判断した。

 当時の警察関係者は「記憶にない」「そんな話、聞いたことがない」という供述を繰り返しているという。発見した骨などがどうなったか、まだ明らかになっていない。

 少女の家族は1月29日、刑事係長と刑事の2人を虚偽公文書作成、職務遺棄などで告発した。

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