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エンタメ進化論
新型コロナウイルスによって大きな打撃を受けた日本のエンターテインメント業界。この状況をいかに切り抜けるか、業界のリーダー達は知恵を絞っている。一方で、人が集まれないというハンディを背負いながらも、ピンチをチャンスに変えるための様々な取り組みも始まった。進化するエンタメビジネスの「今」を切り取る。

無観客でも売り上げ増 JRAが成功したネット戦略の背景 - 松井政就

  • 2020年08月05日 07:23
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新型コロナウイルスの感染拡大でエンタメ・スポーツ業界の苦境が叫ばれる中、中央競馬(JRA)は他のスポーツと同様に無観客となりながらも前年を上回る売上を記録しました。早期からネット展開していたことなどが指摘されますが、その成功の要因はどこにあるのでしょうか。他のエンタメ・スポーツがJRAに学べる点は何なのかを考えていきます。

JRA史上初の無観客GⅠとして開催された高松宮記念=中京競馬場(共同通信社)

JRA初の無観客開催 馬券は全てネット発売に

新型コロナの感染が広がり始めた2月26日、安倍晋三首相が全国的なスポーツや文化イベントの中止や延期または規模縮小を要請したことを受け、JRAは3日後の29日からのレースを無観客とする方針を定め、発売もネット(電話含む)限定としました。

初の無観客競馬となった29日(土曜日)、売得金(※売上から取り消しなどの返還分を差し引いたもの)は前年比87.4%に落ち込んだもののネット投票加入者は増加。その後、馬券の売れ行きは徐々に回復し、日刊スポーツ(6月28日付)のまとめによれば、上半期を終えた時点での売得金は1兆4752億6872万8200円となり、前年比101.5%となりました。

無観客期間中の売上は全てネット投票によるものです。ネット投票が売上全体に占める割合は2019年度ベースで約7割。コロナ禍での対応に各業界が苦慮する中、本来は7割しかないはずの方法で前年比100%を超えたことは、やはり驚くべきことです。

JRAがリスクを乗り越えた裏にあったもの

JRAがリスクを乗り越えた裏には、どんな事実があったのでしょうか。

主な理由として考えられるのは、ネット発売に限定されたことでファンの投票行動に変化が起きたことです。端的にいえば、手軽に買えることで買うレースが増えたことです。

これまで、競馬場や場外馬券売場(ウインズ)における現金での売上とネット(電話投票含む)の売上は、およそ3対7の割合でした。現金で買う人とネットで買う人の間には、レース選択に違いがあることは従来から知られていました。「現金派」のお客さんは、GⅠだけ、あるいは重賞やメインレースだけを買ったり、土曜日よりもレースの格が高い日曜日に買ったりする傾向がありました。

※写真はイメージです=Getty Images

そんな現金派のお客さんがネットに“移住”してきたことで、買うレースに変化が起きました。これまで特定のレースに集中していた資金が土日全体に分散したのです。上半期におけるGⅠの売得金が前年比91.5%と下がったのに対し、全体の売得金が101.5%であったことがそれを裏付けています。

JRAがネット投票で成功した要因

JRAはオンライン発売の歴史が古く、ファンにとって当たり前の環境となっています。無観客開催をきっかけにはじめてネット投票をするような場合も、身近に利用者がいるため、利用方法を簡単に教えてもらえます。

JRAがオンライン発売を導入したのはインターネットの登場よりも遙か前のことです。他のスポーツがオンライン対応になったのは概ねインターネット登場後ですが、JRAはインターネットがまだ影も形もない頃からオンライン発売に取り組んできました。その目的は売上アップではありませんでした。

当時、馬券は競馬場や場外馬券売場(=ウインズ)でしか購入できなかったため、それらがない地域では馬券を買えないファンを標的とした違法な馬券(「ノミ行為」)が横行していました。オンライン投票の導入はその抑止が目的でした。初期は電話投票を押し進め、後にインターネットが登場すると、より簡易で利便性の高いネット投票を推進しました。

こうして、起きる問題に対してその時点で取り得るべき策をきちんと講じてきたことが、結果として無観客開催といった想定外の状況下でのJRAを救うことに繋がったといえます。

それは同時に、競馬のスタイルがネット中心に変わる象徴的なきっかけとなりました。競馬がネット主流になることは大局観としてありましたが、そのスピードがコロナによって加速したのです。

実際は綱渡りでの開催続行

JRAはあたかも簡単にコロナ禍を乗り越えているように見えるかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。競馬の現場は多くの関係者によって運営されているため、実際は綱渡りの状況が続いています。

※写真はイメージです=Getty Images

JRAがとった主な対策は次の通りです。

(1)競走馬の他ブロック(東→西、西→東など)への出走原則禁止
(2)騎手の土曜と日曜で異なる競馬場での騎乗禁止(障害レースの騎手を除く)

とくにこれは重い判断といえます。腕のいい騎手ほど強い馬の騎乗を頼まれるため、土日で異なる競馬場を掛け持ちする場合があります。それを制限すればレースの結果にも影響が出るため、勝ち負けを争う競馬の社会では死活問題です。調教師や馬主の理解のもと、競馬サークル全体で感染リスクを減らそうとする努力の現れといえます。

(3)認定調整ルームの運用

騎手は通常、レース前日から調整ルームと呼ばれるJRAの施設に缶詰になりますが、感染リスクを軽減させるため、自宅やホテルといった場所を調整ルームと認定し、密を防ぐ対応を取りました。これは公正競馬をうたうJRAと騎手の間の信頼関係なくしては不可能な対応です。

「競馬の歴史を止めてはいけない」というJRAの覚悟

JRAがこれほど苦労してまで開催にこだわったのはなぜでしょうか。コロナ禍で他のスポーツやエンタメが中止され、世の中が自粛状態になる中、競馬だけが続行されることに対し、「こんな非常時にギャンブルなどやっている場合ではない」という意見が飛び交ったのも事実です。

でもそれは成熟した社会としては狭量な考え方だといわざるをえません。

イギリスの首相だったウィンストン・チャーチルはこんな言葉を遺しています。

「ギャンブラーにとって最も幸せなのはギャンブルをして勝つこと。二番目に幸せなのはギャンブルをして負けること。最も不幸なことはギャンブルができないこと」

日本調教師会会長の橋田満調教師も「競馬はこういう状況で楽しめる数少ないスポーツ」と語っています。競馬が続行されたことで、ファンは自宅でささやかな楽しみを味わうことができ、外出自粛の助けになっています。

また橋田調教師は「競馬を続けることが我々の使命」とも語っています。それは「競馬文化」を継承するための重要な考え方です。

日本の競馬には100年以上脈々と続く歴史があります。ブラッドスポーツ(血統のスポーツ)ともいわれる競馬だからこそ、簡単に途切れさせてはならないものがあります。戦争中もクラシックレース(※競馬の根幹をなす3歳馬のレース)を無観客ながら実施したように、前身の日本競馬会を含めJRAの姿勢は一貫しています。

世間からの風当たりに忖度することよりも、競馬の歴史を止めてはならないという強い覚悟で開催を続けたことが好結果に繋がったといえます。

コロナ禍に見舞われながらも、こうして競馬を続行した結果、クラシックレースでコントレイルとデアリングタクトという2頭の無敗の2冠馬が誕生しました。無敗の2冠馬が誕生するのはただでさえ簡単でないにもかかわらず、牡馬(オス)と牝馬(メス)で同時に誕生するという、競馬史上初の出来事が起きました。それはまるで、絶対に競馬を止めないという使命を持って取り組んだJRA関係者に対する「神様からの贈り物」にさえ思えてきます。

※写真はイメージです=Getty Images

他国との対応の違い

ここで他国との違いを見てみましょう。国によって置かれた状況が異なるため、単純に比較はできませんが、主な国における競馬への対応は次の通りです。(JRAホームページから一部抜粋)

アイルランド:3月24日から中止。6月8日から無観客で再開
イギリス:3月17日に開催中断。6月1日から無観客で再開
フランス:3月17日から中止。5月11日から無観客で再開。7月11日から観客を入れて開催することを発表
アメリカ:3月以降、競馬場ごとに無観客または中止。クラシック3冠レースの日程を変更
香港:無観客競馬を続けてきたが、5月24日から入場者数を限定して開催

各国におけるコロナの状況が異なるのは当然のことですが、欧米では延期や中止の措置が取られました。

考えられる理由の1つは人や馬の移動による感染リスクの違いです。日本の競馬は基本的に国内の馬しか出走しませんが、欧米では国をまたいで出走することが普通のため、競馬の開催による感染リスクの拡大が懸念されるからです。

さらに、日本と香港が中止せずに続けてきたことから、2つめの理由が見えてきます。競馬の事業構造の違いです。

日本や香港では馬券の売上を主な収入源とし、レースの施行と馬券の発売を主催者が一体として行っています。一方、主に欧州では馬券の発売を別の事業者が行い、主催者はスポンサー料や放映権料等から収入を得る構造となっています。

外国の有名なレースにスポンサー名がついていることに気づいた人もいるでしょう。スポンサーから協賛を受けることでレースの賞金が充実するなどのメリットはありますが、それは同時に開催の可否を主催者単独では決められなくなることも意味します。

そんなスポンサーとの関係は、日本における他のスポーツにも存在します。

JRAと他のスポーツとの違い

困難を克服しているJRAに対し、他のスポーツは危機的状況に陥っています。競馬のようにギャンブルとしての売上があるわけではないので両者を同列に扱うことはできませんが、試合すら行われなかったことはスポンサーとの関係を抜きにしては語れません。

ゴルフのツアーにはスポンサー名が冠として付けられているように、日本の多くのスポーツはスポンサー収入や放映権収入などに頼らざるをえない構造となっています。当然ながら、試合の開催についてスポンサーの意向は絶対です。

スポンサーというものは潜在的に事なかれ主義に陥りがちで、何かあった場合の批判を恐れ、無難な結論を出す習性を持っています。

例えばゴルフであれば、限られたプレイヤー数で、観客も入れず、対策を十分に施せば感染リスクは低く抑えられますが、それでも開催に踏み切れないのはスポンサーの意向が働いているか、そうでなければ主催者がスポンサーに忖度しているとみるのが妥当です。つまり試合の主体とお金を出す人が別である点が判断に影響を与えているといえます。

それに対し、JRAは全て自前で運営しています。公営ギャンブルという特別な環境にあるのは事実ですが、自身の責任で判断できる「自立性」と「自己完結性」を持つ点が他のスポーツと異なります。

むろん、他のスポーツが即座にスポンサー無しでやれるわけではありませんが、事業そのものの売上を伸ばし、スポンサーへの依存度を下げ、その影響力を少しずつ弱めていく方向で体質改善を図っていくことも方法論として考えられるでしょう。

課題はネット投票における依存症対策

以上、JRAが困難を乗り越えた理由や外国との違い、他のスポーツとの違いについて考察してきましたが、どんな物事にも裏表があるように、この状況下で成功したやり方について懸念される点が一つあります。

それは依存症のリスクです。

無観客競馬になってから売上を支えたのはネット投票です。無観客となってから宝塚記念までの期間に40万人を超える人が新規にネット投票に加入しましたが、それも手放しで喜んでいいわけではありません。

なぜなら、近年「ネット依存症」への懸念が叫ばれているように、ネットで馬券を購入することは、競馬場などに出向いて行うことに比べ、依存症のリスクが高くなる可能性もあるからです。

とくにアフターコロナの競馬ではオンライン投票が主流となると見られますので、JRAにはネット特有の投票行動を分析するなど、依存症対策についての研究も期待されます。

ただし、冷静にみれば競馬はあくまで時間限定であり、JRAの場合一日最大36レースしか行われませんから、24時間のべつまくなしに遊べるネットゲーム等に比べれば、悪影響はごく限られたものと考えてよいでしょう。

松井政就 (まつい・まさなり):作家。1966年生まれ。中央大学法学部卒。著書に『本物のカジノへ行こう!』(文春新書)『大事なことはみんな女が教えてくれた』(PHP文庫)『賭けに勝つ人嵌まる人』(集英社新書)ほか。ソニー(株)のプランナーを経たのち、ネットニュース編集者、国会議員のスピーチライターなどの経歴を持つ。外国のカジノ巡りは25年を超え、日本での合法化言い出しっぺの一人。「夕刊フジ」でコラム連載中。twitterは「@mars_matsui」ホームページはwww.tjklab.jp/back/index.html

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